230.泥酔とやらかし
明日はお店がお休みなのに、今日も一人さみしく過ごすのに耐えきれず、晩酌することにした。
角煮を前日から仕込み、佃煮を真ん中に入れたおむすびをして、だし巻き卵とピーネとチーズのカプレーゼだ。
明日は朝から市場に行き、生魚を手に入れるつもりだったが、このままだと寝こけそうだ。まあそれでもいい。
ズシェのために作ったルーロタルトがかなり美味しくできたので、先ほど土台部分を作って冷蔵庫に入れておいた。明日ルーロを乗せて、ルーロソースの入った瓶とともにフェナの家に持って行く。
仕事の方は、たまにシーナ指名が来るくらいには、街の中は落ち着いた。組み紐師を乗り換える場合はシーナの色と相性がよっぽど良くない限りはお断りしている。
アルバートという相手が出来てから、金狙いの輩は減っているのでそうやって試しに来たと言う人は、基本本当に試しに来ていた。店頭の色見本を合わせて、中に入ってくる。周囲も納得の色具合なので、そういった客は喜んで受け入れている。
「角煮美味しい……」
カプレーゼも最高だ。
暇をつぶすものが少ないので、料理にかける時間が増えるのだ。
「居酒屋メニューは悪くないな。またやろう」
風呂に入ればあとは眠気がくるのを待つだけだ。
だめな酒だと思いつつも、飲みながらベラージ翁の作りかけの組み紐を、ああでもないこうでもないといじっている。
彼の手記を見ながら、間隔を考え、またもや可愛いを追求した作りである。
たぶん、その頃にはだいぶ酔っていた。
いや、もう、泥酔レベルだ。
指先は習い性でただ動いているだけだ。
グラスに残ったかなり度数の高いほんのり甘い果実酒を飲み干して、結び切る。
「可愛いなぁ、この紋様」
腕にくるりと巻いた。
もうテーブルは明日片付けることにして、ベッドへ向かう。ひんやりとした部屋で、羽毛布団に淋しく一人くるまって、腕の組み紐を撫でた。
鼻先に温かいものがくっついてくる。くすぐったくて押しのけようとするが、なんとも言えない最高の毛並みに、夢現のまま撫で続けた。そのうちそれもこちらにすり寄ってくる。頬に当たる毛皮が気持ちいい。
最高の毛皮――?
「ヒャァ!?」
毛皮が、つぶらな瞳をこちらに向けて、きゅっ? とでも鳴いていそうな雰囲気で、じっと見ている。
「え、ヤダヤダヤダナニコレ!?」
毛皮の塊が、ベッドの上でビタンビタンと蠢いている。
形状は――ラッコだ。
きゅっ? と小首を傾げている。
「か、かわいー……なんてなるか!? やだこれ、ホントなんなの?」
半分悲鳴のようなシーナの叫びに反応したのか、ラッコのようなものは身体をくねらせ宙を泳ぎだす。
「魔物ぉ!?」
サイドテーブルにあったストールをガバっとそれに被せる。すり抜けることはしなかった。ストールにくるまれ、モゾモゾと動いている。
玄関のコート掛けから白いコートをとると、袖を通しながら走り出す。
わけわからないことは全部ぶん投げだ。
「フェ、フェナ様ぁぁぁ!!!」
一の鐘も鳴っていない早朝。ギリギリシアは起きていたようで、扉を叩いたら驚きながらも開けてくれた。そしてフェナの部屋に突撃だ。
「フェナ様ぁ助けてえええ」
「何? 夜這い?」
「もう朝です! たぶんもうすぐ一の鐘! て違う、これ、これ見てください。朝起きたらいたの!」
ストールをグルンと剥がすと、変わらずラッコのようなものがいた。バウンドしてベッドのフェナの上に落ちる。
「……なにこれ」
「わかんないです、朝起きたらこれが添い寝してて!」
「アルが化けた?」
「イヤァァァ!?」
「なわけ無いだろ」
大騒ぎをしていると、ノックがする。
「フェナ様、何かありましたか?」
「あるが……よくわからん」
「入ってもよろしいですか?」
フェナが許可すると、バルが顔を出す。
「シーナがこんな早くから来るなんて珍しいな。どうしたんだ?」
ラッコもどきは尻尾をフリフリしながら宙に浮いている。
どうしたどころではないはずなのに、バルは不思議そうにこちらを見ている。
「もしや、見えていない?」
「の、ようだな。こうすればわかるか?」
シーナが持ってきたストールを、フェナが投げる。だが、ストールはそのまま床に落ちた。
「ええ? さっき持って運んでたのに」
「ふむ」
フェナがベッドから降りて、ストールを拾い上げラッコもどきに掛けると今度は宙に形作る。しかし、ストールから手を離すと床に落ちた。
「なん、ですか? これは」
バルが目の前の怪現象に戸惑う。
「これなんですかぁ!?」
「知らん」
とりあえず落ち着こうと朝食の席に着く。フェナはずっとラッコもどきを撫で回していた。
「えー、俺も見えないし、触れない」
だが、ストールで巻いて持つとそこに存在することはわかるのだ。
「これ、シーナの魔力そっくりなんだよな」
「えええ、私の子ども……」
「なに、シーナ魔物産んだの?」
ヤハトが、ゲラゲラと笑う。
「シーナ」
「ハイなんでしょう」
「これの毛皮が欲しい」
「刈れませんよぉ、たぶん」
だいたい今のところ見えるのはフェナとシーナのみだ。裸の王様状態ができてしまう。
肌触りがよほど気に入ったのか、ずっと撫で続けている。
「昨日何をしていたか言いなさい」
「ええ……一人居酒屋しようと思って、角煮とだし巻き卵と、おむすびと、あとピーネとチーズのカプレーゼ作って晩酌しつつ、なんかしてました」
「めっちゃ美味しそうなんだけど!」
ヤハトのツッコミをスルーして、フェナが問う。
「色々とは何だ?」
「えー、結構な深酒をしたからよく覚えてないんですが、最近ベラージ翁のノートというか手記の解読をアルとしていて、そこに出てくる紋様を見ていた気がします」
「ほんっとうに、覚えてないんだな……一人酒禁止だ」
「ええ!?」
「ええ、じゃない。そんな記憶があやふやなときに誰かが訪ねてきたらホイホイ家の中に入れそうじゃないか」
「ええ……だって、アルいなくて淋しくて……」
「アルは忙しいだろ。もともとシシリアドに月の半分もいればいいほうだ。動けないエドワールに代わって領地の他の街を見に行く役目も追ってただろう」
「ええええ……アル成分が足りなくて辛い」
「そんなに飲みたいならここで飲め。その方がまだましだ」
「フェナ様のクッション部屋で飲んでいいですか?」
「別に構わない」
宅飲み禁止令つらぁ!!
「食事が終わったらシーナの家に行くよ」
「はぁい」
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誤字報告ありがとうございます!
ルビ間違い、スマホの予測変換ですな……
正体をなくす深酒は絶対ダメ!!




