247.ハハナヤラの街
途中の街で補給に入る。全部で三百くらいの人間がいるそうだ。となると、馬も同じだけいる。補給はかなり重要な問題だ。
兵站というやつだ。それでも水の心配はないのがまだマシなのだろうと思う。
今日はハハナヤラの街の外に明るいうちから野営の準備がなされていた。シーナはお迎えがくるまで馬車の馬が餌を食むのを見ていたのだが、後ろから視線の圧を感じる。
背中にダラダラと汗を掻く。
「えーと……何か御用でしょうか?」
そう振り返ると、ジェラルドがこちらを見ながら立っている。
他の騎士たちはやることがあるのか慌ただしく動いているのだが、一番トップはこういった時間は暇なのだろうか?
「フロランタンは美味しかった」
「お口にあってよかったです」
「シーナは以前もここを通ったとか」
「はい。巡礼の際に。フェナ様がスタンピードの予兆を感じ取られて、少しの間逗留しました」
「それは、そのときから在るのか?」
ラコのことだぁ……。
「いえ、まだ無かったですね」
「経緯を聞きたいと思うのだが……」
「え、と……フェナ様と一緒のときでよいですか?」
あれから考え抜いた結論だ。
面倒事は全部フェナへ!! まるでフェナが原因のように語る!
「フェアリーナか……承知した」
九の雫がなんかした風にする。
「しかし、シシリアドは遅いな。送っていこう」
「えっ……」
軍部トップの送迎とか目立って嫌なんだが。
「遠慮することはない。この時間は私に仕事はないのだ」
お断りできないやつだ。
ジェラルドは、長い髪を少し高めの位置で一つに縛っていた。背がかなり高く、バルよりも上だろう。シーナがその横に並ぶと、ちんまり感がひどい。
さらには、ラコが!! 揺れるジェラルドのポニーテールにじゃれている!
「……あの、参考までに、ジェラルド様にはどのように見えてらっしゃるのですか?」
己の髪の毛にまとわりついているのはわかっているのだろう。
「美しい光の塊だ。とても荘厳で近寄りがたい」
ラコ、荘厳で近寄りがたいらしい。実際は、あざとさの極致をいっているんだが。
「先日、シシリアドで例の魔物が現れたとき、一番最初に気付いたのがこれなので、光の動きがおかしい場合は少し気にかけてください」
「……わかった。さて、何やら揉めているのか?」
ヴィルヘルムとアルバート、さらにはダーバルクや他の精霊使いたちが勢揃いしていた。
あちらもすぐ気づいたようだ。
「ジェラルド様!」
アルバートとダーバルクが、しまったと顔を歪める。
「すまん、シーナ。少し揉めてて」
「揉めておりません! 私は――」
言いかけた男をジェラルドが手で制す。
「今は行軍中だ。それをおしての理由があるのだろう。申してみろ」
「わ、私は、先日我がハハナヤラを救ってださったフェナ様にお礼をと。だが、フェナ様はいないなどと……」
「フェアリーナはおらぬ。すでに聖地に先入りしている」
「まさか! 聖地には我が街を通らねば!!」
絨毯のせいだ。絨毯かっ飛ばしたからだ。
「真実だ。それとも私の言葉を疑うというのか」
ジェラルドの発言に、男は震えて頭を垂れる。
「気が焦るばかりにご迷惑をおかけしました」
「今は平常時とは違う。皆が不安に思うのは仕方ないことだ。ハハナヤラでの補給には感謝している」
そうやって場を収める。
従者と帰って行く彼の背を見やりながら、ヴィルヘルムが頭を下げた。
「お手を煩わせてしまい申し訳ございませんでした」
「先のスタンピードの件だな。こちらも把握している。とにかく野営の準備を進めよ。すぐ日が落ちる」
シーナもお礼をいうと、夕飯の準備に参加した。
ハハナヤラを出発し、ソワーズを通り抜けディーラベルまできた。補給を終えたらユーラチサタを目指す。そこからは一気に駆け抜けるらしい。
ディーラベルは一番近い伯爵の住まう街ということで、たくさんの精霊使いや騎士たちがいたが、今はその半分が出兵しているという。
そして、そのあたりからゾワゾワと背筋を這う不安と戦うこととなった。
「シーナ、顔色が悪い。眠れなかった?」
アルバート以外にも心配されるくらい顔に出ているらしい。ちょっと夢見が悪くてと返してやり過ごす。
馬車まで普段はダーバルクが、送ってくれるのだが、今日はアルバートがついてきてくれた。
「大丈夫?」
「うーん、スタンピードのときと同じことだから、どうにもならない。馬車の中で眠るよ」
馬車に着くとすでにみんな揃っていた。
「それじゃあまた迎えに来るから」
「はーい」
「少しでも寝てね」
「うん」
「皆さん、シーナをよろしくお願いします」
イケメンスマイルをかまして去っていくものだから、女子二人が騒然となった。
「何あのかっこいい人!」
「え、ダントツじゃない!!」
周りの騎士たちへのダメージが大である。
しかし、シーナの好みだけでなく、やはりアルバートは群を抜いてカッコ良いらしい。
「シーナが平静を装っていられたかがわかるわ〜」
確かに、耐性はできている。アルバートよりはフェナでだが。
そのあともキャアキャア盛り上がる二人を尻目に、シーナはなるべく目を閉じるが、ゾワゾワと寒気がするので上手く眠ることはできなかった。
ラコが頬ずりするのを抱き寄せ、不自然にならぬよう撫でていると少し落ち着いた。
こんな状態で聖地へ行って、どうなるのだろう。
と、外が騒がしくなる。
ラコが腕から抜け出し、馬車の壁を通り抜けて出て行った。
「なんだ?」
遠くで怒鳴り声が飛び交っている。
馬に乗った騎士が一人、馬車に近寄り並走する。
「前方と左方で魔物が出た。馬車の中で静かにしているように。窓も閉めろ」
頷いて開いていた小窓を閉める。ただ、ラコが出ていったきり帰ってこないのが心配だ。
と、直ぐ側に突然、地面から湧き上がるように黒い魔物が現れる。
騎士たちは慌てる様子もなく冷静に切り捨てていた。
やがて馬車が止まる。
馬車を取り囲むように騎士たちがぐるりと並ぶ。
あちこちでドオンと音がする。
と、馬車から見える地面が黒いシミを作る。エセルバートが言っていたシミだと認識する間もなく、そこから魔物が湧き上がってくる。
騎士たちも気づき、剣を抜き放つも、魔物はシミごと消えた。
ように見えただろう。
ラコが、小脇に抱えられる程度のラコが、ライオンほどの大きさの魔物をばくりとやった。
体格差は!? と心の中でパニックになる。飲み込む一瞬だけ、ラコの姿がぐわっとデカくなったのだ。
クリオネの捕食シーン並みに衝撃的だった。
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ブクマ、いいねありがとうございます。
今回の見所は、ジェラルド様のポニテに戯れるラコちゃんです。




