223.蒔いた種
十三月に入った。最近は、シーナのお休みの日は一緒にいることが多い。先日神殿でタコパもしてきた。たこ焼き鉄板が熱くなるのでそれは危ないが、気をつけながら子どもたちもたこ焼きを作って楽しんだ。アルバートが意外にも上手く作れなく、子どもたちに笑われて拗ねたような顔をしていた。
テルタは大人はやはり受け入れ難いようだ。孤児院の子どもたちは普通に食べて美味しいと言っていた。
まあ、ほぼ食感である。
今夜もアルバートが仕事を終えてやってきた。家の鍵を付けているが、律儀にノックしてシーナが迎え入れるのを待ってくれる。
「いらっしゃい」
「……ただいまが良いな」
「おかえりなさい?」
「うん、ただいま」
こんなちょっとしたやりとりで敗北感を味わう日々だ。
今夜は一日煮込んだ角煮と、白ごはん、スープ。昨日角煮の存在を思い出し、朝からグツグツしていた。
「お肉がまるで溶けるようで、美味しいね」
「でしょう! だいぶ精霊石使っちゃったけどね。明日フェナ様の屋敷に取り分けてある角煮持っていって、精霊石に補充してもらおうかなと思ってます」
物々交換だ。
あと、最近家にいることが多くなっていて、新作も自宅で作ってアルバートと食べていたら、この間突撃された。
ほどよい頻度でお宅訪問しないと危険だ。
アルバートも一緒にどうかと誘おうとしたら、困り顔の彼がいた。
これは、何か面倒ごとの予感。
「何があったの?」
「うん……明日領主様からお呼び出しがあってね」
「えー、どんな話だろう?」
実は、と語られた話があまりに前のことで、すっかり撒いた種を忘れていた。
「さあ、シーナ。エドワール様にも説明して差し上げて?」
丸投げのマリーアンヌだ。
謁見の間とでも言うのだろう。それなりに広いホールに領主エドワールと、マリーアンヌが並んで座っている。彼らの前には三段ほどの段差があり、跪こうとしたらそれは止められた。そこまでは必要としていないようだ。右手側に見知ったマリーアンヌの側仕えたちが、左手には領主付きの側近たちが並んでいる。
「えーと、私はどちらかと言うとマリーアンヌ様を説得に来たんですけど?」
「ええ!? あなたはこっちの味方だと思っていたのに!」
驚いて不満顔のマリーアンヌにエドワールも苦笑していた。
マリーアンヌがもたらした案件は、かなり前、マリーアンヌたちの結婚式より前の話だ。
シーナの故郷が識字率ほぼ百パーセント。そして平民の能力底上げ。そのあたりのことだった。
出産後少し落ち着いてきて、思い出したのか、神殿教室を領主側も出資し、街の子どもたちに学びの機会をもっと大々的に、むしろ義務とすべきだという話だった。
うん。飛躍が過ぎる。
「今は時期が悪いと言葉を尽くしたんだがな。聞いてくれない。発案者に責任を取ってもらおうと思ってね」
「丸投げ!!」
「シーナ……」
アルバートが、そわそわと落ちつかない。
「うーん」
はっきり言っても怒られないか、それが心配だ。
チラリと側仕えたちを見ると、無表情。怒っている雰囲気ではない。
エドワールの側に控えてる、アルバート含む側近たちの雰囲気はゆるい。
「うーん。マリーアンヌ様、率直に申し上げてよろしいですか?」
彼女は不満げに頷く。
「企画書の提出の仕方がお粗末です」
「え? 企画書?」
マリーアンヌはポカンとした口調で問い返す。
ただ、彼女だけではなかった。周囲の者、みんながシーナの予想外の言葉に虚を突かれ、驚いた様子だ。
「稟議書でもいいですけど、規模としては企画書を起こしてプレゼンする……皆に周知し説得する必要がありますね。いいですか、マリーアンヌ様。あなたはもうたんなる貴族令嬢ではないんです。『あ、ドレスが欲しいからお父様ドレス買ってちょうだい』ではダメなんです。なぜドレスが必要なのかしっかり説明しなくてはならない。そのドレスを買う目的、買うことによってもたらされる利益と損失。最終的な目標を提示しなければならないんです」
「ど、ドレス?」
「ドレスはものの例えですけどね。最新の流行を追ったドレスは高い。だけどそのドレスを購入する意義をお父上に提出しないといけないんです」
今後も同じようにいいこと思いついた〜で掻き回されるのは、誰も望んでいないだろう。今回は自分が撒いた種だから回収するのは吝かではない。が、今回上手くまとめたからといって毎回便利に利用されていくのは面倒だ。もうあと一ヶ月で年が明け、寒さが緩む。組み紐師としての仕事も再開する。
「まずは目標。高いドレスを買ってもらう、ではありませんよ? 例えば、素敵な結婚相手を見つける、としましょう。そのための手段として、高いドレスなのです。たくさんの貴族令嬢が集まる中で、やはり目立たねばなりません。古いものを着ていては、世情に疎い、流行を読みきれない愚かな令嬢と思われてしまう。だから、最新のドレスが必要。その場合の資金はこのくらい。今回狙う相手の好みはこういった感じ……と、目標、手段、それに伴う危険、損失、さらにその見返り。資金はこの程度必要で、納期はこのくらい、そういった情報が必要なのです。さて、マリーアンヌ様、今回のマリーアンヌ様の目標は何になりますか?」
「ええと、神殿教室の規模を拡大すること?」
「違います。それは目標を叶えるための手段の一つです」
「……シシリアドの識字率を、」
「違います、それも手段です。今回のマリーアンヌ様の目標は、シシリアドの領地の力を増すため、シシリアドの人口の大半を占める平民の能力を底上げすることです」
初め驚いていたエドワールは、今では面白そうな顔をしている。
でもこういった仕事って、側仕え側近の仕事だと思うんだが。前も感じだけれど、教育係はどこいった? なんだか教育が中途半端なのだ。
「テーブルがあって書き物ができる方がいいですね。今日は一日私も特に予定がありませんのでお付き合いしますよ。もしよかったら先に戻って準備していただけますか? 少し、アルと話があるので」
「……わかったわ。お先に失礼いたします、エドワール様」
「ああ、シーナの言うことをよく聞いて一度やってみなさい」
考え込んで真顔になっているマリーアンヌと側仕えたちが退出したところで、アルバートでなくエドワールに向き直る。
「マリーアンヌ様の教育係、どこに消えたんですか?」
ブックマーク、評価、いいねありがとうございます。
昔言ったことすっかり忘れてたシーナであった。




