205.子どもたちと出店巡り
朝から身支度をして、財布の中身を確認する。家のセキュリティがかなり高いので、家の中にそれなりに現金を置いている。今日はそれを使って子どもたちと食べて回りながら最後にお土産だ。
甘味は皆無と言っていい孤児院の生活で、彼らにとってこの狩猟祭でシーナが買うドライフルーツの砂糖漬けは、とても嬉しいものらしい。
先日無事駆け出しを卒業したニールが当時の気持ちをこっそり教えてくれた。
たまに捕れた獲物を持ってきてくれるので、適正価格で買っている。あまり高く買い取りすると、持ってきづらくなるから嫌だと言われた。卸す値段でなく、売られている値段で買う。少しだけニールのお得感を出すくらいに留めていた。
しばらくは森に入る冒険者の荷物持ちをしたりするつもりらしい。冒険ギルドにもなるべく顔を出すようにして人脈作りをしているそうだ。
みんな一人前になれるよう必死で働いていた。
そして今年の最年長は四人。男女二人ずつ。マールと、ポロ。シシナとラーラだ。みんなそれぞれ目標の職業があるらしいが内緒と教えてくれない。
職業を得る幅の狭い世界だ。
平民の地位向上はなかなか難しそうだが、もう少し余裕ができるといいなぁと思った。
キッチンでお茶を飲んでいると扉をノックする音が響いた。
慌ててカップを流しに置くと、玄関へ向かう。
扉横のコート掛けに掛けてあったつばの大きな帽子を被って扉を開ける。
「こんにちは、シーナ」
「こんにちは、アル」
街歩きスタイル、相変わらず脳天突き抜けるほどかっこいい。旅で毎日見ることに慣れたはずなのに、しばらく間を空けると破壊力を増す。
「それじゃあ行こう」
すっと、ごくごく自然に差し出される手を握り返そうとして、踏みとどまった。
「シシリアドなら大丈夫ですよ」
「あ、ああ。そうか。なんだか癖になってしまったね」
ちょっと照れる姿が愛おしい。
これはダメだ。まともな会話ができなくなりそうなので、心を無理やり落ち着ける。
「子どもたちが今か今かと待ってますよ!」
早くおこちゃまを召喚しよう!
組み紐ギルドの方を見ると、今日も大行列だった。
「エドワール様がまた食べたいっておっしゃっていた」
「出店にできるのは組み紐ギルドだけだけれど、みんなが家庭で作るのは問題ないとすることになったので、今度作り方教えに行きます。まあ、バルバトさんならだいたい再現できるんじゃないですか? 割とシンプルなものですから」
「レシピは隠さないんだね。わかった伝えておく」
「アルも食べましたか?」
「食べた。ただあれは、その場で食べる方が美味しそうだなぁ」
「あー、それは確かです。故郷でも鉄板を前にみんなで作ってそのまま食べてましたから」
鉄板とフライパンじゃまた美味しさが違った。
なんで鉄板ってあんなに美味しく焼けるのだろう。
あと、ソースで食べたい。今度ソースで食べよう。
「目の前でか……シーナに今度作ってもらおうかな」
「……作りますとも」
ダメだ、推しの押しに弱い!
神殿に着くと子どもたちがスタンバっていた。
「お待たせ〜! こんにちは、ローディアスさん」
侯爵の孫……だが今は一介の神官。様は付けない!
「今年もありがとう、シーナ。アルバート様もご一緒なら安心ですね。子どもたちが四人と、今年は少し多いので」
「メインの通りしかいかないので基本は危ないことはないですよ。みんなもちゃんとついてきてね!」
「はーい!」
「組み紐ギルドに行列ができていると聞いています。シーナさんが作ったものだと」
「はい。故郷の食べ方なんですが……今度神殿で作るんで、ぜひ子どもたちに。お野菜たっぷり入れられるし、栄養面でも良いものだと思います」
「それはありがとうございます。シーナさんのおかげで野菜嫌いの子どもが少しマシになってきました」
それは僥倖。よきかな良きかな、だ。
「それじゃあ行ってきますね。皆何が食べたいかな?」
「「「「肉!」」」」
やはり食べ盛りは野菜より肉だった。
いつも通りギルド広場を目指して降りていく。今年の壁向こうの簡易宿は、とうとう五年前の倍になったそうだ。つまり人通りも多い。賑やかで活気に溢れ、たまにそこら辺で喧嘩が起こっている。
ただ、冒険者も多いのですぐに鎮火していた。だいたいぶつかったとかそういったトラブルから始まることが多い。
あとは、スリ。
出店巡りをしにくるのだからみんな金があるのだ。
ドン、と派手にぶつかってきた男が、ごめんよと言いながらそのまま去ろうとしてお互いが引っ張られる。
「シーナ!」
斜め掛けしたカバンから伸びるチェーンとシーナの財布。
自分の警戒心のなさは十分把握してるのだ。これだけ混み合ってる中、スリがいることもわかってる。
「【洗浄】」
男の顔に水の塊が現れ、一瞬息ができなくなりパニックに陥った。掴んでいた財布を離す。すかさずチェーンを手繰り寄せ鞄にしまう。
アルバートが男を押さえつけるとすぐ兵士が駆けてきた。
「大丈夫ですか?」
「シーナさんに手を出すなんて、よそ者ですね。しかし、【洗浄】はいい手でしたね」
テキパキとスリを捕らえて連れて行ってくれる。街を巡回している兵士は領主の雇った平民だ。
駆け寄ってくるのが早すぎる。
見張られている感がマシマシだ。
「財布から何か伸びてた……」
アルバートがシーナの鞄を、正確にはその中の財布に視線をやる。
「自分がボケっとしているのは自覚があるので。金属の細い鎖を作ってもらったんです。紐じゃ切られたら終わりだし」
「とても良い案だね」
お互いニコリとして子どもたちに向きなおる。
「びっくりさせてごめんね。そろそろお土産のドライフルーツを見に行こうか」
一番最初に買った店が行きつけになり、毎年ありがとうと瓶はおまけ、さらにぎゅうぎゅうに詰めてくれたものを下げて神殿へ帰る。
「今年もありがとうございました。スリに遭われたそうですが、大丈夫でしたか?」
「相変わらず私の情報広まるのが早いっ!」
出迎えてくれた神官に子どもたちを預けて別れを告げる。
「今日はお付き合いありがとうございました」
「いや、怪我がなくてよかったね。どうしてもこういった悪さをするやつは増えていくんだろうけど、気をつけないと」
「ですねー」
ギルド広場に来ると、もうほとんどが店じまいをしていた。やりきった感の大人たちが多いので、予定していた分は売れたのだろう。
「そう言えばシーナ」
「はい?」
「いつお酒を持っていけばいいかな?」
極上の笑顔とともに。
「……アルの次のお休みは?」
「十日後だね」
「何かリクエストはありますか?」
「ハンバーグが美味しかったな」
「わかりました」
それじゃあと笑顔で手を振るアルバート。シーナ家に入り扉を閉めた。
推しの押しが強い。
「これは困った〜」
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セキュリティタウンシシリアド。
洗浄の反射速度だけはかなり上がってるシーナでした。




