229.見栄を張った結果
とうとう年が明ける。
結局フェナたちは二十日以上街を出ていた。底冷えのこの時期にこれだけ街を離れるというのはそうないことだ。
アルバートは、年が明ける三日前に家に来た。本当に久しぶりだ。
「お帰りなさい。怪我は? 体調崩してない?」
「大丈夫だよ。みんなかすり傷程度だ。やはりフェナ様の力が大きいね」
「こんな時期に狩りなんて、寒かったでしょう。湯船使う? その間にこたつ部屋暖めておくよ」
もうすぐ夕飯で、今日こそ帰ると先触れをくれたので、アルバートの好きなものを用意してある。もうすぐ年が明け、吹き下ろしが止めば冬が終わり市場も賑やかになる。最後の在庫大放出だ。
アルバートが風呂に入ってる間に、料理の仕上げをして、こたつ部屋に運ぶ。
最初仕事部屋だったこの部屋の呼び名がすっかりこたつ部屋になってしまった。今度はこのこたつをいつ上げるかというのが問題になりそうだ。
「すごく、いい匂いがする」
「ハンバーグ作ったよ! あ、騎士服! クローゼット出来て運んでもらってる。寝室にとりあえず置いたの」
家具職人が暇していたらしく、超特急で仕上げてくれた。運び入れの際には商業ギルドの女性が一緒に来た。ハンガーもいくつか入っていた。すっかり忘れていたがサービスだと言われてしまった。
「やっぱりコタツは落ち着くなぁ……」
アルバートがしみじみ言うセリフに笑う。
「すっかりこたつに魅入られてるね」
「私が見たことのあるコタツとはまったく違っているんだ……」
土足文化のところではまあ難しいだろうなと思う。
「風邪引かないように髪の毛乾かしたほうがいいと思うけど、先に食べる?」
「うん、お腹空いてたまらない」
十三月残りの三日と、一月一日はおやすみだそうで、今年も神殿にお参りに行くこととなった。
とうとう汚れを気にすることをやめて、可愛い白のコートを買った。ヒラウェルが古着が入荷したと勧めてきたのだ。古着の値段としては高いが、形がとても可愛くて、悩んだ末に買った。
そこにアルバートからのプレゼントであるマフラーと帽子と手袋を着けて、夜遅くに神殿へ向かった。
アルバートは仕立ての良さそうな黒いロングコートだ。黒に緑の刺繍が入った革の手袋は、シーナのプレゼントだ。マフラーは自分で編めと言われたが、到底無理でお断り。大人しくコートと手袋に合うものを買った。
そんなアルバートの耳には、今、シーナの新作可愛いだけの耳飾りが着けられている。組み紐ギルドの壁掛けにあったがごめ結びの耳飾りだ。イケメンはなんでも似合う。
「白のコートは可愛いし、夜は目立つからいいね」
連れ立って歩きながらそんな話をしていると、次々知り合いとすれ違う。
「おう、お疲れさん」
ダーバルクとイヴだ。他のメンバーはいない。
「お疲れ様です。風邪ひきませんでした?」
「あの森はここよりもさらに南で風は吹かねぇからな」
じゃあなと去っていく後ろ姿はすっかり仲良し夫婦だった。
「【暴君】は本当に安定感があったよ。四人の連携も見事だった」
「ゴールドランク含むパーティーって感じなんですね」
と、少し離れたところから名前を呼ばれる。振り返ると【青の疾風】のナナがいた。
「シーナ、これありがとう!」
左耳のあたりに、組み紐のヘアークリップがあった。梅結びの可愛らしいものだ。
「気に入ってもらえてよかったです」
「気に入ったよぉ〜さいこーだよ! 冒険者友だちにも勧めておいたよ」
「可愛いのが広まるといいですね〜」
まだ本格的に売り出していない、特別なものだ。話をしている側からチラチラと女性の視線を集めていた。
分枝のある祈りの間に入ると、シーナも魔力を込めて祈る。
どうか、皆が平穏に過ごせますように、と。
キラキラと魔力が昇るのを見て、世界樹が震えるかもなと思った。
一月になり、年が明ける。
一日はアルバートと一緒にダラダラと過ごした。二日からは。二人とも仕事だ。宣言通りアルバートは一気に忙しくなった。夜中シーナを起こしたら嫌だと、家に来ることはなくなり、十日ごとの休みも消え失せた。そこからの、領地内の他の街への用事とやらで、しばらくシシリアドに戻らないという。
「アル成分が足りないぃ〜」
うわーんとこたつに突っ伏す。まだ微妙に肌寒い日があるので、一月末になったらこたつ布団は片付けようと思っている。
「仕事の邪魔はしたくないのとか言っちゃったから、起こしてもいいから夜帰ってきてって言えないでいるうちに、シシリアドから消えてしまった……」
「ざまぁだわぁ〜」
冒険者の彼氏がシシリアドを発ったヒラウェルの感想がひどい。
食べているのはモルのタルトだ。
夜ご飯とデザートで釣って女子会再びである。
「まあどうせ仕事が始まったんだからそっちに集中しなさいよ。シーナは髪飾りの方もあるんでしょう?」
「あちらは本職の方々がとても有能なのでちょっとアイデア落とすだけで五倍の良いものを作ってくるの。つまり私に言うほど仕事はない」
「じゃあ普通に組み紐の方に専念しなさいよ」
「うん……」
アンジーの言うことがその通り過ぎてぐうの音も出ない。
まあ、自分でもわかっているのだ。
一人暮らしをしていたとは言え、SNSで友人との連絡はすぐとれた。もちろん家族とも。推し活してたし娯楽もたくさんあった。
ガラの店に居候していた時も、夕飯はガラと一緒に食べたし、話題があれば寝るまで話し込むことも多かった。
それが一人暮らしが始まり、慣れてきた頃にアルバートが家にいるようになった。
暇が多くて寂しさが一層増しているのだ。
「ズシェさんや、もしよかったらしばらくうちに泊まってくれてもいいのよ?」
一人静かに黙々とタルトを食べていたズシェに話を振る。半分冗談、半分本気だ。
「わたしもそろそろ王都にいかないといけない」
「ええー! 聞いてないよ〜」
「シーナのドライヤーと、みじん切り機の報告に行かないと」
「えぇー、『いってらっしゃい会』をしないと」
「このタルトのモルを、ルーロで作れる?」
ルーロはぶどうのような味わいの果実だ。最近市場に出回り始めてる。
「まあ、モルを混ぜ込まないで焼いて、上に乗っけたらいいだけかな? あとはルーロの、ソースとか作れば美味しいと思う」
「じゃあそれで」
ズシェが頬を赤くしてコクコクと頷いていた。
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お盆ですね。色々と各地で大変でしょうが、ご自愛ください。
こちらはお外で1日予定です……熱中症対策ゴリゴリしていかねばぁ……




