218.ベラージ翁の手記
だいたい十日ごとにアルバートの休みがある。つまり一ヶ月三十日の中、休みは三回。とんだブラック企業だ。
まあ、企業じゃないし、ずっと仕事を続けているというわけでもなさそうなので、緩い時は緩い職場なのかもしれない。家に仕えるというのがあまりよくわからないので、シーナの仕事への常識とは根本から違うかもしれない。
今日は五連勤最後の日だ。明日からガラの店は五日間閉める。六の鐘がなり、店を閉めて寒風吹きすさぶ中自宅を目指す。
ガラの家に住んでた頃は、この辛さはなかった。
「シーナ!」
道の向こうから軽く手を挙げたアルバートがやってくる。
家の明かりに金髪が照らされキラキラ輝いていた。精霊でなくイケメンの光である。
「やっぱり鍵を持ってもらってる方がいいね。寒い中待たせちゃった」
「これくらいなら大丈夫だよ」
「何か温かいものを作りますね」
何にしようかなと考えながら歩いているとすぐ家だ。
先に入って玄関の中からパスを出して渡す。
「早めにズシェに作ってもらおう。どんなタイプが良い? 私はこの家のはブレスレットにしたの。で、このブレスレットにくっついてるのがフェナ様のお屋敷のパス」
指輪が増えるのも嫌で、ズシェが作る時に、細い銀のブレスレットタイプにしてもらった。
「アルなら、小さい魔石でできるから、ピアスタイプも良いかもしれないね。私は貴族でもないのにきれいな石のピアスは狙われるって前に言われたからやめておいたけど」
「なら、黒の石で作ってもらおうかな」
「……ズシェに頼んでみる」
不意打ちにはやっぱり慣れなくて動揺する。でも似合うだろう。以前組み紐の色の組み合わせを考えていたとき、黒と金も合う。なんなら騎士団の黒い制服もすごく似合うと妄想が捗っていたくらいだ。小さな石のピアスなら索敵の耳飾りの邪魔にもならない。
家の中は冷え切っていて、コートを脱いだら寒さが増したので、暖炉代わりのコンロに火の精霊石を投下する。
一人なら着込めばいいやと思っていたが、こうなると悩ましい。携帯用の暖房器具がないか今度聞いてみよう。
夜のあったかご飯は、前の日ニールが持ってきてくれたウサギ肉を使った肉団子のスープにした。ウサギの解体はニールがやってくれる。ウサギならなんとかできるようになってきたのだが、ついお願いしてしまう。
具だくさんスープとパンだけじゃ、お腹が空くかな? と思ったが、お屋敷は昼も出るそうなので問題ないらしい。
「コタツ、すごく暖かいね。私の知っているものとは少し違うけど」
「この部屋用に作ってもらっちゃった。そのままここで寝るのは体に良くないので禁止ですよ」
「気をつけないといけないな」
みんなこたつの魔力にメロメロになっていく。
「そうそう、ご飯が終わったら少し見てもらいたいものがあるの。読めないから単語を教えてもらいたくて」
「うん、いいよ」
この間、組み紐ギルドでベラージ翁の話が出た。シーナなりに部屋を整理しようと見ていたとき、石や木片のような物、きれいな糸の他に、何十冊もあるノートを見つけた。本ではないと思うのだ。文字があちこち散らばってたり、突然斜めになったり縦書きになったりで、本ではなかった。
さすが百歳越え。そのノートもちぎれてしまったりしているものが多い。
「崩した字が読めないの」
「……シーナ、これは崩してるんじゃなくて、悪筆だ」
つまり、字が下手。
「どおりで、どーりで単語すら拾えないはずだよ〜」
二日間くらい、一生懸命眺めていたのに。
「まあでも、悪筆には慣れてるから、頑張ってみようか」
「身近に悪筆な人が?」
「エドワール様は、忙しくなると字が歪んでいくんだ」
「それは大変だ……」
ベラージ翁のノートをざっと読んでもらう。実は目をつけていたノートがあり、その中の絵が、例の壁掛けのものとよく似ていて、それが連続して出てくるのだ。
ベラージ翁もあの壁掛けのことは気になっていたのかもしれない。
「これは、洗浄、と読めるな」
「あ、それ、そうだね。ガングルムさんが教えてくれた。洗浄にも紋様があったんだって。だけど今の素材の組み合わせと編み方で作った組み紐の方が性能が良くて廃れたとか」
「そんな歴史があるんだね。面白いな」
「ね〜。耳飾りにできる紋様がないかと思って。正直身体強化と疲労軽減と魔除け以外がパッとしないの」
「それが耳飾りに使えて手首が空くだけでかなり助かるんだけどね。精霊使いじゃない冒険者たちも、索敵は耳にして、魔除けと身体強化と疲労軽減が使える。どうしてもここらへんは一緒に腕にすると効果が減っていたから」
とてもとても助かっているんだと力説してくれる。
「そう言えば、アルは耳飾りしたままなんだね」
索敵と、身体強化がアルバートの耳元を飾っていた。
「ああ、せっかくシーナに作ってもらったし。今は水も少し訓練してる」
「そうなんだ」
「シーナを守る術は一つでも多いほうがいいだろう?」
ノートを一緒に見るために、すぐ隣に座っていたアルバートの瞳にやられる。まつ毛が長い!
「い、色見本を、今度見せて」
「ん?」
近い! 心の中で悲鳴をあげる。耳まで赤くなっている自覚がある。
「水の組み紐、色が合うなら作りたいな」
「それは、嬉しいね。一色なら多少離れてても作ってもらえるかな?」
「うん。作らせて」
多分、性能もいいはずだ。多分、絶対。
沈黙が怖くて素早く次の話題を探す。
「そう言えば、ヒキツェウ鳥、アルは見に行く予定はあるの?」
「ああ、初めてシシリアドに来た年は同僚に誘われて見に行ったけど、その後は見てないね。シーナが行くつもりなら私も行きたいな」
「ヒキツェウ鳥、美味しいから今年も行こうかなって。フェナ様九の雫になったし、たぶんすごくなんかしそう」
水鳥の羽毛を狙って他の地域で乱獲されるかと思いきや、去年もシシリアドへ渡ってきたヒキツェウ鳥の数はさほど変わらなかった。冬の娯楽なので、それがなくならなかったのは安心した。
「朝早いし、それじゃあ前日から泊まって良い?」
「うん。あの、多分私起きれないから……」
「ああ、任せて」
「でも、そんな急にお休みってとれるの?」
「休みが少なすぎるって言われ続けてるから、大丈夫だよ。シーナを起こさないといけないしね」
ニッコリ笑う顔がとても近かった。
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異世界文字の悪筆となれば、シーナに解読は不可能!!




