238.王都再び
領主からの発行手形で、シーナとアルバートは無事門を抜けることができた。ほっと胸をなでおろす。
この手形も、シシリアドのシーナの名前ではすぐに露見すると、シーナの分はユカの名でとった。それはあまりに久しぶりの響きで、戸惑いしかない。
シーナの呼び名に慣れ過ぎていた。
アルバートは初めて知ったと、馬上で事あるごとにユカと呼んできて、それもなんだか気恥ずかしかった。
門をくぐり再び馬に乗る。
さんざん練習したおかげで、降りてもなんとか歩けるし、お尻も無事だ。
王都の道は幅が広く、馬車も行き交う。
二人が馬に乗ったまま進むことに何ら違和感を覚えない。
そうやって貴族街へ入り、やがてシシリアドのタウンハウスへ着いた。
「久しぶりだな、アルバート」
「ご無沙汰しています、ヴィルヘルム様」
アルバートの言葉に少し不満そうな顔をしていた。多分呼び方だろう。
エドワールと同じ薄い金髪に茶色の瞳の精悍な顔つきの男性だ。話したことはないが何度かお互い目にしてはいる。
シーナはアルバートの後ろで軽く頭を下げている。
「そんな顔しないの、ヴィル。アルにも立場があるのよ」
ヴィルヘルムの隣で微笑む栗色の髪の美女は、ヴィルヘルムの奥様だ。学生時代からの付き合い。つまり、アルバートとも知り合いだ。
「シンシア様のおっしゃる通りですね。ヴィルヘルム様がシシリアドにいらっしゃれば、私は正式にヴィルヘルム様の筆頭秘書官ですので」
「前言撤回よ。余所行きの対応をされるのは嫌ね」
緑色の瞳をきゅっと細める。
「そんなことより、かなり急ぎできたのでシーナを休ませたいのですが?」
「アル!?」
そんなことよりって! この間といい、話のぶった切り方が雑い!
「ああ! 確かに客人をそのまま立たせているのは申し訳なかった。直ぐ部屋に案内させよう」
「今日はゆっくりなさってね、シーナさん」
「お気遣い有難うございます」
高位の貴族に気を遣われるのはなんとも気まずい。
部屋の場所をアルバートが把握してるらしく、彼に案内される。
今はだいたい午後四時くらいだ。
休みなく馬を走らせて来ているので、確かに疲れていた。なんといっても、靴が脱ぎたい。
「休んでて、お茶を持ってくる」
「ありがとう」
お言葉に甘えて、全身洗浄をしてから靴を脱いでベッドにころんと転がる。
軽い疲労感からついうとうとしそうになっていると、ノックとともにアルバートが茶器のトレイを持って入ってきた。
「軽く眠る?」
「ううん、お茶飲みたい」
シーナの眠気を察してくれたのだろうが、せっかく淹れてくれたお茶はいたたきたい。
ドライフルーツの茶菓子もついていた。
「もう眠たいならこのまま寝てもいいし、もし動けるなら城下を歩こうかと思ってたんだ。そのあとどこかで夕食をと」
「お屋敷で夕食じゃなくて?」
「シーナはヴィルヘルム様たちとの食事は気を遣うだろう? それよりは、私がたまに通っていた夜市にでもと思ったんだ」
「行きたい!」
街歩きはぜひしたかったので嬉しい。夜市とかめちゃくちゃ楽しそうだ。
「手癖の悪いのも多いから、シーナは手ぶらで行ってね。まあ大概私の顔を見たら帰っていくと思うけど」
「アルの、顔? かっこよすぎて?」
「そう、平民ではありえない顔だろ?」
ああ……貴族顔てことか。
貴族と揉めれば面倒なことになる。アルバートを狙っているとかでない限り、争うことは避けたいだろう。
少しゆっくりしたらアルバートに手を引かれて出発である。
執事のような人と、シーナも前に披露宴のとき着たお仕着せ服の女性たちに、行ってらっしゃいと送り出される。フードは目深に被っていく。夜だとしても油断しないようにしよう。
と思っていたのも一瞬でした。
この間王都で市場巡りをしたときは、まだお上品な部類だったようだ。こちらはそれこそ台湾の夜市、ドイツのクリスマスマーケット、エジプトのバザールのような、そんな雰囲気だ。各店舗食べ物だけじゃなくいろいろな雑貨やフルーツ野菜、まとまりなく並べられていた。
雑多な雰囲気に、テンションが上がる。
呼び込みもすごい。目の前に次々品物が差し出される。あまりの勢いに進むことができなくて、とうとうアルバートがフードを脱いだ。
すると、ピタリとそれが止む。
「アルの顔力すご」
「ユカの見たいものは見たらいいよ」
色ガラスを使った小さめのグラスが可愛い。怪しい香辛料の店では、今度こそカレーに使えそうな雰囲気のものを見つけた。
「お嬢さん通だねぇ。これはなかなかみんなも手を出さないんだよ」
「食べ過ぎ注意とかありますか?」
「いや、ただ辛いから限界はあるがね」
「こちらのと一緒にいただけますか?」
「この二つが好きなら、これをおまけであげるから試してごらん。それぞれの名前は――」
と名前も教えてくれた。
「アル! アマーリがある!」
「ああ、調達するように頼んではいるが、買って帰ろうか」
前回王都で食べたメロンもどきだ。
雑貨も多くて、やはりシシリアドとは人口も、物の流通量も違う。
「ユカが楽しそうでよかった」
「すごく、すごく楽しい。ありがとう、アル」
最後に夕飯を食べて帰る。
ただ、それが少し失敗した。
「やあ、アルバートじゃないか」
学生の頃に何度か来たことがあるという食堂で、食事をしていると、後ろから声が掛かる。
シーナも聞いたことのある声だった。
「お久しぶりです」
「てことは、こっちの黒髪は、やっぱりシー」
「ユカです」
「……」
「お久しぶりです、フランクさん。ユカです」
シーナじゃありませんからっ!
なんで第四騎士団がこんな市場の近くに!!
緑色の目を丸くするが、とりあえず受け入れてはくれたらしい。
「お久しぶり、ユカさん。二人で、デートかな? お邪魔しても?」
「二人でデートなんですけど、まあどうぞ」
お断りしても、なので口封じをしようと思う。
「市場にご飯ですか?」
「ああ、今日は非番なんだが、近くに行きつけのショウカ……店があってね」
ほとんど娼館て言ってる。
「アルバートはあれか、ヴィルヘルム様の出迎えに?」
「ええ。明後日には発ちますから、デートしていたところなんですよ」
デート中だよアピールにフランクは楽しげな笑みを浮かべていた。
「お二人の結婚記念に俺が奢るよ」
「結婚はしてないです!」
「結婚はまだですね」
「あれ、そうなの? じゃあお付き合い記念に奢りましょう」
ブックマーク、評価、いいねありがとうございます。
気付いたんだけど、結婚となり、相手の姓を名乗るとなったら、この子シーナじゃなくなるやん……




