204.例のダンジョンのお話
ダーバルクはすぐ帰ってきたが、反対にダンジョン【十五階】の攻略について聞きたい冒険者が寄ってきて、【青の疾風】も交えて話し込んでいる。
人垣が多くなったところでそっと距離を取ると、今度はギルド長連合がやってきた。
「おつかれさん」
昼間ずっと動いていたあと、仕込みもやっていたのに元気なものだ。
「こんばんは、シーナさん。オコノミ焼き、職員が買ってきてくれましてね。美味しくいただきました。野菜をたくさん食べられる、良い食べ物ですね」
商業ギルド長のイェルムがいつもの笑顔で言うと、冒険ギルド長のビェルスクも美味しかったな、と満足そうだった。
「来年の出店にオコノミ焼きが増えそうですね〜」
「……増やしていいのか?」
「ん? どう言う意味ですか?」
はぁ、とガングルムがため息をつく。
「オコノミ焼きはシーナさんが作ったものですよね。他の人間が作ったものなら横で見ていても覚えられるくらいの調理法なのですぐ街中に広がります。ただ、シーナさんはシシリアドにおいて少し特殊な立ち位置ですので……住人たちは今静観している状態です」
あー、フェナの玩具としての立ち位置か。
「どうするのがいいんですかね。ああいう形にしたら多少嫌いな野菜も食べられるので、子どもの好き嫌いには有効なんですよね〜家庭で作るのはいいんじゃないかと思いますよ?」
隠すほどのレシピではない。
「ただ、狩猟祭の出店が全部オコノミ焼きになったらやだなぁ〜」
いろいろな店が欲しい。
「じゃあ出店でオコノミ焼きができるのはうちだけってことにしよう」
「まあ、商売のタネとしては悔しいですが、しかたありませんね。家庭で作るようになれば今回ほど長蛇の列にはならないでしょうしね」
上手くまとまったようだし、周知は丸投げしよう。それよりも聞きたいことがあったのを思い出した。
「ソワーズ近くのダンジョンってどんな扱いになってるんですか?」
ヤハトに聞いてもわかんないだった。
「ああ、なんでもとんでもないのが最下層にいたって」
リュウのことではない。ボスの魔物がそうだったという設定になった。
「あー、寝起きじゃなかったら大惨事? 九の雫だったからなんとか」
「だから、上層階は探索可のダンジョンにする予定だそうだ。ソワーズ的にも近い場所だから、探索して魔物を減らした方が良いしな。なんでも百階層近くあるとか。そんな深いやつはそうそうないから、次の春から一般開放だな。今は王都の探索班が上層階を調べているそうだ」
「俺あそこはもうあんま行きたくない」
「ヤハトはひどい目にあったもんね〜」
シーナも絶対にごめんだ。
「どこまで潜る許可を出すか悩んでるところだろ。最下層から十階は間を取ると言ってたな」
まあ索敵でとんでもない気配を感じるらしいので降りる勇気のある冒険者は皆無だという。フェナですら無理だと言っていたのだから。
「上層階に実入りの良い魔物がいるといいな。ソワーズも潤うことになるだろう。あんな規模のダンジョンはいままでなかったからな。正直若い頃なら春になったら即潜りに行ってる」
「潜りたいものなのですか?」
「フェナ様たちは巻き込まれて一気に下層まで落ちたんだろ? 上層階もまだ何もわかってないから、ワクワクするだろ?」
ワクワクするのか。そこら辺の感覚は共感できない。
「かなり深いですから、無風の階があればそこに町を作ることがありますね。そうなればさらに活気づくでしょう。ソワーズ子爵様が主導で動くことになりますし、ますます人の行き来が増えます」
「ダンジョンの中に町があるんですか!?」
「ええ、どうしても深く潜って探索するときは補給が大切になりますからね。肉はダンジョン内で得られても、人は肉だけじゃ生きられませんから」
「いくつか有名なのもあるし、それこそ【十五階】も無風の階があるし、深さもわかっていないから、中継地点の町を作らざるを得ない。こちらでも検討を始めてるところだ」
イェルムとビェルスクが色々説明をしてくれた。
「ただ、成長型だからなぁ。町の階が急に変わることもあるだろ? そこが少しばかり考えものだな」
ああでもないこうでもないと二人が意見を交わし合っていると、会場がざわついた。
エドワールとマリーアンヌが連れ添って現れた。
今日はあの披露宴の時につけていた髪飾りのレプリカをしている。まっすぐフェナのところに向かい労いの言葉とともに祝いの言葉も述べる。
「聖地までの護衛、ありがとう。神官たちからもとても快適だったと聞いた。そして、精霊使いの最高位、おめでとう」
フェナは言葉を出さずにニコリと微笑む。
周囲からも寿ぎと拍手が溢れかえった。
「冒険者の諸君も、狩猟祭に参加していただきまことに感謝している。今年もたくさんの獲物を得られたそうで、冬も無事越すことができそうだ。今日は存分に料理や酒を楽しんでくれ」
おおおお! と声が上がる。
そしてあちこちに挨拶したあとこちらにやってきた。
「楽しんでもらえているかな?」
「十分に」
「今年のお料理はまた一層美味しいですね」
ビェルスクとイェルムが答える。
「組み紐ギルドの新しい食べ物は……」
と言ってちらりとこちらを見る。
「そうです。シーナの故郷の料理だそうで、オコノミ焼きという名前です」
「なかなか面白い味だった」
「お野菜がたくさん入っているのがよかったわ」
マリーアンヌも一緒に食べたようだ。
「故郷でも平民が気軽に食べる部類のものですので、話題の一つになったのなら良かったです」
気取った貴族の料理ではない。ファストフードといった感じだ。しかも一番シンプルなものだった。
「一日手伝っていたとか。まだ出店を回ってはいないのか」
「明日お昼前くらいから回ろうと思っています」
シーナの返答にエドワールが頷いた。そして後ろを振り返る。
「アルバートは明日休みだろう? あの皿を返しがてら一緒に回るといい」
「えっ?」
「護衛代わりだ。連れて行きなさい」
「かしこまりました」
「シシリアドの中なら大丈夫なのに……」
「孤児院の子どもたちと行くんだろ? 三の鐘に迎えに行くよ」
アルバートの笑顔には頷くしかない。
ガングルムにニヤニヤされたので睨んでおいた。
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ニヤニヤしてるのはガングルムさんだけではないですね。




