199.噂のお嫁さん
イカタコもどきが手に入った今、シーナには野望がある。
「チャム〜! 作って欲しいものがあるの!! 結構急ぎ!」
「うん、久しぶりのやつ。どんなもの?」
図解して一応用途を簡単に説明した。
「わかった。作ってみるよ」
よろしくと言って走る。仕事の前にお願いしに行ったのだ。
「おはようございます!」
「もうお客様来てるわよ!」
「ローダさんすみません! すぐ準備します!」
今日は予約が入っていた。【暴君】のローダだ。
「俺は今日は一日休みだから別にゆっくりで構わないよ」
相変わらず【暴君】の名にふさわしくない低姿勢。
ローダの組み紐はまだ大丈夫だが、これまでの経験上そろそろ解けるかもしれないとのことで、次を作るらしい。
「それじゃあ始めていきますね」
二色の色寄せはほぼ完璧だ。編みながら無駄話だってできてしまう。
「狩りは三人で行っているんですか?」
もう九月も半ばで、冒険者による西の森の魔物減らしが本格化していた。
「兄貴はいないけど、まあ深いところでなければ三人で問題ないからね。冬支度のために俺等も稼がないとな」
借家の賃料もだし、冬の備蓄は作るまではいけないので外注だそうだ。
「何年経っても俺等料理はからっきしだからなぁ〜。肉を焼くのだけは上手くなったけど」
野営での栄養源はタンパク質一択らしい。
「ダーバルクさん、無事送り届けたかな?」
「兄貴なら大丈夫だよ。着いたって知らせはあった」
ダーバルクは、例の件の後、娘のネリルを母親の元へ送っていった。一人で帰るというのをさすがに心配だからとついていくことにした。ローダたちも行く気だったが、断られたという。
「いやー、可愛くて仕方ないんだろうね。俺等もちょっとやり過ぎかなと思ったんだけど」
父親と仲間たちによる圧迫面接のあとの、本気度確認テストで、ネリルの元彼は別れも告げずに姿を消した。
「最後に、責任を取る覚悟はあるのかっていう問いにはっきり答えられないんじゃねえ〜」
「いくらダーバルクさんが強面だからって、その程度で萎縮してたら娘は預けられませんよねぇ〜」
街のパン屋さんなら泣いちゃってもまあ、理解はできるが、冒険者としてやっていこうという男がそれでは無理だ。命のやり取りをする場で娘を守る気概が見受けられない。
たぶん、ネリルの母親もその元彼に思うところがあって、ただ、ネリルが完全に恋は盲目状態で止められないので、ダーバルクに託したのだろう。
「冬はあちらで過ごすんですかね?」
「いや、もうすぐ帰るって知らせが昨日届いたから、今日か明日にはシシリアドに着くと思うよ」
「あらまあ、和解はなしかな?」
父親に娘を託すくらいだから、それなりに信頼関係はあるのかと思っていたが、残念だ。
「うん。今回もいい出来。ありがとう」
「こちらこそありがとうございます」
金貨をもらってポケットに入れる。扉の外までお見送りだ。
「狩り気を付けてくださいね!」
「ローダ!」
シーナの言葉とダミ声が重なる。
「ダーバルクさん! と、ネリルちゃん、と?」
長いウェーブを描く黒髪をサイドでまとめ、ぱっちりな青い瞳にボンッキュッボンの官能的な美人。
「ふぁーーネリルちゃんのママさんだぁ!!」
お顔がそっくりでした。
「よお、シーナ。巡礼お疲れさん」
めちゃくちゃ浮かれてる顔のダーバルクだ。
「えー? 狩猟祭前だけど、旅行には冬ギリギリ過ぎません? いやまあ、狩猟祭楽しんでいってもらって、送るのはありなのかな?」
どうせ帰りは疾駆けするのだろう。
「おう、その、それがな……ローダ、ちと話があるから家に行くぞ」
「あ、はい」
ネリルの母親はそれでは、と言って先を行くダーバルクの後を追う。
ネリルが振り返って戻ってきた。
こっそり耳打ちされる。
「あのね、お母さんもこっちで住むことにしたの」
「やだぁ、私も詳しく説明されたい!」
人の恋バナは嫌いではないのだ。
「それじゃあイヴに乾杯」
「「「「かんぱーい」」」」
ネリルにお願いして後でどうなったか教えてくれと言ったら、『火の精霊の竈』に誘われた。
ダーバルクたちの借家はかなり大きめで、空き部屋もあったのでとりあえずこの冬は一緒に住むことになったそうだ。
すでに空き家は埋まってきているし、宿屋を四ヶ月以上借りるのはもったいないとイヴが言ったそうだ。
ダーバルクとネリルは、追い風で疾駆けをして、一日でイヴのいる町へ着いた。そのまま帰ってくるつもりだったのだが、ネリルに引き留められ話し合いが始まったという。
「私がね、父さんともう少し狩りをしたい、精霊使いとして、師事したいと思ったのが始まりなの」
一緒に狩りをしたのは二回ほどだが、さすが名の知れたパーティーで、狩りの技術に学ぶことが山ほどあった。このまま終わるのが惜しいと思ったそうだ。
「母さんを説得してたら、おじいちゃんとおばあちゃんが……」
町の宿屋は二人で回せるし、一緒にシシリアドへ行ってはどうかと提案された。
「結局ね、意地を張って、張りすぎて、あとに引けなくなってたの。だから私がワガママ言っちゃった」
子は鎹を体現している。
すでにイヴは子分たちに、姐さんと呼ばれていた。先程から話していて、完全にダーバルクが尻に敷かれてて笑える。惚れた弱みと姐さんみが強い。
まあ、箒で町の外まで追い出すくらいだから、強くて当然か。
「冬支度これからだから、ちょうどよい時期だったかもしれませんね」
「そうね、支度自体は問題ないけれど、道具を急いで揃えないとねぇ」
「ガラス屋さんなら紹介できますよ。燻製してくれるところとかはちょっとわからないですけど。商業ギルド長のイェルムさんに聞いてみるくらいしかないかなー」
「この冬までは馴染めるようにするから、このままでもいいけど、春からは働きたいわ」
「掃除洗濯は任せてください!」
「野菜を切るくらいならできます」
「後片付けをします! ただ、料理だけは、料理だけは……」
三人の言葉にイヴは笑う。
「料理はもともと好きだからいいけど、あんたたちも多少覚えないとこの先困るよ!」
「はい」
ヒエラルキーのトップが爆誕ナウであった。
「私もお手伝いできることがあったら声をかけてください」
ダーバルクの評判がまた塗り替えられそうだと思った。
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完全に定住することになったダーバルクさんたちでした。




