227.南の森の不穏な空気
大量の油で揚げるカツは、控えめに言って最高だ。
「ヤハト、どーする? カツ丼しちゃう!?」
「する! カツドン!!」
「アルも食べるかなぁ〜」
油、後始末が大変だから、つい揚げ焼きになる。ここみたいに大量に油を使って揚げる方が美味しいので、トンカツはまだ試していなかった。
「ソースカツ丼も美味しいんだよなぁ……」
そんなことを言いながら結構ぶ厚めの豚肉に衣をつける。
今日はソニアの孫のニナとケリーも手伝ってくれていた。
「トンカツ、ボクはじめて!」
「私も初めてです」
ニナは今七歳で、春から母親の勤める服飾関係の店に見習いとして入るという。ケリーはまだ五歳なのでもうしばらく家にいるが、まだ何になるか決めてはいないらしい。
「ボク冒険者になりたいんだ! お母さんは心配だからシシリアドで働き口を探して欲しいって言うけど」
そこら辺は難しい問題だろう。冒険者が減っては困るが、親としては安全な場所で過ごしてほしい。
「まだ五つだろ? 何になるにしても体力いるから、毎日走ってないとシーナみたいになるぞ」
「私だって幼少時代をシシリアドで暮らしてたらもう少し体力あったよ!」
たぶん、きっと。この坂だらけの街は基礎体力を向上させる働きがある。
「ただ、こう、全速力で走る必要のない世界で暮らしてたからなぁ〜なんなら歩くことも最小化できたし」
「歩くことも最小化?」
「うーん、シシリアドから王都までくらいの距離、たぶん、二の鐘から、五の鐘くらいの時間で行けちゃう。たぶん、誰でも」
「え! シーナさんの故郷はみんな精霊使いなの?」
「ううん、金属の箱がね、あらかじめ敷かれたレールの上を高速で移動するの。お金を払えば誰でも使えるんだよ。近い距離用の同じようなものがそこら中にレールを敷かれて通っていて、一番近い町なんかへは、それこそギルド通りから門に向かうのと同じくらいの時間でついちゃうの。物の流通にも利用できるしね。あー、主要な街の間に電車走らないかなぁ……魔物がいるから無理だろうなぁ〜」
都市間の移動には護衛が必須だ。
魔物の有無は技術の発展に大きな差をつけているのだろう。
「都市と都市の間を瞬時に移動できる陣とかないの!?」
「そんな夢みたいなものあるわけ無いだろ! 大体あったとして、どんだけ魔力使うか予想もつかない」
「神殿同士とか、冒険ギルド同士には伝達の魔導具があるんでしょう?」
「あれもとんでもない魔力使うんだぞ……」
「声が伝えられるんだから、人くらいいけそうなものなのに」
「ズシェが頭を抱えるよ」
魔導具の第一人者もお手上げらしい。
夕食の席にアルバートがいなかった。
「領主のところへ行った。もうすぐ帰ってくるだろ」
フェナの言う通り、すぐ帰ってきた。
険しい表情が、こちらを見ると緩む。
「これがトンカツ? 美味しそうだね」
「アル! カツドン食べてみろよ!」
トンカツとトンカツソースに驚きながら、カツ丼もイケることが判明した。
「角煮も美味しいな。確かに酒とも合う」
満足していただけたようでよかった。
帰りに商業ギルドへ寄ると、イェルムが出迎えてくれた。
「ちょうどよいところへ、出来上がったものをお届けに参らねばと思っていたところです」
何かと思えば揃いの指輪だった。
「揃いのものをつけるというのは良いですね。平民ではなかなか石の入った指輪は難しいのですが、貴族の方々へおすすめしてみます」
アルバートの左手を飾る指輪もなかなか良い。
「あと、私の寝室に入れたものと同じクローゼットをもう一つお願いしたいんですけど」
「ほうほう、わかりました。至急手配しておきますね」
紙に書付をして、指輪の支払いはもう終わっているらしい。
「また後日発注書にサインをお願いします」
「はい。あの、イェルムさんお忙しそうですし、もしなんだったら他の方を紹介してもらってその人から……」
「とんでもない! シーナさんから切られたと思われたらその方が商売に響きますよ。ぜひこれからもよろしくお願いします」
「何を買うにもイェルムさんを通したほうがいいですか?」
「もちろん。仲介料なんて取りませんよ。シーナさんがうちと懇意にしてくださっているという実績がものを言うのです」
商業ギルドを笑顔で送り出される。
まあ、忙しそうだが本人がそう言うなら任せよう。
「シーナは金払いのいいお得意様だからね」
「まあ、儲けた分還元できるのはいいですよね〜」
「シーナ、悪いが明日からの休みが返上になったんだ」
帰ってきて風呂の準備をしている間にアルバートが騎士服に着替えていた。
「さっきフェナ様と何か話していたやつだね」
「うん……南の森の様子がおかしくてね。冒険者を募って、狩りに行くことになって。エドワール様の精霊使いも行くことになった」
お茶を沸かそうとしていた手を止める。
「気をつけてね……守り石のストックがあったはず」
引き出しを漁りに行こうとしたら、アルバートに腕を掴まれた。
「まだ前にもらったものがそのまま残っているよ。準備があるからもう行かなければならない」
「お茶はいい?」
「お茶は飲んでいく」
ソワーズの茶葉だ。最近茶葉屋に並ぶようになっている。二番目を狙う作戦は当たっているようだ。
「こういうとき、シーナは結構アッサリしていて、ちょっと悲しい」
「お仕事の邪魔はしたくないだけだよ」
仕事と私どっちが大切なのにはなれない系の性格だ。
「アルが普段からこちらを優先してくれようとしているのはわかるしね。フェナ様がいるから大丈夫だろうけど、本当に気をつけてね?」
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夏休みが倒せない!!
とうとうお盆大魔神も現れ、落ち着いて書ける状態じゃなくなってきました。
くっ、2ヶ月近くあったアドバンテージが夏休みによって消化されていくぅぅ!!
少しずつ何かが起こる予兆を振りまいています。




