226.制服に対する趣味嗜好
午前中早い時間に来たので、お昼をごちそうになって帰ることとなった。
口元が緩むのを止められない。正直少し離れたとこから見ていたい。
「このあとはどうする? フェナ様のお屋敷に行く?」
「あ、そうだ。角煮持っていこうと思ってたんだ。一度家に寄って、だね」
「そこで着替えるのは……」
「えっ……」
「そんな、絶望の顔をしないでくれ……」
絶望でしかありません。
「これでフェナ様のお屋敷に行ったら何か言われそうというか、理由を聞かれそうで」
「ああ……聞かれちゃいますかね」
性癖が、ペロンと明かされてしまう。
だが、もう遅い気もする。屋敷から帰る道中、行き交う人が皆こちらを見ている。たぶんそれでアルも気恥ずかしくなっているのだ。
「アルが攫われちゃいそうだ」
「それは絶対ないから」
はぁ、とため息を付いている。
「まあ、着替えるなら着替えるでも。着替えたことを聞かれそうなレベルになりつつあるけど」
道行く人のチラ見がすごい。
シーナ的にはアルバートのカッコよさを広められて満足だ。
家について手を洗う。これに関してはアルバートに必ず守ってもらうこととしてルールの一つ目に掲げた。帰ってきたらまっすぐ洗面所。そして手洗いうがい。
シーナは風邪を引かないが、アルバートは引くからこれでかなり予防にはなるはずだ。
「シーナはこのままがいい?」
「え……とまあ……ご褒美にするくらいだし? ただ、私の故郷にはTPOという言葉があって、その場面にあった装いをというお話なので、お仕事にはそれで行けばいいけど、仕事以外の時は普段の服装でいいんじゃないかな?」
屋敷から帰ってきたらまた着て欲しいってねだろう。今日くらい許されるはずだ。
鍋を風呂敷に包んで、アルバートが持ってくれる。服装は朝着ていたものに変わっていた。
「アルのクローゼットを手に入れないとなぁ……」
「私のは木箱で構わないよ?」
「制服をそんなことするわけにいかないから! 置く場所も……物置部屋片付けて、ズシェの荷物を……客間に置く? それとも、客間をもうアルの部屋にする? 問題があるとすれば、あの客間のベッドはフェナ様由来のもの……」
「寝室に置けばいいと思うんだけど?」
「えっ!? ……とりあえずクローゼットを発注します。どうせなら同じ意匠で揃えたいし。ああ、でもそうすると絶対また皆がニヤニヤするぅ」
ニヤニヤされるのはこの一ヶ月くらいでだいぶ落ち着いた。皆も慣れてきたのだと思う。だがここでまた燃料を投下すれば再燃してしまうのである。
「帰りにイェルムさんのところに寄る?」
「イェルムさん、すごく忙しそうだよね。アルが関わる件のことを考えると」
「そうだね。倒れないといいな」
直接家具屋に行ってもいいが、商売人的にはどうなのだろう。というか、アウトだ。
「それでも、イェルムさんに頼まないといけないから、忙しそうなら伝言にしてもいいしね」
なにせ家は近いので、伝言だけですまないならまたうちに来るだろう。
シーナはフェナの屋敷のパスを持っているが、アルバートにはない。なので、門のところで一緒に待っていると、ヤハトがやってきた。
「なんか約束あったっけ?」
アルバートにパスを渡すとスタスタと戻っていく。
「ご飯のお供を持ってきたよ」
「まじで!? やった! 精米しよ」
「それでね、これ作るのに火の精霊石使い切っちゃった。充填して欲しいの」
「おう、精米のあとな」
冷蔵庫用の水の精霊石もお願いしてしまおう。
「フェナ様は?」
「さっき狩りから帰ってきたところなんだ。肉欲しいから解体待ちしてる。俺は腹減ったから帰ってきた」
冬の間もたまに出かけるという。じっとしてられない子を抱えているとそうなるのか。
「何系お肉?」
「豚系だよ」
「おー、それはいいかも。今日のこれも豚系だから、また分量教えておくね」
ヤハトの精米技術は日々向上している。一瞬でピカピカに磨かれた白米が生まれるのだ。
「ヤハトが長期でシシリアドを空けるとかになったら困るから、誰かにこの技術を継承しておいてほしい」
「えー、ズシェに魔導具作ってもらうほうがいいんじゃないか?」
「うーん……私にしか売れないものを作らせ続けてて申し訳無さがすごいのよ」
目覚ましとか、こたつとか。
こたつはイェルムの家とフェナの部屋に導入されたので三台は売れたが、それだけだ。
「米作ってるところに売り込めばいいじゃん」
「うーん、風の精霊使いの人の仕事を奪うことになるのよね〜」
とても難しい問題だった。
「じゃあ、領主様に米薦めたら、とりあえず二台確保できるよ」
これは、他の精霊使いに教える気がないやつだ。まあ面倒なんだろう。
「仕方ない、ズシェに相談するかぁ……」
デザート賄賂を持って行こう。
米を準備して、ヤハトに精霊石の充填をしてもらって帰ろうとしたところへ、玄関が騒がしくなる。
「フェナ様、おかえりなさい」
空飛ぶ絨毯で木箱と人が他に二人ほど乗っていた。
「じゃあ木箱はよろしく」
フェナが大きな木箱を厨房へ運び、木箱だけ持って帰ってきたが、彼らはまだ動けないでいた。
「絨毯かたづけたいんだけど?」
そう言ってもまだ動かないので、腕を一振りして、絨毯の上から追いやられていた。
多分高所恐怖症の人だったのだろう。ご愁傷さまである。
「アル、なんで騎士服じゃないんだ? シーナがニヤニヤしてたって噂になってるぞ」
「イヤァァァ……端から見てもニヤニヤしてるのバレてたのぉ……」
「今は仕事中ではないので」
アルバートは苦笑している。
「なんで急に騎士服を着だしたんだ? シーナに頼まれたか?」
「少し、業務上で威厳が必要だという話になりまして。騎士の制服を着ていればそれも多少はということに」
「ふぅん……シーナ礼装の時も目をキラキラさせてたな」
「イケメンが制服着てるとか最高なんですよ……」
思い出したらまたニヤニヤしてしまうので自重する。
この思い、一部の人にしか刺さらないのだろうか。この世界では制服、揃いのお仕着せってあまりなさそうだからなぁ。王都に行けば騎士団とかあるけれど。
「ま、いいや。今夜はトンカツだから食べていきなさい」
「はーい。お手伝いしよっと。私も新作おかずもってきたんです。白ご飯に合うんですけど、お酒のツマミでも美味しいですよ」
「それは楽しみだ」
どうせなら角煮の作り方も教えようと厨房へ。
「なら私も手伝おうかな」
「アルはこっちに来い」
アルバートが攫われていった。
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シーナは推し活のクセが残ってるのでアルバートのかっこよいのが広まるのは嬉しくて仕方ないのであった。
暖炉で料理とかどうやるんだろうなぁ?




