234.がごめ結びの耳飾り
揃って組み紐ギルドに行くこととなった。
冬の間の壁掛けかと思ったが、まだ飾られたままだった。
「フェナ様、どうされました?」
ギルド長のガングルムが奥からやってくる。
「いや、シーナが昔の組み紐の図案があるというのでな。暇つぶしだ。で、この壁掛けのタイトルがあるとか?」
「ああ……おい、何だっけ?」
覚える気がないのだろう、受付を振り返ると女性職員が答えてくれる。
「【見るものの組み紐】です」
「だそうです。こちらは古い魔除けの紋様ですね」
壁掛けの真ん中より右あたりにある紋様を指す。たしかに今のものとは違っている。
「この周りの紋様か」
フェナが小さくつぶやきアルバートの耳飾りをちらりと見た。
「面白いな」
「失われた紋様はたくさんありますからね。先日シーナにはこれ以外のものも見せましたが、フェナ様もご覧になりますか?」
「……いや、今はいい。気が向いたら、また、な」
邪魔したね、と受付の職員たちに愛想を振りまいてギルドをあとにする。
「ガラの店に行くけど、この人数で行ったら迷惑だ。お前たちは屋敷に戻っていなさい」
シーナ以外の三人に言うと、それぞれ不満はあったようだが結局逆らえない。
「いらっしゃいませ……あら、フェナ様にシーナ。アルバート様は?」
昨晩アルバートが帰ってきたので、予約がないのをいいことに、朝イチそこら辺を歩いてる子どもの手に駄賃を握らせ、今日はお休みする旨を伝えてあった。
理由の言伝は頼んでないが、子どもが言ったか、誰かに目撃されて話が回っているかだ。
「ガラ、少し話がある。客は?」
「午前中は予約は入っていませんから大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」
いつものガラの部屋へ促される。
「お茶でも淹れましょうか」
「シーナにやらせろ。ガラにはこれを作ってもらいたい」
取り出したのはシーナがアルバートにプレゼントしたがごめ結びの耳飾りだ。
あのあと、アルバートが耳飾りを取ったら見事に見えなくなった。そして、ヤハトがつけても見えなかった。
たぶん、魔除けと同じで、自分の魔力が通ったらもうその人専用のものになってしまうのだろう。遮断液はつけて作っていないのに、とも思ったが、むしろこれはシーナの魔力が混ざっていなければいけないのかもしれない。
ガラの気に入りのお茶を入れ、部屋に戻ると、金と銀、そして淡い緑色で編んでいる。糸は細いのでまずはいつもの丸打ち編みからだ。
「シーナも糸を持ってきて同じものを編みなさい」
アルバートの分を作ったとき、新しく糸を買いに行くのが面倒だし、金と銀の糸はなかなかないので面倒くさいと自分の糸を使ったのが敗因だと思う。壁掛けの色が金と銀と淡い緑だったので風の糸も使った。
さすがガラだ。丸打ち紐を作るのも速い。
「弟子の手仕事を取る気はないけど、そりゃ私だってあれだけ作り方を見せられていたらこれくらいすぐ編めるわよ」
シーナの視線に気づいて口をとがらせる。
せっせと編んで、次はがごめ結びだ。
「索敵とも似ているけどちょっと違うのね。確かにぶら下げるタイプよりもしっかり耳元を飾るタイプとしたほうが、これは可愛いわね」
最近ガラも可愛いを許容してくれつつある。耳飾りはしてくれないが、簪はプレゼントしたらいつの間にか本数が増えていた。
そんなことを話しながら、なんとかお昼になる前に作り終えた。
「これは何なの?」
「説明は聞かないほうがいいと思うが?」
フェナの悪い顔。
ガラはそれに眉をひそめる。
「面倒事はまっぴらよ」
フェナから糸代だと差し出された銀貨を固辞する。
「それよりもシーナ、何か新作の甘味ないの?」
「あー、ルーロタルト美味しくできたんですけど、多分先生はモヌの方が好きそうです。もう少ししたら市場に出回るから……」
「じゃあそのルーロとモヌ、どっちもちょうだい。それが糸代」
「モヌは私も食べたい」
横からの要求まであった。
一つしか作れなかったので、もう一つ分の糸を持ち帰る。今度の糸染めのときは、もう一つ小屋を借りる代金をシーナが出してもいいから、余分に作っておきたいなと思った。
途中家により、携帯用丸台を持ってフェナの家に向かう。
「フェナ様! 人の家の冷蔵庫勝手に覗かない!」
丸台取るだけなのにパスを要求するから何かと思ったらこれだ。
「シーナ、この瓶何?」
「あー、果実のシロップ漬けです。水で薄めて氷入れて飲むんですよ。普通にありますよね?」
「あるけど……うちにはなかったな」
「シロップ漬けより酒に漬けてる方が多そうですよね。シアとラーラもいるし、漬けたらいかがですか?」
「じゃあ今度うちで作っておいて」
「はーい」
一月から、孤児院のラーラが新しく調理メンバーとして加わった。シアと仲良くやっているらしい。
屋敷に着くと早速アルバートがガラの作ったがごめ結びの耳飾りをつける。だがやはり見えなかった。
「じゃあヤハトこれ」
「ヤハトより魔力の低いバルがつけろ」
嬉しそうに手を出したヤハトの顔がかわいそうなくらい沈む。
「……変な生き物がいます」
「シーナ! 早く俺の分も作って!!」
「となるとやはりシーナの魔力が通ってる糸でシーナが魔力を通しながら作った、と言うのが原因かな」
「そのようですね。それならば、見られることもなさそうで安心しました。これ以上シーナが面倒事に巻き込まれるのは困りますから」
「シーナは巻き込んでいる方だからな」
今回に限っては自覚があります。
「触れないのが残念ですね」
バルの手が空をかく。
「あとは祝福がどれぐらいのものかですよね〜今度狩りに行く前に祝福振りまいてもらいましょうよ」
「ふむ、面白いな。そろそろ狩りに行くから前日うちに泊まれ」
「はーい」
その時シロップ漬けも作ればいい。
大急ぎでヤハトの分も作ったら、無事見えて大喜びだった。見たことのないフォルムに触りたくてたまらないらしい。
「毛皮がいい……本当にいい」
そう言ってフェナは何度も撫でている。その度にラコが、きゅい(幻聴)と恥ずかしがるように身悶えする。
「可愛いなぁこいつ!」
ラッコは確かに愛くるしい。それほどラッコに執着した気はなかったのだが、不思議なものだ。
昼をいただいて家に戻る。ラコは一目散に風呂場に向かった。ラコのせいで風呂の残り湯が捨てられない。
「そうだ、シーナ。アンジーから伝言でシーナが面倒なことになっていると聞いたんだが、ラコのことではないよね? ほかになにがあったんだ?」
ふ、ぁぁぁぁ!!
いつの間にそんな話を聞いたのだろう。昨日の帰りがけに会ったのだろうか?
「いや、えっと……」
「シーナ?」
「ええと……あの、夜中になってもいいから、三日に、いや、せめて、五日に一度くらいは顔を出して欲しいな、と」
せっかくの、お仕事邪魔しない女目指していたのが台無しだ。情けなさと照れで首まで熱い。
顔をまともに見ることができないシーナを、アルバートは抱きしめた。
「二日に一度は来ていいかな?」
耳元で囁くのは反則だと思う。
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お盆もこれで終わりですかね〜はよ、夏休み終わって……




