212.九の雫のお祝い
ラガンの次の出番は夕方か明日だということで、シーナはヤハトと一緒にいつものクッション部屋へ移動した。
部屋の隅で靴を脱ぐ時、ヤハトが微妙に気にしてて笑う。
「ヤハトは毎日風呂か洗浄はしてるし、気にしないでいいと思うけど。気になるなら街での靴を複数持って、交代で履くといいよ」
うーん、と唸っていた。
クッションの山の前に旅の時の丸台を出し、コマを出す。
「色見が絶望的ではありませんよーにー!」
「さすがに真っ黒はなぁ」
一番身近なフェナ以外の精霊使いであるヤハトと色見本を合わせるのが初めてだとは。すっかり失念していた。
「あー、悪くはない?」
「多少色はあるね。グレーとか黒じゃないからまあ」
普通は作らないレベルではあるが、あくまで練習なのでよろしくお願いした。
ヤハトが魔力溜まりに魔力を流す。虹色の油膜に糸を浸けた。
四色になると色寄せが本当に難しくなる。とりあえず一番使う風を基本にして他の数値を見ていく。
魔力を溜めたあとは、ヤハトは暇なので隣で魔力回しを始めた。本当にこまめに訓練をしていて偉い。
「ヤハト、フェナ様のお祝いした?」
「お祝い?」
「九の雫のお祝い」
「……してない。しないとダメ?」
「うーん、こっちの世界の人の感覚がわからない。故郷では、誕生日は祝うものだったし、仕事で評価されて昇進したらお祝いしてた。あとは試験とかに合格してもお祝いしたかな。ヤハトは節目に何か買ってもらったりとか美味しいもの食べさせてもらったりとかはなかったの?」
「三色組み紐になったときにこの双剣を買ってもらった。前のもいいやつだったけど、こっちはさらに良いもの」
「九の雫って、すごいものなんでしょ?」
「今までの精霊使いの中で最高位。十の雫はいない。九も、伝説の人」
何かしたいなと思うのだが、フェナが欲しがるものが難しい。
「お料理は新しいのを作れそうなの。他にフェナ様が欲しがるような物」
「フェナ様、狩りのたびにクッキー作ってる。あれは本当に好きみたいだ」
「手軽にカロリー取れるしなぁ。狩り先に携帯していけるもの、だね」
あとはナーラパイがかなりお気に入りだった模様。ナーラが好きなようだ。
「俺は……どうしようかなぁ」
「なに? ヤハトも何かお祝いするの?」
「……シーナに言われたらしたくなった」
少し口をとがらせて言う姿がなんだか可愛くて笑った。
「私よりヤハトの方がずっとフェナ様と一緒にいたから、フェナ様の好きなものはヤハトの方が知ってると思う」
「う〜ん」
その後は魔力回しも忘れて、ずっと唸っていた。
四色の色寄せはなかなかに難しく、出来上がった代物はアイスクリーム用にしかならないと言われた。
「フェナ様は、ヤハトの成長が一番嬉しいだろうけどね」
「うーん……」
「そんなわけで、練習に作ったやつ食べきれないから、師匠も手伝って……」
少量ずつ作ってたつもりだが、失敗したりなんだりで、大量の捨てるのはもったいないが一人で食べるには多すぎる甘味ができた。
「美味しいけど、甘いから食べきるのに時間がかかるわ」
携帯用の方だ。
「保存の陣に置いておいてください。普通に置いておいても、今の時期なら一ヶ月は余裕です」
なにせ大量の砂糖を投下した。
「うちの保存の陣には、今、ナーラと紅茶が乗っててこれ以上置けないんです……」
ナーラを使った物は、昨日ズシェが携帯コンロを持ってきてくれたので食べさせた。あとは本番用だ。
コンロ代いらないと言われたが流石にそれはと断った。
「お店やってる日に、兄姉弟子におやつに出してもいいですよ。それか、ワハルと楽しんじゃってください。フェナ様にプレゼントするまでは内緒にしてもらえたら」
目をウルウルとさせて、隣でワハルが口を動かしている。
「まあ、了解したわ。ヤハトがなんか一生懸命やってるみたいだけど」
「お、ヤハト会えてないんですよね。お祝い考えてるのかな?」
「どちらかと言うと考えてないかも?」
「えっ!? 考えてないの?」
「あれは、考えるより動くタイプだからね」
脳筋!?
「シーナ、ヤハトが、何をしてるか知ってるか?」
組み紐ギルドで予約会の日、バルがギルドにやってきた。
「昨日から遊んでくると言って帰ってこない」
「ええっ!?」
「何をしたいかは知ってますけど、何をしてるかは知りませんね」
難しい顔をしたバルの眉が跳ねる。
「あー、俺が何をしてるか知ってるわ」
予想外のガングルムの答えに、シーナも驚く。
「たぶんあと二日もしたら帰ってくるぞ」
「二日もかかるんですか? 最近一人で狩りに行くなどといってよく外出したまま帰ってこないんですよ。フェナ様は何も言いませんが気にはしているようなので」
「……今回で最後だからまあ、もう少し様子を見ててやったらどうだ?」
含みをもたせたガングルムの言葉に、バルが眉を寄せる。
「二日で帰って来なかったら、ちゃんと教えるよ。もうアレも子どもじゃないんだし、フェナ様の元で何年も学んでるだろ? 一人で街の一つや二つ移動したところで問題ないだろう」
「街を二つも移動するようなところに行ってるのですか」
バルは難しい顔をしていた。
「フェナ様! 九の雫おめでとうございます!」
ガングルムが言った通り二日後ヤハトが帰ってきた。そこからシーナも準備して、店が休みの五日間に入ったタイミングでお祝いをすることにした。
「これはチーズフォンデュと言って、この串にパンやパテラやソーセージを刺して、このチーズにくぐらせて食べます」
チャムに無理を言いました。久しぶりに大至急使ってしまった、このチーズフォンデュ串!
「美味いな」
ズシェの作った携帯コンロは火力調整ができて最高の品物だった。やっぱり魔導具作りの第一人者と言われるだけはある。王都からお呼ばれするだけはあった。
「あと、こっちはナーラで作った、タルト・タタンです」
キャラメリゼしたナーラを敷き詰めて焼いて、さらに作っておいたタルト生地を被せて焼く。焼き目を探るのにナーラのキャラメリゼをたくさん作ってしまった。
「ナーラパイとは違うのか」
「こっちのほうがナーラが砂糖でトロトロになってます」
ちなみにこの型も大至急品。
チャムにもタルト・タタン分けました。親方と内緒で食べてもらった。せめてものわびだ。
「さらにこれ、旅先に持っていけるやつです。フロランタンっていいます。クッキー生地の上に、砂糖やはちみつを混ぜたナッツ類を敷き詰めて焼いたものです。普通のクッキーより高カロリー。これはまた後でソニアさんに作り方を伝授します」
フェナはニコニコ良い笑顔だった。気に入ってもらえたようで嬉しい。
さて、大小の木箱を積み上げているヤハト。
「えと、あの……九の雫おめでとうございます」
フェナがニヤニヤしだした。悪い顔だ! 改まってのセリフに本人は全力で照れている。
「フェナ様は何でも持ってるから、お祝いって何をしたらいいのかわからなくて、だから……フェナ様の組み紐の材料とってきた!」
そう言って木箱を一つずつ開けていく。
「これは……すごいな」
「よく集めてきたな、ヤハト」
基本の糸の素材とは違って、流れ星のようなさらに糸の性能を上乗せする素材たちだった。
「一応六種類集めたんだけど、流れ星上回るものは流石になくて」
「これは、流れ石の方だね。いや、これもなかなかの品質のものだ」
薄紫のつるりとした石だ。フェナが持った瞬間にキラキラしだした。
「何があるのかわからないから、ガラとか、ガングルムとか、あとはダーバルクのおっさんに聞いた」
素材はガラとガングルムに、狩り場はダーバルクに聞いたらしい。
「どれも素晴らしいね。ありがとう、ヤハト」
ニヤニヤを引っ込めて素直に微笑むフェナに、ヤハトも笑顔がこぼれた。
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ヤハトなりに頑張ったプレゼントでした。
さぁ、次は女子会します!




