224.消えた教育係
なんとなくだが、領主の第一夫人になるためには教育が足りない、というよりも諌めたり間違いを正す役がいない、少ない。
今いる側仕えたちは、確かに振る舞いなどは良いが、マリーアンヌを止められるような人物がいない。全部で五人いるが、皆、シーナより若いくらいにも見える。
「マリーアンヌ様の教育係や、古くから仕えている方っていないですよね?」
「シーナにですらわかってしまうか」
「普通、止めません? こんなことになる前に」
「うむ……乳母兼教育係だった者がいたのだが、領地でマリーアンヌが十の頃に亡くなったそうだ。そのあと筆頭側仕えとしてその地位についた女がいたのだが、これが問題でな。色々とあって、マリーアンヌに必要以上の教育をしなかった。一応淑女教育はさせたし、そういった時間は他の者の目もあったから、気付くのに遅れた」
「問題って……」
「まったく気づいてなかったそうだが、マリーアンヌの父に懸想していたそうだよ。若い頃からな。その子どもが憎かったようだ。マリーアンヌは被害者なのだ。……基本素直だし、シシリアドについての勉強はこちらの人間にさせていて、よく学んでいる。ただ、たまにこういった事態に陥る」
「普段から誰かつけておいた方がいいんじゃありませんか? 領主様に望みを言う前に相談する役が必要だと思うんですけど」
「女性でいい人材がいなくてね。今、色々と打診しているところなんだ。ただこれは、ディーラベルの恥にもなるからなぁ、難しい問題になっている」
めんどくさぁぁ、である。というか、気付かないというのも大概なので語られない何かがありそうだ。
「シーナが意見を聞く役になるか?」
「エドワール様」
シーナがお断りする前にアルバートから少し怖いトーンで横槍が入る。
「私は平民ですから、今の関わり合いくらいなら周りの方からも許容されるでしょうけど、それ以上になると面倒なことになりますよ」
「わかってる、冗談だ。そんなに怖い顔をするな、アルバート」
「とりあえず今回のことはまあ最後までやるつもりですけど、どなたか、一緒に行ってもらえます? シシリアドの内情に詳しい方。普段から領地経営に関わってる方で」
「私が行きます」
当然のようにアルバートが進み出る。
「うーん、もう少し年かさの、本当はエドワール様より年上の方がいいですね。地位的にはマリーアンヌ様のほうが上なわけだから、せめて年齢と経験が上じゃないと納得しなさそう」
て、そんな傷ついたような顔をしないで欲しい。
「アルがだめってわけじゃないから!」
とはいえ、今回最適とは言えない。
「ウォルド、行ってくれるか?」
「喜んで。シーナさんの言う人物像には私が適任でしょう」
「よろしくお願いします」
マリーアンヌは結婚してからは本館の方で過ごしていて、リリアンヌはリリアンヌでまた別に部屋があった。さすがお貴族様。
「あの、アル……」
「外壁拡張の件はすぐにエドワール様にお伝えしたから大丈夫だよ」
あの場には同僚のランバルトもいたので平気だろうとは思ったが、きちんと報告がなされてて安心する。
「今回の話がすぐには難しいのって、そこら辺もありますよね?」
先を行くウォルドに聞くと、彼は振り返って頷いた。
「正直しばらくそちらで手一杯です。外壁拡張からの店舗移転、移住受け入れで来年いっぱいは忙しいです。移住受け入れもたぶん、次の年になりそうですね」
ウォルドは見かけ五十代、つまり祖父世代の威厳があるヒゲを蓄えた男性たった。髪はこれぞロマンスグレーといった風体だ。
ここ、お仕着せがある。アルバートや精霊使いの皆はわりと自由な服装をしているけれど、ウォルドはお仕着せの黒の、よく執事が着ているイメージのあるあれだ。
それがまためちゃくちゃ似合っている。
「……アルは、ウォルド様みたいな服は着なくていいの?」
「アルバートは護衛寄りの秘書官ですから、どちらかと言うと騎士服を着るべきですね」
チラリとアルバートを見やりながらそう述べるウォルド。アルバートは気まずそうに横を向く。
これは、もしかして、騎士服がある?
「いつも冒険者と同じような感じの服装だったけど……」
「まあ、あるよ? だけど、装飾過多で動きにくい」
「礼装とは別に?」
「ああ……そうか、みんな騎士ではあるのに精霊を使う人間が多いから、精霊使いのお仕着せの方を着てるのか。騎士服もあるよ、黒いのが」
「黒なの!? み、見たい……」
「シーナ、礼装も気に入ってたよね」
ぐ……性癖がバレつつある。
「普段からそのような簡素な服でなく、きちんと騎士服を着ていれば、今回私がついてくる必要はなかったかもしれませんね」
ウォルドの言葉に悔しそうな表情をするアルバート。すかさずシーナも乗っかる。
「年齢や立場に応じた服装ってありますよね」
「シーナさんのおっしゃる通りです」
「……善処します」
とりあえず騎士服を、騎士服を着て見せてほしい。ウォルドがいなければおねだりするのに!
先日食事をしたテーブルに、インク壺と紙が用意されていた。
何か書いてあるが、うん、読めない。
「お待たせいたしました、リリアンヌ様は大丈夫ですか?」
チラ見したい。ふくふくほっぺ撫でたい。
「ええ。今ちょうど寝たところだそうだから、時間はたっぷりあるわ」
残念。まあ、今日一日付き合うとは言ったが、早めに済ませたい。
「じゃあ始めましょうか」
マリーアンヌの向かいに用意されていた椅子に座る。
ウォルドがシーナの左手に立った。アルバートは右手側だ。
「まず、今回マリーアンヌ様が提案なされるような規模の大きなお話を持ちかけるときは、相手を説得する材料を揃えて、根回ししてから当たるべきです。ウォルド様、企画書のテンプレ……決まった書式はありますか?」
「残念ながら。ぜひ今回シーナさんのものを参考にしたいと思っております」
ないならまあ、順番に考えてもらおう。
「マリーアンヌ様がやりたいことは、かなりの金額が必要になりますよね? それでもシシリアドのためになると証明しないといけないんです。目標書きました? 私、読めないので。『シシリアド』の文字は覚えたんですが」
「ええ、書いたわ。『シシリアドの領地の力を増すため、シシリアドの人口の大半を占める平民の能力を底上げする』」
「では次、そのための手段ですね。本来はいくつか提案するのが基本ですが、まあ、今回はもうやりたいことを言っているのでそのまま書きましょうか」
「神殿教室の規模を大きくして、領からも資金援助をしたい」
「ですね、さあここからです」
新人研修みたいになってきたなこれ。
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