192.最悪の同居人
「気づいたんですけど、夕飯食べてからうちに来てくださいよ。で、起きたら帰って朝ご飯を食べたらいいじゃないですか」
「シーナの安眠を守ろうとしている私に対してひどくないか?」
「だって、だって! フェナ様のお世話大変なんだもん!!」
ご飯の品数が少ないと文句を言ったり、デザートはないのかと、甘いものを要求したり、目新しい食べ物はないかと、出された食事を拒否したり。
仕事を休んでいる間はまだ対応できそうだが、目の下のクマが消える=出勤なのに、家でも仕事場でも大忙しとか、子どもを持つ親ってこんな気持なの!?
「一日でギブアップですよ! せめて明日からは夕飯は自宅でお願いします! どうせ昼間私が仕事をしている間はお屋敷に戻るんでしょう?」
「ぇー、シーナのこの部屋気に入ったのに」
「フェナ様のお部屋真似したんだから自宅にもあるじゃないですか!」
フェナが気に入って一日ゴロゴロしていたのが、クッションのたくさんある一応仕事部屋だ。まあ、シーナもゴロゴロ部屋としてしか使っていないが。
シーリングファンというか、天井扇というか、天井につけた扇風機がかなりお気に入りらしい。夏は結構日差しの強いシシリアドだが、クーラーのようなものは一般家庭には普及していない。なので、扇風機をお願いしたのだが、首振り型扇風機はピンとこなかったようだ。そこで、羽根を少し斜めにしてと注文してみたら、天井にかなり大きな物がついた。
ちょっとイメージと違ったのだが、これが冬の間はなかなか良い働きをした。どうしても上に上がってしまう暖気を、程よくかき混ぜてくれる。
ただ、真夏は微妙だ。これなら、やはり首振り扇風機が欲しい。たまに寝苦しい夜があるのだ。隙を見てズシェに依頼しようと思う。
「たまに冷気をあれにぶつけてやると部屋全体がとても涼しくて過ごしやすくなる」
「イェルムさんにお屋敷につけてもらってください!」
仕事をしているときより疲れる。夜は安眠できるとはいえ、昼間が地獄だ。
バルは本当にすごい。
このフェナの相手をし、望みを叶えながら旅をするのだ。
「もういいから、お風呂入ってきてください!」
「はーい。シーナ、髪の毛洗ってよ」
「自分でできるでしょ!? 子供じゃないんだから! うちのお風呂は一人用なんです!」
キレ散らかしてるお母さんみたくなってきた。だめだー、この子育て方間違ったぁー。もう少し謙虚さの数値を上げなければならなかった……。育成失敗である。
能力値極振りタイプだ。謙虚さとか思いやりとかが一桁タイプ。
しかし、そのフェナのおかげで安眠が得られたのも事実だ。
夢も見ずにぐっすりと眠りにつく。
次の日の朝、前日の夜に届けられたパンを使って、昔よく作っていたクロック・ムッシュもどきを作った。
フェナには大好評だったので今度お屋敷でソニアに作り方を教える約束をする。
「それじゃあ出ますよ?」
フェナの相手をしてなので、重役出勤決定。
家を出て分かれるのかと思えばついてくるので目で問うと、組み紐を振ってみせた。
「予備を作ってもらわないとね、私の組み紐師に」
笑顔で言うその姿に、周りから歓声があがる。
いつの間にか朝のこの忙しい時間だと言うのに、フェナ様ファンクラブの面々が周りに集まってきていた。
こちらに来た時にはその美人具合にイチイチ参っていたが、今ではすっかり慣れたものだ。
本当に、あの、美人は三日で慣れるそのままだ。
シャラランとドアベルを鳴らして入ると、すでに仕事が始まっており、客も三人ほどいた。
「おはようございます」
「おはようございますフェナ様!」
「フェナ様、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ。ガラを呼んできますか?」
シーナの朝の挨拶に応える者がゼロだ。
「おはよう、ガラはいいよ。接客中だろ?」
「あ、個室使ってるんですね……フェナ様ここでもいいですか?」
「別に、構わない」
空いている場所に座ってもらい、自分の丸台と糸籠を持ってくる。
「魔力をお願いします」
「この間ずらしたのは風か?」
「……よくわかりましたね。もっとずらすのを減らしたほうがいいってことか」
「今度は火で。違いを試してみたい」
「わかりました」
火の色味を少しだけずらして編み出す。
この間がまぐれだったわけではなく、今回もフェナの魔力はお利口だ。整列して、シーナに絡め取られるのを待っている。
「出来上がりました」
受け取った組み紐を手のひらに置いて眺め、頷く。
「良い仕事だ」
そして差し出された大金貨に周りがどよめく。
「大金貨使い勝手悪いんですけど……」
「さすがに銀貨では面倒だよ。どうせ神殿に預けるんだろう?」
「まあそうですけど」
「何なら今から神殿に行くか? 私も雫の階位変更をしなければならないし」
「フェナ様は、階位が上がられたのですね、おめでとうございます」
「ありがとう、九の雫だ」
祝いを述べた姉弟子が固まる。
「きゅ、きゅう?」
「シーナの組み紐のお陰でな。私も出来上がりさえすれば八の雫は間違いないと思っていたが……これほどならば八に留まることはないだろう」
「お、おめでとうございます!」
その場の者が口々に寿ぐ。あまりの音量に奥からガラが現れた。
「いったいどうしたの、フェナ様、あまり騒がれるのは困ります」
後ろからガラの客も現れた。仕事は終わらせてでてきたようだ。
「フェナ様が九の雫だと!」
しかし、兄姉弟子や客の興奮とは裏腹に、ガラは呆れたようにため息を付く。
「そりゃシーナの組み紐が完成すれば九にでもなるでしょうよ」
そう言って今度はフェナに向き直る。
「申し訳ありませんけれど、終わったら帰っていただけますか? フェナ様がいらっしゃると弟子たちが浮き立って商品に影響が出てしまいます」
「ふふ、わかったよ。失礼しよう」
フェナが消えた後も話題はフェナのことばかりだ。
ガラが自分の客を見送ると、奥に呼ばれた。
「本当は作るところを見たかったけど、それで、急に組み紐が編めたのはどういった理由?」
組み紐師としてそちらの方に興味津々だったようだ。
なので、ダンジョンでアルバートの助言からの流れを丁寧に説明した。
「……そっくりな故の躓きだったのねぇ。まあ、本当に良かった。九の雫の組み紐師なんて、最高の宣伝材料だわ。ただ、あなたはすでに客を選んでる状態だからなぁ。今後の仕事はどうする? もう一ヶ月もしたら流れの冒険者が増えてくるわよ」
「三色の色寄せもだいぶ安定してきたので、四色の練習をさせてくれる人を探したいなと思っています」
「四色になるとぐんと数が減るからねぇ」
精霊使いで一番多いのが三色持ちだ。
「ヤハトはどうなの? あの子四色でしょう? 多少合わなくても練習させてもらうのはいいんじゃない?」
「そうですね! 体調が戻ったら聞いてみます!」
ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。
フェナ様と暮らすとか、疲れること間違いなし!!
 




