235.キャスリーン再び
三月になり、やっとこたつとお別れをした。テーブルとしては使えるのでそのままだが、こたつ布団を撤去だ。シーナよりアルバートの方が名残惜しそうだったが、さすがに暖かいので食事もキッチンのテーブルになった。また冬までお預けだ。
アルバートは二日か三日に一度は必ず来てくれて、せめて朝食を一緒に摂るようにしていた。
数日前少し忙しそうにしていたが、今夜は早く帰ってきて夕飯も一緒だ。こんな時はその旨伝えてくれるようになっていた。
「シーナ、明後日は予約入っている? もしなかったら領主様のお屋敷に来てもらいたいんだ」
「予約はないけど、用事はなんだろう?」
「実はこの間キャスリーン様が到着されてね」
「えっ!? あの、フェナ様のお屋敷にお仕えしてる? 風使いの?」
かなり前に、マリーアンヌがシシリアドへやってくる前に一度来たことのある人だ。ヤハトがケイティと呼んでいた。クッキーを気に入って持って帰っていた。
「マリーアンヌ様の教育係をディーラベル伯爵夫妻にお願いしたんだが、彼女が送られてきた。まだ三日しか経っていないが、マリーアンヌ様周りは大騒ぎだよ」
「うわぁ……あ、でも確かご家族がいたような?」
「ああ。家族ごとこちらにきたよ。貴族用の屋敷がいくつか手つかずで放置してあってね。そちらの片付けも大変だった……だが、キャスリーン様の夫君も優秀な方だからね。これからエドワール様にお仕えしてくださることになった」
「フェナ様が会うのを避ける方ですもんね、キャスリーン様。ビシバシ鍛えられそう」
「だね。それで、側仕えたちが……まあ行けばわかるかな。それよりこのパン、美味しいね」
今夜はフェナの屋敷から先日教えたクロワッサンぽいものが届いている。パイ生地がサクサクだ。
「でしょう? 作るのがすごく手間だから、フェナ様のお屋敷だよりだけど、冬とか一日家にいるなら作ってもいいかなぁ〜」
仕事から帰ってきて作るのはなかなか難しいし、天然酵母は管理しきれないのでシーナの家にはなかった。
「冬かぁ、少し遠いから、今度休みの日に一緒に作らない?」
「……作ります」
パン種もらわないと。
彼氏が美しくて尊い。
せっかくなのでルーロのタルト持参で領主の屋敷へ向かう。アルバートといっしょだ。
顔なじみの門番さんがニコニコと迎え入れてくれた。
「いらっしゃい、シーナ。急な呼び出しに応えてくれてありがとう」
テーブルに腰掛けるマリーアンヌと、その後ろに控える久しぶりの顔。
「シーナは会ったことがあるのよね? ディーラベル領から新しく来てくれたキャスリーンよ」
「お久しぶりです」
立ち位置がかなり変わっている。キャスリーンが向かってマリーアンヌの右手に。先日神殿教室に来ていた人が左手に立っていた。
まずはお茶をとシーナが持参したルーロのタルトとともに出される。ちなみに今日はアルバートもシーナの隣の席に座っていた。カッコいい騎士服で甘いものを楽しんでる姿は、できることなら念写したい。
「この間のモルと同じような生地よね? でも、ルーロがとても爽やかでまったく別物みたい。とても美味しいわ」
「お口に合って光栄です」
普段なら、えへへへーそうでしょう! 他にも好きなフルーツを〜と喋りだすのだが、今日の雰囲気はそれを許さなかった。
ピリピリしているのとは違う、久しぶりの貴族様を前にしているような感覚だ。
緊張をはらんだお茶の時間はすぐに終わってしまう。食器を片付けられると、紙の束が机の上に積まれる。
「今日はね、神殿教室のことについて、私も学んだの。その結果をシーナにもみてもらって意見がもらえると助かるわ」
やはり神殿教室のことだった。にしては皆の表情が硬い。これは、もしやと、日本人的察知能力がビビビと走る。
側仕えたちの能力審査会だ。
うわー面倒なことに巻き込まれたぁ。
チラリとアルバートを見ると、にっこり微笑まれる。
「それじゃあサンドラ、説明をお願い」
「かしこまりました。シーナさんこちらを。文字はまだ読みにくいと聞いておりますが、数字なら大丈夫だというお話でしたので、もしよろしければこちらのペンを。紙に補足して書いていただいても構いません」
なにやら枠がいくつかあり、数字が書かれている。
アルバートにも同じものが配られた。
「先日、神殿教室に同行させていただき――」
サンドラはテキパキとまとめてある数字について説明をしてくれた。神殿教室に今来ている子どもの年齢、親の職業。使っている教本や計算機などについてだ。
「さらに、右上の数字ですが、こちらが登録されている子どもの年齢分布になります。一応孤児の子どもの様子を見て、四歳以上の子どもの人数となっています」
「あ、せっかくなので、調べた方が教えて欲しいです」
途中で口を挟むのはよろしくないかもしれないが、かなり長くなりそうだから申し訳ないが意見を差し込んだ。
「かしこまりました――それで、」
その後も、シシリアドの子どもの年齢ごとの人数、推定の登録されていない子どもの人数、それらを教えるとなったときの神殿のスペース確保が難しい話、教本や計算機、石板石筆を準備しなければいけない数と予想金額。そんな話をずっとサンドラが続ける。
後ろに並んでいる側仕えたちは特に恥じることもなく整列していた。
「これらの情報から、どのように神殿教室を開くか、考えていかねばならなかったのですが、指定された期限が来てしまいそこまでやりきれずに申し訳ございません」
イヤイヤイヤ、これ、たぶん一人でやってる。もちろん、ローディアスに手紙を書いたりなど、主人であるマリーアンヌがやることはやっているのだろう。にしても、だ。反対にあちこち駆け巡って一人でここまで調べているのが偉いと思うのだが?
キャスリーンは笑顔だ。
アルバートも笑顔だった。
「この資料をもらって考えているところです。まず、明らかに子供の数のほうが、神殿教室の収容人数より多いので、場所の確保が大切かなと――」
「マリーアンヌ様、リリアンヌ様の泣き声が聞こえます。一度ご退出を」
キャスリーンがそっと呼びかける。
「あら、もうそんな時間? シーナ、また戻ってくるので待っていてくれる?」
「はい。ごゆっくり」
マリーアンヌが席を立ち、後ろの側仕えたちもぞろぞろと揃って退出する。サンドラも出ていこうとしたが、それをキャスリーンが止めた。
「あなたはシーナの質問に応えなさい。それで、シーナ率直な意見は?」
「不敬とかそういったのなしに?」
「ええ、思ったことそのまま」
「あいつら馘首でよくね?」
シーナ……と、隣でアルバートが頭をかかえていた。
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キャスリーン再び。
つよつよのキャスリーン様がガンガンテコ入れします。
タイトル入れ忘れてた!!




