242.出陣準備
門の側には外へ向けて太い杭が飛び出した柵が、互い違いに並べられている。荷馬車が通っていた大きな門は閉ざされ、通用口から人も荷物も出入りする。荷馬車は壁の外に置いておくしかない。
街と街を移動するには必ず冒険者がつき、農村にも冒険者が配置された。食料の確保は大切なことだ。
北の山の魔物はその後十匹ほど追加がやってきた。そして時間を置かずに西の平原にも現れた。
普通の魔物よりも力が強く、街道の魔物よけも通用しない。
普段は比較的安全だった道も冒険者なしでは動くことができなくなった。
そして、そこへ入ってきたのは、聖地強襲の情報だった。元はと言えば聖地から始まっているのだ。
「つまりね、各地でのこの魔物は、優秀な精霊使いをその場に留めようとするもので、真の狙いは世界樹様という話なんだ」
食事の後、アルバートとゆっくり話をするためクッション部屋に移動した。
壁一面に並べられたクッションにもたれながら、アルバートを見やる。
ラコが知らせてくれて、シシリアドにあの魔物が出てから、もう一ヶ月だ。領主が雇っている兵士はもちろん、精霊使いや、シシリアド滞在中の冒険者たちに、領主は街の防衛を願った。
シシリアドはかなりの冒険者がおり、防衛には困らない。問題は周囲の街とのバランス、そして穀倉地帯である町や村の防衛だった。冒険者を順番に配置し、行き来する荷馬車の護衛、冒険ギルドと連携して配備するのに、アルバートもなかなか家に帰ってこられない日が続いていた。
そこへ聖地強襲の知らせだった。
各地の冒険者へ、聖地への救援が要請された。
「シシリアドからも、むしろ、冒険者が多いシシリアドからは、積極的に向かわなければならないんだ」
「私は、フェナ様の組み紐師だ」
ずっと前に、戦争の話を聞いた。戦争が起これば、まず組み紐師が連れて行かれると。
予備の予備を作って持っていったが、長引くのなら必ず必要になる。それに、普段の狩りよりもずっと消費が早いだろう。聖地は遠い。欲しいと思ってから出発したのでは間に合わないのだ。
自分の膝を抱え、そこに顔を埋める。
あの披露宴の時のようなことが起こっているのだ。
「シーナ……」
アルバートがシーナの肩を抱く。
「いつ出発?」
「二日後。馬に乗って、まず王都に向かう。そこで騎士団と合流し、聖地まで駆け抜ける」
「王都までは、夜通し駆ける強行軍だ。行く者たちには準備期間も含めてこの間業務は一切なしになる」
「……糸をもう少し染めないと」
「明日朝いちに工場へ行こう。優先的に作ってもらえる」
「他にも組み紐師が行くの?」
「そうだね。色が合う組み紐師がいるのが一番だから。何人も行く事になるだろう。それか、この二日で大量の組み紐を編むか、だね。そちらの方が多いと思う。ただ、シーナの場合は……」
「フェナ様はいないから、ね」
編むのに本人の魔力が必要だ。どうしても現地に向かわなければならない。
「私も糸作りに付き合うよ、二日間やることはないし」
「えっ!? アルも行くの?」
「もちろん。ヴィルが参加するからね。優秀な精霊使いなんだ。五色持ちだ。他には【暴君】」
「ダーバルクさんも?」
「【青の疾風】には残ってもらうんだが、バーナーシェさんは貴重な治癒の使い手だから一緒に行ってもらう」
治癒は、光の精霊を使えるうえで適性がないと難しいそうだ。
「あとは領主様の精霊使いたちだね」
「たくさんいるんだね。アルには、行ってほしくないような、一緒にいてくれるのが嬉しいような」
「シーナの同行は決定だから、私はシーナと一緒に行けて嬉しいよ」
とても複雑な気分だった。
「私は、ヴィルヘルム様の秘書官だ。どうしても行動をともにすることが多い。シーナと一緒ににいられないときもある。だから、ダーバルクさんにシーナの事をお願いしておいた」
「自分の女も守れないのかとか言ってた?」
「いや、任せろって言ってくれたよ」
「そーゆうところ、男前だなぁ〜イヴさんが惚れるのもわかる」
「そうだね」
「朝から糸を染めて、あ、【暴君】のローダさんの組み紐を作るかも聞かないと」
「忙しくなりそうだね」
「冷蔵庫の中身を始末したりも……面倒だから師匠かソニアさんにパスしようかな」
「それでもいいと思うよ」
「戦況って、どの程度の真実が伝えられているの?」
「ほとんど、伝えられていないと思う。だから、現地に向かったらどんな状態になっているか、正直わからない。九の雫のフェナ様がいらっしゃるのに、まだ冒険者を募るということは、かなりの数の敵がいるということだと思う」
「何もわからない状況で行くのは怖いね」
「そうだね」
翌朝は早くから起き出し、迷惑かと思ったが、ガラの店へ行く。
「おはようございま〜す」
一の鐘が鳴ったばかりだと言うのに、鍵は閉まっていなかった。
「おはよう。フェナ様の素材は準備しておいたわよ」
以前ヤハトが集めたフェナのための素材だ。どれもベースの薬剤に加えたあと、さらに追加すると効果を増すものばかりだ。
「基本の素材は工場に山ほど置いてあるだろうから行きましょう」
「師匠も手伝ってくれるんですか?」
「あんた、虫類触れないじゃない」
「助かります」
一人で店を持てない理由其の二である。
北門を出ると、工場までの道のりを冒険者が見張りを立てていた。
「シーナ、糸作りするんだろ? 手伝うよ」
ギムルだ。他にも数人兄姉弟子がいた。
「シーナ虫だめだもんね」
「手分けしてベース作っちゃいましょう。そのうち他の組み紐師も来るだろうし。どのぐらい染めるの?」
「あー、できるだけ。他にも向こうで色味が合う人がいたら作ることになるだろうし」
「それならフェナ様の糸とは分けたほうがいいね」
テキパキと兄姉弟子が段取りを組んでいく。
「ここは十分そうだね。ローダさんに私が聞いて来ようか?」
確かに、アルバートの出る幕がなく、お願いすることにした。どうせ半日はここにいる。
と、後ろから呼ぶ声がした。
「アンジー?」
「ほら、シーナ。うちの一級品よ。これ使って作りな」
「あら、いい糸じゃない? よかったわね、シーナ」
「わぁーありがとうアンジー。後でお金払うよ」
「帰ってきてからでいいわ。じゃ、ここの匂いひどいから無理! 気をつけてね!」
あっさりしてるのはアンジーらしかった。
「みんなに気を遣われてるなぁ」
「そりゃ遣うわよ……本来なら私が行くはずだった」
ガラの低い声に首を横に振る。
「たぶん違いますよ。これが始まるから、フェナ様の組み紐が編めたんだと思います。そして、編むために、ダンジョンに落ちて危機的状況になった。最近、世界樹の意図みたいなものが見え隠れして、すごく、もやもやしてます」
端的に言えばムカツク。
「私がここに来たのは、間違いなくフェナ様の組み紐を作るためで、そうなると、なぜフェナ様に完璧な組み紐が必要なのかという話になって……これすら予定通りなのか、それとも、これが世界樹にとって思わしくないことだから、思わしくない状況の改善に、フェナ様を使おうとしているのか」
物言わぬ世界樹の掌で、くるくると好きなように扱われている。
そんな気がしてならなかった。
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聖地へシーナは再び向かうことになります。
アルもいっしょ。




