271.ご褒美のクッキー
疲れたと言ったのに、なかなか放してもらえなかった。それでも流石に皆の体力の限界だと解散することとなり、リュウに何点か確認しがてら出来上がったクッキーを持っていく。
祈りの広場が一番世界樹に近いので、そこから呼びかける。
「リュウー!」
するとこちらの気配はすでに察知していたのだろう。奥の方から対岸の開けた場所に降り立った。
その存在感に皆が息をのむ。
「そっちの具合はどう? 問題なさそう?」
『昔と変わらん。問題はない。おお! クッキーか!』
「うん。今から……どうしよう?」
「俺が風に乗せて投げるよ! 前もそうやって食べてたじゃん?」
そう言って、ヤハトが思いっきりプレーンなクッキーを放り投げた。さらにその後不自然に距離が延び、口を開けたところに上手に入っていった。
『小僧、なかなか風の扱いが上手いな。そして、旨い! もう少し、あと三つくらい寄越せ』
「あと三つ欲しいって」
「あいよ!」
今度はドライフルーツ入りだ。
宣言通り三つ食べて満足そうなリュウに、今後のことを尋ねる。
「私の今住んでるシシリアドにはこんな深い森は一つしかなくて、そこに住み着くとなるとすでにいる魔物が恐慌状態に陥りそうなの。だからね、この聖地の樹海で暮らすっていうのはどうかな?」
『ふむ……意図はそれだけではないだろ』
『ぁーバレる? ようは、あの気持ち悪い組み紐の作り方を北の方では知っているの。そのための牽制が欲しいって感じ。とはいえ、リュウにいてほしいってのは十二分にあるんたけどね。伝説の生き物ですから。世界樹ほどではなくても、信仰対象だよ』
「シーナ、シャーシャー言ってるよ」
「えっ、やだぁ!?」
まあわざとだけどね。周りには【五葉】も来ている。この件はできれば話さずにと言われたが、やはりきちんと話しておきたかった。
『召喚されてしまったからあそこには戻れないしな、別に構わんが』
「えっ!? 戻れないの?」
『入り口の大きさが足りぬ。通路の幅もな。前は地下の洞窟で眠っていたところを巻き込まれたのだ。まあよい、その代わり、たまには顔を見せろ。旨いものを持って来い』
「そうそう、それなんだけど、五年に一度大祭が開かれるの。そのときに来るようにするね」
『そうだな。ここからは遠いのだろ? それくらいの頻度ならそちらの負担も多少は軽減されるか?』
「うん。フェナ様がしばらくは絨毯で送ってくれるって言うしね」
『ならばそれで』
リュウの肯定する様子がわかったのだろう、周囲の人々が安堵のため息を吐く。
「あとは、言葉の通じる落とし子を連れてきた方が良い?」
『いや、別に我は特に必要ではない。話に応じる気もそこまでない。我の召喚主はそなただ』
「落とし子の設置は別にいいらしいです」
「そうか……まあでも、神殿所属の落とし子も多いからね。交代でなにかあれば話をできる者を置くのも悪くない」
エセルバートの言葉に他の【五葉】も頷く。
今度はどこの所属の落とし子かで揉めそうな気もするが、まあシーナには関係ないので良しとする。
追加でもう一枚、計五枚のクッキーに満足して帰って行った。
「それじゃあ私はアルの様子を見て……」
「それよりも背中の傷だ。とっとと部屋に行くぞ」
明日は六の鐘で集まるということになった。もうすぐ一の鐘が鳴る頃らしい。
【緑陰】の通路に入り、部屋へ向かう。
「背中の傷は、隠蔽陣か?」
エセルバートがフェナに問う。
「それを解くために横にかなり深く傷をつけた方が酷い」
傷? とエセルバートが眉を寄せシーナを見る。
「いや、自分で自分を傷つけるなんてしたことないから、手加減したら全然傷がついてなくて隠蔽陣も作動したままが、一番よくなかったので、ね?」
どっちにしろ、シーナ一人ではあの場を切り抜けることなんて到底無理なのだ。見つけてもらうには隠蔽陣をどうにかしなくてはならない。
そして加減がわからず大惨事だ。
神経が傷つかなくてよかった。
バルとヤハトもさすがに疲れたと通路で別れた。エセルバートは扉の魔導具を確認するらしい。
「フェナ様お茶飲みます?」
「いや、もういい。傷を治してとっとと寝よう。さすがに、気疲れした」
「シーナ、鍵は?」
「あー、丸台置いてる部屋ですね。鞄ごと。あ、丸台と鞄! 回収しないと!」
「もう明日でいいだろう。フェアリーナ、鍵を。それだけが反応するようにしておくよ。シーナの鍵が返ってきたらまたそちらも登録しよう」
「お願いします」
鍵はスティック状で、青く光っている。すぐにフェナに返される。
さて。
「エセルバート様おやすみなさい」
「傷は治さないのかい?」
「いや、だから治すから……」
出ていってほしいんですけど?
心の声がダダ漏れだったのだろう。だがしかし、さらに神経を疑う返しをされる。
「ああ、私はフェアリーナの裸にしか興味がないから気にしないよ」
「私が気にするんですよぉぉぉ!! 出てってください!!」
背中を押して、無理やり外に出し鍵を掛ける。
「フェナ様! やっぱりあの人おかしい!」
「前から言っているだろう。ほら、服を脱げ……いや、もう寝室に行ってうつ伏せに寝転びなさい」
服を脱いで寝転ぶと、フェナのひんやりした手が背中に触れる。
「フェナ様の組み紐、少し多めに編んでおかないといけませんね〜」
「……お前が死ななければいいだけだ」
「誰よりも長生きするつもりではありますけど、私がいなくなったときが大変じゃないですか。結局助けに来てくれるのフェナ様だし」
「……あまりアルの前でそれは言うなよ? あいつはわりと嫉妬深い」
「アルはいてくれるだけで幸せなので大丈夫です。はぁぁぁぁ……生きててよかった。間に合ってよかったぁ」
しばらくはあの血の気の引いた真っ白な顔を夢に見そうだ。
「あとはポーションで回復させていくだけだ。半月もあれば動けるようになるだろう」
とりあえず毎日通う。
本当はずっとついていたいけど、さすがにそれはそれで迷惑がかかりそう。
背中がほんのり暖かくて、あまりにも色々なことが起こった怒涛の一日だったためか、完全に寝落ちした。
起きたらあられもない姿で、隣にフェナがいるのは心臓に悪かった。
ブックマーク、評価、いいねありがとうございます。
フェナ様もお疲れでした。
気疲れするのかな? とも思いましたが、気疲れだそうです(本人談)。




