243.高速移動と筋肉痛
朝早く、まだ夜が明けないうちから北の門の外に集まる。
ほとんどが見知った顔だった。
馬のたてがみに結ばれた布には、陣が書いてある。これに精霊使いが魔力を通していた。馬の体力補助と足元を風で追う疾駆けをするための陣だ。
「休憩無しで本当に大丈夫か?」
アルバートにダーバルクが訪ねている。
「王都では情報収集もありますし、そこから足並み揃えて進むことになりますから。今日は多少無理をしましょう」
結局組み紐師はシーナのみ。精霊使いたちは何本も予備の組み紐を編んでもらっていた。
シシリアドは聖地から遠すぎるのだ。
精霊使いたちは皆馬を扱えるらしい。つまり、シーナだけアルバートに相乗りする。馬への負担もほかより余計にある。
荷物は最小限だ。必要なものはまた王都でも手に入れられる。
「シーナ」
馬上へ引き上げられ、やがて走り出す。王都へ向かうための練習が、ここで役立つとは思いもしなかった。
冒険者たちはもちろん、ヴィルヘルムも馬での移動は何ら問題ないようだった。乗っているだけのシーナが一番疲れている。
夜、七の鐘を少し過ぎた頃王都に着いた。以前の倍の速さだったし、乗り続けて来たのでギリギリ間に合った感じだ。途中魔物に行き交うことがなかったのも運が良かった。
貴族街近くの門から入る。ヴィルヘルムがいるので利用できるそうだ。馬から降りることなくタウンハウスへ行けるのは嬉しい。たぶん、間違いなく、立てない。
「部屋を用意していますので、今夜はお休みください。食事の準備もしてあります。部屋に運んだほうが良ければおっしゃってください」
馬上からアルバートが告げると、お仕着せを着た使用人たちがそれぞれ案内する。
「シーナ、降りられる?」
「ごめん、無理かも……足が、上がらない……」
このまま横にずり落ちるやつが完成してしまう! と思ったら体が浮いた。
「そりゃ、動けなくなるよな」
ダーバルクがやってくれたようだ。アルバートの腕の中に収まる。
「ありがとうございます……これ、どのくらい王都にいるの?」
「最低二日は。たぶんね」
移動するまでに歩けるようになるだろうか。
さすがは冒険者たちで、皆自分の足で歩いている。精霊使いといえども、動くのは自分の足なわけで、しっかり体力づくりはしているようだった。
前回泊まったのと同じ部屋を貸してもらう。
「洗浄してベッドで休んでおいて。食べるものを私が持ってくるか、誰かに運ばせる」
「うん、アルはお仕事あるでしょ? こちらは気にしないで」
「本当は時間が取れたらマッサージをしてあげたいんだけど、食事をしたら寝てて」
「疲れてて、起きていられないかもしれない」
食事を待つ間、意識を保っていられるかも、自信がない。だが、マッサージは確かに必要だということで、一生懸命ほぐしているうちに夕飯が届いた。動くのが困難だと聞いていたのか、まさかのあーんスタイルをしてくれようとしたので、固辞した。なんとか体を動かして食事を済ませ、ベッドに横になった瞬間、意識を手放した。
朝日が部屋を明るくする頃、控えめなノックに目を覚ます。が、金縛りで動けない。
「シーナ?」
「ア、アル……助けてぇ……」
「シーナ!?」
慌てて部屋に入ってきて助け起こそうとしてくれるが、体の全ての場所がギチギチと動くたびに不穏な音をたてている感じがする。
「動けないよぉぉぉ」
「無理させすぎたね……ハーナーシェを呼んでくるよ。少しはマシになるかもしれない」
苦笑とともにやってきたハーナーシェが痛み止めをかけてくれる。
「無理はしないでね、痛みは引いてるけど状態が変わったわけじゃないから」
「はい……少し動きながら大人しくしてます」
トイレに行けるようになってよかった。
「みんな平気で動いてるし……」
「精霊使いだけど、基本徒歩だったり馬移動だからね。これくらいは平気よ」
「みんな体力お化けだった……」
「街で暮らす人たちはシーナと同じようなものよ?」
シーナが特別体力がないわけではない、らしい。だがせめて聖地を行き来したあたりであれば、もう少し体力もあっただろうが、筋力はすぐ落ちてしまうものなのだ。
「筋トレ好きじゃないんだけどなぁ」
やらなければこの世界では生きていけないのだろうか。
それじゃあゆっくり休んでねとハーナーシェが出ていき、アルバートが朝食を持ってきてくれた。
「今日は動くのは無理そうだね」
「うん……ここまでひどい筋肉痛なら、動いたら治る理論ではないと思う」
まず炎症を鎮めなくては。
「出発は明後日早朝になるようだ。騎士団と一緒に行軍なので、また馬上になるんだけど、他にも組み紐師がいて、彼らの乗る馬車があるんだ。そちらに一緒に乗せてもらえないか聞いてみる。王家所有の大型の馬車で、乗り心地は悪くなさそうだよ。本当は、私がずっとシーナを乗せていたいんだけど、身体への負担が大きすぎる。他の領地の組み紐師も、みんなだいぶやられてるみたいだね」
シーナとしてもアルバートと一緒が安心だが、わがままを言ってられないし、身体がきつい。今のままでは聖地についてもあの階段を降りるのが厳しい。
「側にいてあげたいんだけど……」
「忙しいでしょ? 気にしないで」
今回シシリアドの代表はヴィルヘルムだが、その筆頭秘書官であるアルバートが忙しくないわけがない。今日一日ゴロゴロしつつ、体を少し動かして復帰を図りたい。
そんなふうに過ごしていたら、変人集団が来襲しました。
「王都へ来たなら言いなさいよ!! コソコソ見てた壁掛け全部持ってきたわよ!」
「色々改良したの見てもらいたかったのに!」
「新しいアイデア話し合いたかったのに!」
「王都へ来たら会いに来てよ!」
「そうだそうだ!」
うるせぇ……。
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車でも一日乗ってたら辛いのに、馬とか、拷問!!




