262.陽の光
ルーと呼ばれた男に引きずられるように連れられ、穴ぐらの部屋に連れて行かれる。縄は固く結ばれていたので切られた。
入口には布が垂れている。それを仕切りとしていた。土を掘り固め、寝床として使っているようだ。
『あら、その子は?』
部屋には女性が一人。薄い茶色の髪に、茶色の瞳の線の細い、精霊使いだ。手首が見えない。大きめのベッドに座り、壁にもたれかかっていた。
『例の落とし子だ。少し面倒見てやってくれ。深淵の組み紐で吐く。あまり近くに寄れない』
『深淵の組み紐で? 私達はなにもないのに』
『落とし子の特性か? これが何から出来ているか本能が感じているのかもな』
『まあ、わかったわ』
よろしく頼むとルーが出ていった。
彼が離れるとようやくなんとか息ができる程度まで楽になった。それでも、嫌な気配が近い。
『確か、シーナだったわね。お茶を入れてあげるわ。スッキリするお茶よ』
ラーリャはそう言って、ベッドから立ち上がると机の上にあったポットに【洗浄】をかける。そのあと水をため、水を湯にした。
つまり、水と火は使える。
袖が長く指先まであるので組み紐の色までは見えない。
『気になる? 私は三色。水と火、そして一番得意なのが土。この地下の通路はほぼ私が作ったの。とても長い年月をかけた。私の母と二人で、二十年近くかかったわ。本当に長い長い年月をかけた。その間に母は亡くなってしまった』
ポットから赤いお茶が注がれる。
『どうぞ、そちらの椅子に座って』
テーブルも土で出来ている。大理石のようにツルツルなので土がついたりはない。そして今、地面からせり上がってきた丸椅子も、ツルツルしていた。
ふらつく足でなんとか立ち上がる。
正直水分は足りていないので摂取できるならしたい。
シーナの動きを見てか、椅子が形を変え、背もたれがついた。
両手で包み込むようにカップを持ち、慎重に口へ運ぶ。お茶の温度はかなり冷めていた。精霊を使い、飲みやすい温度にしてくれたのだ。
清涼感とともに、ひりついた喉が少しマシになる。ミントティーのような感じだった。
『美味しい……』
『でしょう? 帝国のお茶よ』
帝国のお茶、と言われて思わず動きを止めた。
そんなシーナに、ラーリャは笑みを深める。
『帝国の地下にも、もちろん続いてる。悟られないよう、地下深くに細い道をだけどね』
今、シーナは心がけないといけないことがある。
彼らが祠と呼ぶダンジョンには、フェナが侵入している。例の組み紐の材料となる、魔に寄った子どもの髪の毛をこれ以上与えないため、始末すると言っていた。可哀想だが、一度魔に寄ればもう戻ることはないと言われているそうだ。覚悟を持って向かったフェナたちを責めることはできないし、嫌な役を引き受けてくれてありがとうと、エセルバートがフェナや【暴君】に言っていた。
この、ダンジョンへの侵入は先ほどの話だとまだ悟られていない。
仲間が捕まってそこから情報を得たことも、まだバレていないのだ。
シーナが知っていることと、彼らがシーナに漏らしたことをなるべく近づけて、シーナの口から我々が知っていると言うことを露呈させないようにしなければならない。
だから会話は慎重に。
なんなら話さなくてもいいくらいだと思っていた。
が、帝国の地下にまで道を走らせているとなると、話が変わってくる。
なるべく話させて、できれば少しでも情報を得たい。
『……おかわりをいただいてもよろしいですか?』
『もちろん。かなり吐いたのでしょう? 水分は摂れるなら、摂ったほうがいい』
ポットからもう一杯注いでくれる。先程より暖かい。
『食べ物も食べられるならと思うけど、まだやめておいた方がいいわね。ルーが来るかもしれないし』
ゆっくりとお茶を飲みながら、話のきっかけを探す。
正直聞きたいことはたくさんある。今回の侵攻に全く関係ないかもしれないが、色々と、聞きたい。
『なあに? 答えられることはこたえてあげるわよ。正直、ここまでやりきって私の仕事は終わってるの。暇なのよ。男どもは忙しそうだし、お喋りで時間を潰せるなら嬉しいわ』
相手からの誘いに、まだまとまりきらないまま質問を口に載せる。
『あの、気持ち悪い組み紐……髪の毛ってどう言うこと』
何より避けたいのはシーナが情報を持っていることを悟らせること。
だから、先にそれを話してもらう。
『んー、皆の前で気持ち悪いはよしたほうがいいわね。実際彼らはつけているのだから。生き延びたいなら言葉に気をつけること』
ド正論に口を結ぶ。
『深淵の組み紐は、魔物の子の髪の毛を使って編む。紋様は、古くから伝わる【使役】。これまでどんな糸で編んでも何も、誰も使役なんてすることはできなかった。それが、誰かが魔物の子の髪の毛と黒く染めた闇の糸で編んで、魔物を操れることに気付いたの。もう百年以上前の話よ』
『闇の糸が黒?』
『組み紐師なのね。本来は銀糸よね。でも、北の方では黒い糸もよく使われる』
【使役】の紋様は気になるが、それは後回しだ。
『魔物の子って』
『なんだと思う?』
『髪の毛って言ってた……』
ふふふとラーリャは笑う。先程から彼女の笑みがなんとも恐ろしい。
『人の子を、陽の光に当てずに育てたらどうなるか知ってる?』
『以前、魔に寄るというのは聞いたことが』
『あら、知ってるのね』
『酷い……』
『ほんと、酷い所業よね。でもね、やりたくてやったわけじゃないのよ? 最初は。それを見つけたのはあくまで偶然。そういった伝承があって避けてはいたけど、北は真冬になると陽が差す日が限られる。冬に子を産んではいけないと言われるのはそのせい。五、六歳まで陽の差さないところにってのは意味がない。産まれてから一ヶ月よ。一ヶ月で魔に寄る。そして寄ってしまえばもう止められない。半年で魔物になる』
『それでも、酷い。今は意図的にそういった子をつくっているってことでしょ?』
考えるだけで反吐が出る。
ただ、感情的にならないように必死で自分を抑えた。今、シーナは囚われの身なのだ。相手をなじりすぎてはダメだ。
『さっき、祠で育ててる魔物の子、って言ってたけど……』
『ああ、あなたたちは違った言い方をするらしいわね。地下にある魔物の住処よ』
『ダンジョンのことか』
これで、ダンジョン、魔物の子、髪の毛の組み紐はクリアだ。
『あなたたちの目的は?』
ラーリャは口角を上げて微笑む。
『この世界を、闇に還すこと』
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