191.ガラには敵わない
知らない貴族が魔物にやられているさまを夢に見るより、親しい人たちが死んでいる姿を夢に見るほうがキツイということがよくわかった。
細切れ睡眠のせいで目覚ましより早く起きてしまったので、濃い紅茶を飲んで店に行くことにする。
「ぁぁぁ……」
口から魂が抜け出てしまいそうだ。
これはさすがにフェナの屋敷に居候しないといけないかもしれない。でも、色々と整えたのがもったいない。
昨日は家中の照明に魔力を供給しながら、掃除をして過ごした。前にフェナにも言われたが、魔力の回復は我ながら早い。
昨晩炊いたご飯の残りを卵を溶いて入れて、簡単雑炊だ。
「ズボラ飯サイコー」
店の前では少年が掃除をしていた。
「おはようございます、シーナさん」
「おはようワハル。シーナでいいって言ってるのに」
「姉弟子を呼び捨てなんてできません」
今年の春からガラの店に弟子入した茶髪に茶色の目をしたまだ八歳の少年である。
姉弟子という響きに感動する。
自分なんか即呼び捨てにしていたのに、ワハルはとても礼儀正しい子だった。
「おはようございまーす」
「おはよう、早いわね。もう少し休んでればいいのに」
ガラが糸の整理をしながらこちらを見やった。
新しい弟子をとったのには理由がある。とうとう一番上でつかえていたギムルと、もう一人の計二人が店分けをしたのだ。シーナも自宅を持ったことだしと新しく組み紐師希望の孤児を打診した。
神殿教室でも顔を合わせていたワハルが名乗りを上げたのだ。シーナの話に興味津々で聞いていたのを知っていたので、ちょっと嬉しかった。
今は前にシーナが使っていた部屋に居候をして組み紐師になるべく学んでいる。
というか、シーナが来る前はずっと空きができれば孤児を受け入れていたそうだ。その過程で逃げ出す者もいれば、早々に金をためて一人暮らしを始める者もいる。
シーナが家を持っていなかったらせっかくのお仕事斡旋の一枠を塞ぐ事になっていたのかと、家を持てたことに安堵した。
「師匠、旅先で編んだ組み紐の上納分です」
そう言って金貨と、銀貨を取り出す。
「……あなたも律儀ね。旅先のものなんて報告しなけりゃわからないのに」
「でも、フェナ様の組み紐編んだのは知ってるじゃないですか」
まあそうね、と言いながら受け取った硬貨を不審な顔をして見た。
「フェナ様だけじゃないの?」
「それは、アルバートさんに作った身体強化の耳飾りです。師匠に言われた通りンーチェの蜜を持っていって良かったです」
「耳飾りにしたの?」
「はい。水の組み紐を着けるために」
「……解けて作ったんじゃないの?」
声がワントーン低くなる。
「えーっと」
危険な香りがする。
「シーナ、あんたたちなんで絨毯に乗ってこんな早くに帰ってきたの?」
「えー、と」
これはいけない。
ガラはオリエンタルな美人だ。少し濃い目の肌にはっきりした目鼻立ち。黒い髪。美人は怒ると怖い。
「目の下にくまを作って、前の時みたいに眠れていないわね!?」
ヒィィィィ。
「とっとと白状なさい!」
「言っていいことなのかわからないから言えないです〜」
口をひん曲げてなんでか怒っている。
「とにかく、そんな顔じゃ店に出せない。客から質問攻めにされて答えられないって言うつもり? ちょっと、出てくる。皆は店を開けて営業しておいてちょうだい!」
はーいという言葉とともに、同情の視線が降り注ぐ。
「行くわよシーナ!」
観念して後をついて行った。
朝早くからの怒れるガラの来訪に、フェナはニヤニヤ笑って対応している。
「だからうちに泊まれと言ったのに」
食後の紅茶を飲みながら、全部ではないがフェナがガラに説明をした。
「あんた、騒動に巻き込まれるタイプね」
「嫌なタイプです……」
拒否できるなら拒否したい。
「それにしても前よりひどくない?」
「うー、名前も知らないどこぞの貴族様が魔物にバクバクされてる光景よりも、知ってる人が死んじゃうような夢の方がダメージがデカいです」
「それは、イヤね」
テーブルにはバルとフェナしかいない。ヤハトはすぐうろつこうとするので、部屋を封じられているらしい。
「でも、まだそのダンジョンの話は正式に通達されていないんでしょう? 話していいのかわからないのに、そんな顔したあなたを店に出せないわよ」
「日常を取り戻したかったのに……」
「取り戻せるように、とっとと体調を整えなさい」
「じゃあシーナは今日からまたうちで預かりだね」
それはだめだ! せっかくの家なのに。昨日一日掃除と魔力の補給をしてまわったのに!
「やです。ちゃんと家のベッドで寝たいです!」
「ワガママ言わないの! よく眠れるようにしてもらえるんでしょう? その顔をまずなんとかしなさい」
「せっかくおうちに帰ってきたのに……」
フェナ様の屋敷も自室があって、第二の家みたいになっているので、落ち着くのは落ち着くのだが、あの要望を取り入れまくった家とは違う。
「じゃあ私がシーナの家に泊まる」
「ええええー!!」
「いいじゃない。客室もあるし」
「じゃあ決まりだ。夜中起きてるのに気付いたら多少離れてても悪夢を取り除くことはできるしね。バル、今日からしばらくシーナの家にいるからあとはよろしく」
バルは苦笑いしながら頷いていた。
「食事は届けますか?」
「パンだけ届けて。あとはシーナが作るから大丈夫」
「大丈夫じゃないしー!!」
「顔色がマシな日は店に出て良いわよ。だいたい、組み紐一本大金貨って、それだけで余裕でやっていけるじゃない」
「半年は次の組み紐作らないのに」
「それは金銭感覚が完全に狂ってるわよ……まあ、あの家の維持にお金がかかるのはわかるけど」
とっても、かかる。
「ついでに魔力入れるやつはやってあげようかなぁ」
「ぐぬぬ」
観念なさいとガラに言われた。
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シーナには保護者が複数人ついております。
童顔でちんまりしている(日本人の標準です)から、庇護欲が生まれる感じ、なのかもしれない。
フェナ様はお泊りにウキウキです。




