237.乗馬練習とラコのごはん
「アル! 速い!!」
「本気で駆けるときはこの倍だ」
今日は良い天気でアルバートがお休みだったので、午前中は馬の練習をすることとなった。
ずっと前に言っていた、夏に王都へ行く予定があるから、遊びに行こうと言うあれだ。
特別に訓練された馬に、速駆けをかけて王都まで二日で行くという。
「シーナが座るところに薄いクッションを敷いて少しは軽減するつもりだけど、速さには慣れてもらわないとね」
馬はもちろん振動もすごいが、それはアルバートが支えてくれるしなんとかなりそうなのだが、速いのがなかなかに怖かった。
「八月までは、晴れてる休日は馬に乗ろうね」
「うん……」
頑張れお尻! である。
「帰りは馬車もあるし、御者席に同乗することは出来るだろうから」
行きを乗り越えればなんとかなる。
「ヴィルヘルム様の奥方が、シーナに会うのを楽しみにしているらしいよ」
八月アルバートが王都に行く理由が、なんともう少し先だと考えていたヴィルヘルムがシシリアドに帰ってくるためだった。やがてはヴィルヘルムの側近になるアルバートが出迎えに行くのだ。その際、奥方もシシリアドへ向かう。まだ二歳になったばかりの息子も一緒だ。
「あのメロンもどきで私はまたタルトを作るの……」
「保存の陣を持って行こう」
ほとんど準備をしてもらっておいて、あちらでの滞在は二日くらいにするつもりだそうだ。シーナが見つかるとまずい。
「組み紐ギルドも見たいの〜、壁掛けがないか」
「バレてもいいようにそこは出発の朝に寄ろう。フルーツは買ってきてもらえばいいよ」
街の外に出るのは少し怖いが、それでもアルとの旅行は楽しみだ。
「ん? ラコちゃんは?」
「そう言えば、さっき向こうを飛んでなかったか?」
馬の向きを変えて、アルバートが進む。と、ラコが何やら腹に打ち付けていた。祝福? と思っていると、そのまま口へ持っていく。
「ラコちゃん!?」
黒い塊をもちゃもちゃ食べている。
「やだ、何食べてるの? お腹壊すよ!? 拾い食いなんてしちゃだめ!」
引き寄せようと手招きするが、イヤイヤとされた。
「ラコ!」
アルバートの声も聞こえている。耳がピクリと動くのだ。しかしこちらへ来ようとしなかった。
すっかり食べきったようで、顔を短い手で撫でて毛繕いしてる。愛らしい仕草に一瞬気をやられるが、再びすいっと宙を泳いで行くので馬を走らせる。
草原になってるとは言え、ところどころ木は生えていて、そのそばの影に近づいたと思うと、また手に黒いものを持っていた。
「ラコちゃん?? ……アルにも見えてる? あの黒いモヤモヤ」
「ああ。闇に潜む魔のたぐいか?」
「そ、そんな物食べて大丈夫なの!?」
「ラコは精霊の塊なのだろ? だからまあ……?」
お腹壊しそうとハラハラする。
「ラコちゃんのご飯は何だろうとは思ってたんだけど……フェナ様は私の魔力じゃないかと言ってて」
とんでもないシーンを目の当たりにしてしまった。
「闇を喰らうのは助かるが、闇に寄りはしないのか?」
「ええっ!? それは困る……ラコちゃん、おいで」
両手を差し出すとふよふよ寄ってきた。先ほど捕まえてた餌はすでにない。
「ラコちゃん。闇に潜む魔物ばっかり食べてたら駄目よ?」
きゅ?(幻聴)と小首を傾げている。
「何事もバランスが大切よ」
黒いつぶらな瞳が何かを考えているなぁと思っていたら、手を伸ばして光を掴んでいた。
「えっ?」
ラッコが貝を石に打ち付けるようにその光を腹にカンカン(幻聴)とぶつけて、またもやもちゃもちゃと食している。
「シーナがバランスとか言ったからじゃないか?」
「ええ……というか今の何の精霊? 精霊だよね?」
「たぶんね……なんだろう。白っぽいから風か?」
謎はすぐ解けた。
その後はラコを抱っこしたまま馬であちこち走り回って、再び北門に帰ると、仁王立ちしているフェナがいたのだ。
「あれ、フェナ様お出かけですか?」
「お出かけですかじゃない!! 本当に! 毛皮にしてやろうか!」
人目を憚り小声でいいながらラコを掴もうとすると、危険を察知したのか、ぷよぷよ飛んで逃げる。
「え、ラコちゃん何かしましたか?」
「シーナにつけてた精霊を食べただろう!!」
「あー!」
あの光。
「って、私につけてたってどう言うことですか? もしかして、また? また人の会話盗み聞きしてました!?」
「基本聞いていない。様子がおかしいとき直ぐ駆けつけられるようにだ」
「やめてくださいよぉぉぉ」
「昼間からいちゃついてるのなんて聞いてない」
「ギャーッッ!! プライバシーの侵害にもほどがある!! セクハラだ!!」
「シーナのよくわからない言葉が始まった」
「もおおお!」
「そんなことよりフェナ様」
馬を預けて帰ってきたアルバートの第一声にシーナは目眩がした。
そんなことよりとは!?
「シーナが酔っ払ってやらかした時も来なかったんだろ? それなりの騒ぎにならないとフェナ様もイチイチ聞いていらっしゃらないということだよ。……ラコの食性についてお話をしましょう」
シーナの家でということになった。
「人の家の冷蔵庫を覗かない!!」
この三十路女子をどうにかしてくれ〜!
「これなに?」
「ん? あー、度数の高いお酒に砂糖とフルーツを入れて漬け込んでるんです」
パウンドケーキなら作れるかもと思いまして。そしたら、お酒のきついフルーツケーキもいいなと。
「これ使ったもの作ったら、持ってきて」
「上手く行ったら、ですね。て、もう! 食材に触らない!」
シーナとフェナが冷蔵庫前で攻防を繰り返している間に、アルバートがお茶を淹れてくれた。
「ラコが闇に潜む魔のたぐいを食べていたんです」
「……本当ならとても有益だな」
「それで、闇の精霊ばっかり食べてたら闇に寄らないかという話になって、私がラコに、食事のバランスを取りなさいと言ったら、フェナ様の精霊が食べられました」
「シーナのせいか」
「そんなもの私にくっつけているのが悪いんですよ」
フンッと鼻を鳴らす。
「ラコの性質は気を付けて見ていればいい。それよりも、食事がシーナの魔力以外からとれるなら、そうさせてやりなさい。夜になったら散歩をしてこいと言ってやれ。基本召喚されたものだから、主の許可がない限り一定以上主からは離れない」
「わかりました」
「ラコちゃん最近太った?」
ふくふくしい腹を撫でてやると、きゅい(幻聴)と照れた。
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バランスの良い食事を心がけたラコちゃんでした。




