215.告白
女子会で大好評だった水餃子でもてなすと、アルバートもかなり気に入ってくれたようだった。
「冬にすごくいいね。体が温まる」
キッチンは火種を消すと寒くなってしまう。だが今日はコンロの残りと携帯コンロで温められた鍋でなんとかしのいだ。十二月後半になったら流石に厳しそうだ。
「タルト・タタン? これもすごく……美味しい」
ふわっと笑う、アルバートの美味しい時の笑顔に、こちらも笑みがこぼれた。
「アルが持ってきてくれたお酒とすごく合うの、このタルト・タタン」
酒精の強い、ブランデー系のお酒だ。
一昨日、新しい良いお酒を手に入れたからまた家に行っていいかなと問われ、断りきれなかった。約束するときは直接来るからずるい。
前回と同じように、午後三時くらいから、ゆっくりと食べて飲んでしていた。
冬の日暮れは早い。
すっかり暗くなっていて、そろそろと片付けを始める。
今日もきれいな花を持ってきてくれた。こんな時期にどこに咲いているのだろう? 先日いただいた花束は、程よいところで逆さに吊るしてドライフラワーにした。寝室に飾ってある。
「あ、私が運ぶから置いておいてください」
「何から何まで準備してもらったから」
流しに運んで洗浄するだけだ。蛇口から水が出るわけではないから、つい楽な方法をとってしまう。アルバートを見送ったあとに始末しようと思う。
「ありがとうございます」
運び終わってテーブルを拭くと、アルバートが神妙な顔をしてシーナの前に立った。
「シーナ、これを」
小さな小箱を取り出す。蓋を開けると、緑の石の指輪があった。
「君の左の薬指にはめてほしいんだ」
真っ直ぐこちらを見る瞳とそっくりな色をした指輪に、とぼけることなんて無理なんだと思い知らされる。
あの時のやり取りを覚えてくれていたのが少し嬉しい。だがそれ以上に申し訳ない。
シーナの反応に、傷ついたような顔をさせるのも辛い。
「……私は勘違いしていたのかな」
「っ……そんなこと、ちがう」
差し出された指輪の箱を前に、なんと言えばいいのか、言葉にできなくて唇を噛む。
「全部私が悪い。ごめんね、アル」
「シーナ、それじゃあわからない」
テーブルの上に指輪を置くと、アルバートはシーナの両手を取った。
「シーナ、私は君のことが好きだ」
両手を強く握られる。
「あの時も言ったが、私は、いつも他者を気にかけ、心を配る君のことが好きだ。突然の境遇に負けることなく、努力し、そんな中でも前向きに進もうとする君が好きだ」
真っ直ぐな想いに、目を合わせることができず項垂れる。
「君も……私のことを憎からず想っていてくれると……」
嫌いだなんて思えるわけないと言おうとして顔を上げると、アルバートの悲しげな瞳に向き合うことになる。こんなふうに辛い思いをさせているという罪悪感がひどい。
「嫌いなわけないですよ。優しくって、いつも心配してくれて、ダンジョンでも守ってくれたのはアルだった」
何かと気にかけてくれていた。シーナが困らないように、準備や手配をしてくれていた。
「なら……まさか、これがフェナ様を繋ぎ止めるためのものだと――」
「違います! そんなふうには思ってない。アルの気持ちは、わかってる、つもり」
以前ヤハトの前で口に出してはみたものの、微塵も考えていない。
「ならば、……」
何故かを、説明しなければ納得してもらえない。説明したとて、わかってもらえるかはわからない。
「座ってもいいですか?」
「ああ、もちろん」
「応接間の方で」
暖炉の上にある棚の引き出しから、火付けの組み紐で火をつけた。温まるのに少しかかりそうだ。あまり使わないこの部屋は寒い。
二人がけのソファに並んで座る。
「アルが悪いわけじゃない。私が、私の気持ちが……二年前の春に、この世界に落ちてきて、色々あったけど大変だけど楽しかったし、面白いことも多かった。だから今の状況は、落ち着けるようになったし、満足というか、良かったと思ってる」
本当にたまたまなのかはわからないが、趣味の組み紐が自分を助けてくれた。たまたまだとは思えないが、それが世界樹の意思ならばそうなのだろう。
シシリアドの人たちも変に気を使いすぎずに、困ったときは助けてくれる。
「良いところに落ちてきたと思ってる」
落ちた状況によってはもっと大変な思いをしたかもしれない。
「それでも、私は、一度すべてを失った」
過去を全部無くしてしまった。
「私は落とし子。しかも、病気をしない。あのね、私の故郷は、私の世界は、医療が発達してて、それこそ大怪我大事故に遭わなかったら、死因はほとんどが病死。でも私は落とし子だから、寿命の倍生きる」
倍近く生きるというのがここの人の基準なのかと思った時もあったが、今回聖地で会った地球出身の人の中にもうすぐ百になるという人がいた。まだまだ元気で翳りはみえないという話だった。
「上手くいっちゃうと、百五十。あと百年以上生きることになるんだ」
しかも、体は元気な状態で。
体は元気だ。
「故郷でもね、結婚相手、パートナーを先に亡くすことは普通にあるよ。たくさんある。だけどね、子どもが自分より先に死ぬことが決まっているのは――耐えられるかわからない」
アンジーたちに言った、子どもを作りたくない、は本心だ。
「一度全部なくしたの。父も母も、弟もみんな、なくしちゃった。また家族をなくすのに耐えられないかもしれない。子どもに先立たれるのは耐えられる自信がない。家族を持つのが怖い」
だから、ごめんねと言う前に、アルバートに抱きすくめられた。
「兄弟の話は聞いていたのに、気づけなくてすまない」
「アルは悪くないの」
「でも、私はもう、シーナを諦めたくない」
アルの腕に力がこもる。
「また誰かに奪われそうになるのも嫌だ」
こぼれ落ちる涙が彼の服を濡らした。
しばらくそうしていたアルバートが体を離し、緑の瞳で覗き込んでくる。
「シーナは、私がいなくても平気?」
「その聞き方は、ズルい」
平気だなんて言えるわけがない。
アルバートだって、確信がなくて来たわけじゃないだろう。
「残念だけど、私は確実に先に死ぬだろう。そうでなくてはいけない。でも、シーナの中で、過去は消え去ったわけじゃないだろ? 君の、父君や母君、兄弟の想い出があるように、これから共に過ごして、君の中に私を刻みつけたい」
アルバートの親指が、頬の涙を拭う。
「子どもは、望まないなら作らないという選択肢もあるし」
「……隣にアルがいて、襲わないでいられる自信がない」
両手で顔を覆う。イケメンが過ぎるのが悪い。
ふっ、と笑ってアルバートの空気が緩む。
「シーナ、私の顔好きだよね」
「理想が現れた感じではありましたね」
「ならそれを活用しない手はないね」
すっと真顔になる。再びシーナの両手を握り、それに口づけをする。そのまま上目遣いで問う。
「いきなり結婚とは言わない。シーナ、私とお付き合いしていただけませんか?」
断る術がシーナにはなかった。
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ようやっとよ〜ようやっとここまで来たよ〜
ホントはもっとあとと思ってたら、アルバートの押しが急に強くなりすぎて路線変更を余儀なくされた。
しかも、いつも頼りにしている我らが助言者猫ちゃんが、
あ、恋愛モノはノータッチなんでって、スンッてなったから一人でもだもだして大変だったの〜
ちょっと今後随所に甘々しだすかもしれませんがご了承ください。若いお二人なんで。
書いてて、こいつら……てなるときがたまにある。




