239.広いと思ったら案外狭かった
「この間真っ直ぐ帰っただろ? そしたら、あの変人連中が発狂してた」
主語をぼかして色々と説明をしてくれるのだが、ぼかし方がひどい。
「押しかけそうな勢いを上の人が止めてたよ」
「押しかけは……困るなぁ」
何をしているんだか、あの人たちは。たぶん、自分がこのあと平和に暮らすには、二度と会ってはいけない人たちだ。
「あの人たち、圧が強すぎるしな。あ、これクセがあるけどオススメの酒」
「申し訳ないけど否定できない。いただきまーす」
フランクは氷の入ったグラスに透明の酒を注いだ。
「それじゃあ、二人の門出に乾杯」
「かんぱーい」
「ありがとう。乾杯」
きつめの蒸留酒だ。そしてふわりと甘い香り。
「芋焼酎!?」
「お、知ってる?」
「いえ、故郷に似たのがありまして」
「へぇ〜アルバートは? この店で酒は飲んでたの?」
「多少は。ただ、誰かは正気を保ってないと不味かったから、軽めのものしか飲んでないなぁ」
「あー、学校の休みの日か、抜け出して、だろ? まとめ役がいるんだよなぁ。わかる」
「ヴィルヘルム様と一緒のことが多かったしな。あっちは思い切り飲みたい派だから」
「そっかー。じゃあ、ボトル一本プレゼントするから、持って帰って一緒に思い切り飲むといいよ」
「いや、それは」
「いいのいいの。俺も貴族の結婚の作法について語り尽くした甲斐があった」
「貴族の結婚?」
「彼女がアルバートがこんなにかっこいいのになんで嫁が来ないと言ってたから」
「……クッキー作りをしていたときの話ですね」
とんでもないところからバラされる。
「俺等の立ち位置はなかなかに結婚は難しいことなんだという話と、なんならもらってあげたらいいんじゃないかって話をね」
「おかげさまでもらってもらえましたね」
アルバートの言葉にフランクは破顔し、シーナは顔を覆う。恥ずかしい。顔が熱いのは芋焼酎のせいだけではない。
「どっちから告白したの?」
「私です」
「アルって、なんでこの手の話普通にできるのぉ……」
目の前でやられるの心臓が保たない。両手で顔面を覆うしかなくなる。
「ふはは! 楽しそうだなぁ〜いいね〜」
ほろ酔い程度で、解散となる。フランクも次のお店の予定があるだろう。
「あの、私が……」
「言わないよ。あの連中の相手するのめんどくさそうだもんねー」
「ありがとうございます。もし追求されたときは、」
「お酒飲んだから忘れたことにするわ」
じゃあねと夜の街へ消えていった。
次の日は大人しく二歳児に遊んでもらった。ヴィルヘルム夫妻の子ども、ケンドリックだ。まだ話はあまりできない。動き回る方にリソースを使っているようだ。
きれいに整えられた内庭で、歩き回るケンドリックに追いすがるだけの時間だった。
歩き回るだけ歩き回って、ころっと寝てしまう。
その後は厨房を借りてアマーリのタルトを作った。型はさすがに持ってきていないので、スコップケーキよろしく、型のままお出しすることにする。
アマーリはなかなかきれいに並べられた。多少厨房の料理人に手伝ってもらった。さすがプロだ。飾り切りは本当に上手だった。
タルトはかなり好評で、起きてきたケンドリックは言葉が出せない分、全身でお代わりを要求してきた。大変可愛らしい。
夜は一緒に食事をいただき、王都を発つ日がやってきた。
フードを目深に被り、ギルド内へ入る。
朝早めだと言うのに、人の出入りは多かった。たぶん、どこかの地区の売上報告日に被っているのだろう。
好都合だ。
シシリアドの組み紐ギルドよりずっと広く、カウンターも倍以上あった。
「あ、アル、あっちの壁」
「本当だ。近くに行こう」
【見るものの組み紐】とはまた違った壁掛けだ。いくつも並んでいて、本当ならメモを取り出し書き写したいくらいだが我慢。食い入るように見つめ、脳に刻む。
知らないものがいくつもならんでいた。
そうこうしているうちに、三の鐘が近くなったようで、アルバートに促された。もっと見ていたいが仕方ない。名残惜しいが三の鐘でここを発つのだ。あとはズシェが王都にきたとき見てきてもらうとかしようと思う。
出口に向かったところで、割と勢いよくぶつかってしまった。
「スミマセン」
「ごめんね〜大丈夫? ……ッ! シーナ?」
当たった勢いでフードが脱げて、しかも相手はギルド長。フィレリナだ。
とっさにアルバートの腕を引き、組み紐に魔力を込め駆け出す。
「あんた!? 王都に来てたなら――」
「さよーなら!!」
途中からアルバートがシーナを引っ張る形になり、そのまま全力でタウンハウスへ帰った。
荷物は全て運び込まれ、立派な馬車が五つ並んでいた。
息せき切って走り込んでくる二人に、ヴィルヘルムは出発の号令を出す。
「アルバート様、馬を」
執事が指さした先に、アルバートは駆け出す。
「シーナはこっちよ! 乗りなさい」
シンシアに呼ばれて、お邪魔しますと駆け込んだ。
貴族用の門からとっとと抜け出す。王都を出てしまえばこちらのものだ。
「間一髪でした」
「お目当てのものは見学できたのかしら?」
「はい、おかげさまで。次の休憩地でメモしないと忘れてしまいそう……」
馬車の揺れで、頭の中身がポロッと落ちてしまいそうだった。
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関東のゲリラ豪雨にめちゃくちゃビビってます。
これ、まじやばいやつやん……
本当に気候が変わってきてるって感じですよね……




