263.目的と手段
この世界は世界樹と闇から始まった。
本来あるべき姿に還すこと。
これが闇の精霊信仰者の望み。
以前そう説明された。
『本当に?』
正直馬鹿げている。そうなれば、彼らもまた魔物に飲み込まれるのだ。自らそうなるように動くこととなる。
それに、世界樹を擁する聖地を手に入れたいというのはわかる。
だが、帝国にまでこの地下通路を伸ばしている。お茶が手に入っているということは、帝国内に彼らが入っているということだ。
『まあそうね。そういった思想の者もいるという話よ。だいたいはいたって普通の望み。さっきの陽の光ね。一年中陽の光のあたる土地が欲しい。冬、凍りつかない土地が、肥沃な、飢えを知らない土地が欲しい』
この世界が球体の惑星かは知らない。それでも北は寒く南は暖かかった。
冬になると冒険者たちが寒さをしのぐために街に寄る。北の土地の者がどれほど厳しい冬を過ごすのか、シーナは知らない。
『ルーや、さっき広間にいた人たちはだいたい土地を求める者たち』
ラーリャやルーは陽の光を求めている。
『聖地を手に入れたあとは、セルベールの王都や、帝国へ攻め入る予定なんですね』
『その通り』
『でも……なんで面倒な聖地なんか手に入れようとしたんですか? 聖地は帝国も狙っているらしいし、他のさらに西の国も。維持防衛の厳しい土地だと思いますけど……』
『それは、大義名分ね。言ったでしょ? すべてを闇に還したい者たちがいるのよ。あなたの予想より多くね。そんな彼らを使わない手はないでしょ? 命を失ってでも聖地を手に入れたい者たちよ』
ラーリャは上を指差す。
『魔物の背に乗って指示を出すなんて、狂気の沙汰だと思わない?』
合点がいく。
ジェラルドが捕らえた二人と、先ほどのルーたちの違いだ。
彼らには生活に基づいた当人たちにとっては真っ当な理由がある。彼らの立場になってみれば、そうしたくなるのも理解は多少は出来る。
だが、信仰のみが理由の者たちの熱量は受けつけない。
彼らにとってこれは殉教なのかもしれない。シーナやラーリャから見れば狂信者だ。
しかし、土地が欲しい。しかも南の土地を望むとなればなかなか妥協点を探るのも難しいだろう。
子どもに関することだけではないのだ。
食糧問題や燃料の問題もありそうで、結局、温暖な土地は何ものにも代えがたいということだ。
『もう質問はおしまい?』
追加の深淵の組み紐が得られなくなったとき、彼らはどのような行動をとるのだろう。
はぁ、とため息を付くと、ラーリャがこちらを覗き込んでくる。
『なに? こんな話つまらない?』
『つまらなくはないですけど、話し合いで解決は難しそうだなぁと思ってます』
『それは、無理よ。魔物をけしかけてしまっているもの』
そこなのだ。人と人の争いならまだ何とかなる可能性もある。だが、魔物は無理だ。
『冬の妊婦だけでもどうにかしたいでしょうね……北で産出される王国や帝国が欲しがるものとかはないんですか?』
『あるわよ? 精霊石は山ほど採れる。珍しい風の精霊石もある』
『なら、それを対価として……』
『本当に実現すると思う? 冬の妊婦を受け入れ? どれほどの精霊石を差し出せばいいかしら。妊婦を移動させるのはどうやって? 魔物の棲む場所を通り抜けて、護衛を雇い、送り迎えをする。臨月の妊婦なんて動かせない。滞在費は?』
たぶん無理だ。
国の政策レベルで仕組みを作らなければならない。
『もしもよ、もしもそうやって王国や帝国で子どもを産めたとしよう。春になり、子どもは一ヶ月陽の光を浴びた。さあ、戻ろう……戻るかしら?』
母国より寒くない場所。
暮らしやすい国を見て、帰りたがるか。
『妊婦だけの問題ではないですもんね』
『そう。帰った女が、帝国は寒さも飢えもなく素晴らしく過ごしやすい場所だったと話してごらんなさい。結局、我々は土地を欲する』
『食糧も厳しいんですか?』
『魔物は多いから肉は大丈夫。冬を暖かく過ごすために、火の精霊使いは重宝される。むしろ、火の精霊使いがいなくては始まらない。町によっては冬同じ場所に集まって過ごすことも多い。夏の町と冬の町を作るの。それでも、作物が不作の年は悲惨なことになる』
『そんなときこそ、国がたくさん採れる精霊石を材料に他国から作物を輸入するのでは?』
『ああ! あなたは知らないのね。北の国は国ではないの。たくさんの部族が寄り集まった集団なだけ』
『うあ……不勉強で申し訳ありませんでした。私が考えつくことなんて、もう何度も検討したことですよね』
『ふふ、そうね。部族長会議が一年に一度、夏に執り行われる。その場で毎年毎年、何十年と交わされた議題だわ。その間に百あった部族は半分になった。別に寒さに負け死んだわけじゃない。皆、王国や帝国、その他の国々に逃げ出したのよ』
冒険者としてやっていければ、この世界はわりと受け入れてもらえる。だがそれは動ける者だ。
弱い者が残っていく。
『部族が寄り集まってと言ってましたけど、その部族全体が賛成して今回のことが成されたんですか?』
『そんなわけないでしょ。皆反対した。だって魔物を使役し、人にけしかけるのよ?』
ラーリャは笑う。
『皆反対し、賛同したわ』
部族としてはもちろん反対の姿勢を見せ、裏では援助を惜しまない。
『皆もう、限界なのよ。シーナの故郷はどんな感じなの? 同じようなことはなかった?』
パッと思いつくもので片手を超える。近年はまあ、科学の発達により寒さの対策はだいぶできているのだろうが、少し昔に遡れば、略奪や戦争を繰り返している。
聖地に関しても、思い切り軍を編成していたなと思い当たることしかない。
『どこも同じようなものですね』
『そう、残念だわ』
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