232.久しぶりの再会と珍客
一月ももう終わろうとしている。
アルバートは逸る気持ちを抑え馬を駆っていた。周囲の子爵が管理する街を三つ巡り、この冬の冒険者の増減や他に諸々の書類を検討し持ち帰る。毎年アルバートが数人の秘書官と手分けして行う仕事だった。
文官で、自衛の術がない者もいて、そうなると精霊使いと行くことになる。アルバートは一人、馬で近場の三つを周り、他の文官に遠くの街を一つか二つ頼むのが常だった
本当は十三月いっぱいシーナと過ごすつもりだったのだが、突然のフェナからの知らせに討伐隊を組むしかなかった。あちらの出来事もまだ解明できてはおらず、もう少ししたら各地での報告が王都に集まり事態が動くだろう。
街の壁の拡張もあるし、今年は例年になく忙しくなりそうだ。
一月に入り、一日を一緒に過ごしただけで彼女に会えていない。
『お仕事の邪魔はしたくないだけだよ』と言って、追いすがることがなかったのは、ありがたいことだろとランバルトが言う。だが、彼女の心の底を垣間見たアルバートとしては、それがまだ壁を作っているからなのかと、淋しく思うのだ。
起こしたくないからと、遅くなる日は行くのをやめると言ったら、毎日日付が変わる直前まで仕事が詰まってしまった。やっぱり遅くても行きたいと言えば、シーナは喜んで受け入れてくれるだろう。だが、確実に彼女の睡眠時間を削ることになるし、諦めた。
とにかく、持ち帰ったものを体裁を整えて早々に提出報告し、必ず丸一日の休みをもぎ取る。
これが今、かなり無理をして馬を走らせているアルバートの第一目標だった。
まだ四の鐘は鳴っていない。眼前に紫色をした壁が見えてきた。頑張れば夕方までになんとかなりそうだ。
シシリアドは段差の多い街だ。そのため北の壁の近くに厩がある。領主管理のものも、その他の厩を営むものも、多くの馬がここに揃っていた。
「お帰りなさいませ、アルバート様」
今までは冒険者の装いで何事もこなしていたが、先日、時と場合に合わせた衣装は強みになるのだとウォルドからこんこんと諭された。それで、今回の街訪問に騎士服で訪れたのだが、確かに、少し対応が違っていた気がする。
なかなか悪くないなと思い始めていたところだ。
なんと言ってもシーナがどうやら騎士服を着た姿を気に入ってるらしい。
「ああ、変わりはないか?」
「そうですね、街は特に。ただ……」
「どうした?」
お互い顔は見知っていて、一応領主発行の身分証を見せながら、彼が言い淀む先を尋ねる。
「シーナさんのお友だちである、糸屋のアンジーから言付けがありまして……」
「ああ、聞いているよ。こちらに来てかなり世話になった友人だと。なんと言っていたんだ?」
「えーそれが……『シーナが面倒なので早く家に行ってくれ』と」
面倒?
「まあ、大至急で仕事を終わらせて行くよ。伝言ありがとう」
どんな事態になっているかよくわからないが、急ごう。
途中ヤハトに出会う。
「お、アルお帰り〜」
「ああ、ただいま。変わりないか?」
「おう! あーでも面白いことになったから、今度フェナ様のお屋敷にシーナと一緒に会いに来てよ」
「ああ。もうべサムは倒したんだね」
「あー、あれ、今年は【暴君】が行ったんだ。フェナ様に頭下げて、今年だけ自分たちに討伐させてくれって」
彼も本腰を入れてシシリアドに定住することに決めたようだ。だからこそ、シシリアドへの貢献が欲しかったのだろう。
「それじゃあまた」
「早くシーナのとこに行ってやって」
そう言って、彼女と仲の良い精霊使いは手を振った。
「ただいま」
先触れに子どもを捕まえる時間も惜しくて、突然の訪問になってしまった。キッチンから顔を出したシーナの顔に笑顔が広がる。
「アル!」
ダダダと走ってきて飛びつかれるが、そこはしっかり受け止めた。
「やっと帰ってこられたよ。シーナ会いたかった」
ぎゅっと抱きすくめると、シーナの腕にも力がこもる。
しばらく久しぶりの感覚を楽しんでから身体を離し、彼女の吸い込まれそうな黒い瞳を覗き込む。
「なんか面倒なことになったとか?」
「えっ!?」
シーナの目が泳ぐ。一体何があったのだろう?
困ったらだいたいフェナの屋敷に駆け込むだろうし、あまり心配はしていなかったのだが、話がそこまでフェナたちと関わりがあるわけではない、糸屋のアンジーから入ってきているのが気になる。
「食事中だったんだろ? 私はお屋敷で済ませてきたから食べてしまって」
「うん。お茶入れるね」
「あー、少し湯船に浸かりたくて、先にいいかな?」
シーナの髪は抱きすくめた時にしっとりしていたので、たぶんもう風呂はすませたのだろう。
「お、お風呂!? えっと、だ、大丈夫かな?」
挙動不審が過ぎる。
まさか、誰か連れ込んで……はない。と、思いたい。
シーナの様子に気づかぬふりをして、不自然にならない程度に全力で風呂まで移動する。帰ったら手洗いうがい。シーナにこれだけはと徹底されていることだ。
が、今はその前に、風呂場の向こうを見なければ気が収まらない。
風呂場の扉をあける。
手前で体を洗い、奥の湯船に入る。シーナの国の文化だそうだ。この一人用の風呂はなかなかに気持ちが良くて、わりと利用させてもらっていた。
何度も入っているのだ。
そこに、何があるかは記憶していた。
灰褐色の毛皮を持った、黒の闇を宿した魔物が、湯船に浮かんでいる。
「シーナ! こちらには来るな! 魔物だ!」
まだ騎士服を脱いではおらず、剣も身につけたままだ。狭い室内では振りかぶることはできない。突き、薙ぐで決着をつけるしかない。
「なんで見えるの!? アル待って! 魔物じゃないの! 精霊なの! なんで、見えてるの!?」
悲鳴にも似たシーナの叫び声に、今にも繰り出そうとしていた剣をなんとか止める。
精霊と言われたそれは、黒い闇の瞳をこちらへ向けて、首を傾げていた。
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ラコちゃんへのご祝儀いただいた!!!
アル目線からの珍客でした。もうちょっとだけラコちゃん関係続きます。




