211.流れの冒険者限定予約枠と外壁の作り方
十一月になった。
いつものグレーのコートと臙脂のマフラーと手袋と帽子。完全防備で組み紐ギルドに向かった。
「おはようございます」
今日はいつもの予約取りをギルドでさせてもらう予定だ。ギルドの中は暖がしっかり取られているので助かる。
「おう! 机はそこのを使ってくれ」
「ありがとうございまーす」
色味の魔道具を置き、看板を立てる。事前に書いてもらった、『シシリアド拠点以外の冒険者のみ受け付けます』という文言に、ガングルムが頷いた。
「まあ顧客の取り合いはなぁ」
「争いの種は除いておきたいので」
久しぶりに来たギルド内も冬の装いだ。壁に厚めの布が掛けられたりしている。
その中に魔除けの組み紐の意匠を見つけた。
よく見ればいくつか見知った紋様がある。
「これって……」
「ああ、古くから伝わってる組み紐の紋様を壁掛け用の布に編み込んだやつだな。紋様の歴史みたいなもんだ」
「へぇ〜あ、これは火付けかぁ」
「いくつかわからない紋様があるんだ。どこかで忘れられてしまったんだろうなぁ」
「面白いですね。研究したりとか……」
「王都でやってるよ。あそこには資料も山ほどあるし、道楽で研究できる奴らがたくさんいるからな。王都の組み紐ギルド長も研究者だったぞ」
「フィリレナさんですね。わかります」
ランダムに入れた光の糸を再現してしまうほどだ。研究者も納得である。あの面子に馴染めるほどの人物だ。
「これなんか、とってもかわいい紋様ですね」
桜の花びらのような形をしていた。花びら五つではなく三つだった。
そして、この壁掛けの周りをぐるりと囲んでる紋様に気づく。同系色の色で縫ってあるから一瞬気づかなかった。複雑に絡まって描いているが、かごめ結びの形に似ている。
「この壁掛けの名前がなんて言ったかなぁ……おい、この壁掛けの名前覚えてるか?」
受付にいた先日シーナの家にやってきた女性に尋ねると、彼女はうなずく。
「『見るものの組み紐』でしたね、確か」
「そうだ、それだ。これ以外にもたくさんあるぞ。ワケワカラン名前もついている。そして、用途がわからんもんが多い。後で編んでも何が起こるかわからないから試しにくい。研究所で試さないと怖くて編めないな」
そんなことを話していると予約希望の人がやってきた。
「色見本をお願いします」
きちんと流れの冒険者だということを確認して八名の予約が取れたので、予約枠終了ということになった。
「お邪魔しました」
「おう、また十日後」
他のギルド職員たちにも挨拶をしてギルドを出る。今日はこのままフェナの屋敷だ。
ヤハトに四色の練習をさせてもらうことになったのだ。
三色と一色を分けている理由は、単にそれで慣れてしまったからだという。双剣も一緒に扱うヤハトは、闇の精霊はそこまで他の精霊と一緒に使用しない。闇の精霊を使うのは主に気配を消すときだそうだ。
「こんにちは〜」
今フェナの家は騒がしい。ソニアの息子夫婦の家を建てているところだからだ。
フェナの自室と土足厳禁の部屋は防音だそうで、日がなその部屋でダラダラと過ごしているそうだ。
ヤハトは建設現場の隅の方で職人たちの作業を眺めていた。
「ヤハトー!」
「んあ、もう終わったのか」
「八枠埋まっちゃった」
「じゃあ部屋に行くかぁ」
ヤハトが歩き出すと、男が呼び止める。
「ヤハト、今から始めるぞ?」
「え! シーナ、そんな急がないだろ? 面白いから見ていこう」
「急いではないから、何を見るの?」
「家が建つところ」
それは楽しそうだ。
シシリアドの家は壁同士がくっついて白い色をしているのが一般的だ。ただ、大きな屋敷などになってくると普通の一軒家になる。他の家とはくっついていない。
息子夫婦の家も一軒家だ。
「でも、外壁はよそと同じように白の一枚壁にする」
ヤハトを呼び止めた男はラガンという土の精霊使いだった。シシリアドでは他の追従を許さない一級建築士だそうだ。
「俺土はないからこれできないんだけど、憧れる」
今大体の枠組みが整えられていた。この木に沿わせて土の精霊で壁を作っていくそうだ。木枠の周りに白い土が盛られた。
「じゃあ始めるぞ」
地面に手をつき、彼の周りの魔力が揺らぎ始める。すると、漆喰のような白い土がぞろりと動き出した。
地面に接している部分から、崩れる様子の逆回しのように壁が出来上がっていった。それほどの時間は経たずに、家の外壁が出来上がってしまう。
「あ゛ー! 今日の俺の仕事終わり!!」
お疲れさん! と他の職人たちから労いの言葉が次々かけられた。
「面白い!!」
「だろ? 俺、家できるとこ見るの大好き」
「外壁から精霊使うような家は滅多にねぇよ!」
大の字に寝転んだままラガンは口だけ動かし続ける。
「普通は家の補強だ。壁塗りは職人の仕事! まあそれが時間かかるから短縮するにはいいんだろうが、俺一回使う工賃かなりかかるんだよ? 言わないけど。ちなみにシーナちゃんちの家の補強したのも俺です。階段上がったところの謎のくぼみを作ったのも俺です」
「その節はお世話になりました」
そこでラガンがばっと起き上がる。
「あの階段上のくぼみって何? イェルムさんに聞いても教えてくれなかった」
「あー、客の情報だからかな? 実は二階を土足禁止ゾーンにしたので、あそこで靴を脱ぎます」
「ええっ!?」
「私の故郷は玄関で靴を脱ぐ国だったので」
「えええー……それって、靴脱いだ時足クサかったらどうするの?」
ぶほっと噴いてしまう。
たしかにそれは考えてもみなかった。
「強制【洗浄】の刑ですね」
本当に考えてもみなかった。これは、二階に上がってもらう人には事前告知したほうがイイかもしれない。
「靴はちゃんと手入れした方がいいぞ」
ヤハトがラガンに言う。
シーナも町中普段履く靴は、今は三足ある。それを交代で履いて、必ず二日休めるようにしている。だが、それは金があるからだ。
「俺は……シーナちゃんちには行けねぇな」
ぶほっとまた噴いてしまった。
「俺は今度フェナ様と一緒に遊びに行く」
「聞いてません」
「なんか変わったコタツ作ったって聞いた。イェルムがシーナの家で試して、必要なら注文くれって言ってた」
あのポンポコ腹親父め。
「ヤハト、足の洗浄はしっかりしてから行けよ」
「だから、クサくねーし!」
なんだか面白い人だった。
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土足厳禁ゾーンに入る際の、必ず起きるであろう繊細な問題に踏み込む男の話でした。
壁掛けはまあ、伏線です( ー`дー´)キリッ




