241.迫る不安
その日は朝から騒がしかった。
ぐっすり寝ていたのに、ラコが身を寄せて来る。毛皮は気持ちいいが寝ているときは迷惑だ。
諦めて起き上がると、今度は隣で寝ているアルバートの周りをくるくる回りだす。そしてしまいには祝福を始めた。
「どうした?」
シーナが身を起こしたことで、アルバートも目が覚めてしまったようだ。最近はだいぶ仕事も落ち着いてきて、夕飯には間に合わなくとも毎日家に帰ってくるようになっていた。
「ごめんね、まだ鐘も鳴ってないけど……ラコちゃんの様子がおかしくて。アルにさっきから祝福してるの」
ベッド脇のテーブルに置いていた耳飾りを付けると、アルバートも呼びかける。
「ラコ、どうした?」
自分が見えると認識すると、今度は扉をすり抜け出て行って、入ってを繰り返す。
「来いって言ってるみたいだな」
急いで身支度をすると、後を追った。すると玄関の扉を出たり入ったりする。
「外に行かないとなのか。ちょっとまっててくれ、剣を持ってくる」
シーナも帽子を被る。もうすぐ五月だ。朝もだいぶ暖かくなってきた。日差しは厳しい。
「お待たせ、行こう、シーナ」
そう言って手を掴まれる。
ラコは北の方へ向かった。
厩や、素材を染める工場がある方だ。さらに門を潜ろうとするので、悩む。
「さすがにシーナと私だけで外は行きたくないな」
だが、ラコは急かすように門を行き来していた。
「ここからならダーバルクさんちが直ぐだよ? お願いしてみる?」
「ううん……いなかったらランバルトを呼ぶ。少し騒ぎになるが」
ということで踵を返して少し行ったところにあるダーバルクの家をノックした。一の鐘が鳴る前だ。迷惑だしまだ寝てるだろう。二度ノックして出てこなかったら諦めようという話になっている。
が、予想外にダーバルクが出てきた。
「お、おはようございます。起きてたのかな?」
「なんだ、どうした。まあ、入れよ」
「ごめんなさい、急いでて。少し街の外までいかなくちゃだめで、でも、」
「私だけだと何かあったときシーナを守りきれるかわからないので少しだけ付いてきてもらえませんか?」
「なんで外に、こんな時間に」
「うーん、わかんないけど、いかなくちゃいけなくて……」
すると奥から声がする。
「行っといでよ! 支度は私の方でしておくから」
「……じゃあ頼んだ。行こう」
大剣を背負うと、一緒に走り出す。
ラコの動きはどんどん速くなっていた。焦りのようなものが見える。
「……お前ら何を目で追ってる?」
「あー……えと、またあとで」
北は少し行くと森が始まり、山となっていく。
「待て……何かいるな」
ラコが帰ってくるなりダーバルクに祝福を打ち鳴らす。
「ぁーぁ……いってんごばいがぁ」
フェナやヤハトで試したところ、精霊の扱いが五割増になるという超チート祝福だということがわかっている。
「俺がやるから、二人は下がってろ。シーナを守っておけよ」
「はい」
ラコはすでにシーナの肩のあたりに戻ってきている。しかも、何か食っている。
「アル……ラコちゃんもちゃもちゃしてる」
「闇の精霊?」
ヒソヒソと話していると、土柱が上がった。
「アルバート、領主様に知らせろ。例の魔物だ。一体だけかわからん。今ので新しいのが来るかもしれん。北門を閉ざせ! すまんな、寝起きのせいか、力加減を誤って派手にやっちまった」
完全にラコのせいです。
ダーバルクが、責任を取るとこの場で見張り役を買って出た。アルバートは領主様に知らせをと言われた時点で腰のポーチから出した玉を空に投げる。すると弾けて精霊がキラキラと街の方へ飛んでいった。
「すぐに何名か来ると思います。よろしくお願いします」
「おう、任せろ」
そう言って、地面に手をつくと、あちこちから壁がせり上がってきた。
「シーナ行くよ!」
「う、うん。街に入ったらアルは領主様のところへ行って。私ダーバルクさんちに行く。例のって、あのシミ残す魔物だよね?」
「……知ってたのか」
「フェナ様に聞いた」
フェナたちはシシリアドを発ってもう三ヶ月になる。
「彼らにもそう知らせてくれればいい」
「その後は? 冒険者ギルドとかに知らせなくていい?」
「ああ。そこからは私の仕事だ。家で待っていて」
「うん。……ラコ、アルに祝福もう一回してあげて?」
キラキラと、光がアルバートに舞い降りた。
再びダーバルクの家だ。ノックするとザーズが出てきた。
「あの、北の山の麓に例の魔物が出て――」
「お前ら行くぞ!」
シーナの言葉を全部聞かずに飛び出す。
「北門から真っすぐ行ったところです! 今領主様にも伝えてます!」
「わかった!」
あっという間に姿が消える。
「シーナが朝早くから来るなんてそうない。何があるんだって、外に出るか出ないかで揉めてたよ。どうするシーナ、うちで朝ごはんでも食べていくかい?」
「いえ、帰ります。朝からお騒がせしました」
「冒険者の妻はいつもこんなだ。あんたの旦那も体を張らないといけない男だ。淋しくなったらおいで」
スタンピードのときは、不安ではあったがアルバートが側にいてくれた。
今度は一人で家で待っていなければならないのか。仕事場に行けば誰かしらいるだろうし、支度をして仕事に行こうか? だが、アルバートが家で待っていてと言っていたから悩むところだ。
死ぬとシミになるあの魔物が、あちこちで現れ、それが気になって聖地に行ったフェナは帰ってこず、とうとうシシリアドの直ぐ側に現れた。
何かが起こっているのはわかるが、どんな事態になるのがまったく想像がつかない。情報が入って来ない状況が辛い。
家の中に入ると少し落ち着いた。
「ラコちゃん、アルのところに行って助けてあげることってできる?」
きゅい? と首を傾げて動こうとはしないので、そこまでは無理なのか。
「それか、さっきの場所で闇の魔物食べてくる?」
すると、くるくるその場を回り始めて玄関から出ていく。
「無茶はしないでね! 祝福はアルだけにね!」
前置きなしに五割増は事故の元だ。今もダーバルクは、己の力に首を傾げながら戦っているだろう。後でなんと説明すればいいか、悩んでしまう。
だが、そんな心配は無用だった。
世界は、この日を境に平和な日常を捨てることとなったのだ。
ブックマーク、いいねありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます!
助かります。
朝の起き抜けにやりすぎちゃった!!てなったダーバルクさん。




