190.無事を噛み締め
全然大丈夫じゃなかったです。
夜中に何度も目が覚める。また同じことを繰り返していた。
「一昨日の夜は眠れたのにぃ〜」
絨毯の旅の夜の野営のことだ。あの日はぐっすり寝た。夢も見ず、ぐっすりだ。
「私の添い寝が功を奏したとか?」
女性のベッドはキングサイズ。落ちたら嫌だとフェナが真ん中に陣取っていた。セサパラはきゃぁ~と喜んでいたから、セサパラには効果ありだろうが。
「えっ……添い寝で落ち着くとか……シアに犠牲となってもらうしかない?」
「普通に考えたらヤハトがやったアレだろう?」
「はっ! フェナ様!?」
「安眠妨害されるのが嫌だったし〜」
バルの指摘通りのようだ。一歩間違えれば記憶を失うこともあるという闇の精霊の安眠魔法。ただ、正直睡眠はありがたい。
「だから、しばらくうちで寝起きしたらいいよ」
「うー、いや、叫んで起きてってわけじゃないし……おうちに帰ります。ただ、眠れない日が続いたらお泊まりに来ます」
ふぅん、とそれ以上は言ってこないフェナを置いて、バルに家まで送ってもらう。別にフェナの屋敷から家までは一人で問題ないのだが、紅茶の瓶があったからだ。
ソニアに預けていた鍵を返してもらい、いざ帰宅である。
十日に一度くらいは風を通してくれていたそうで、室内の空気はこもっておらず、ありがたい限りだ。パスを渡そうとするが、バルから玄関先でと紅茶を次々渡された。
「今後の予定が決まったらまた連絡する」
「今後の予定?」
「神殿で祝いをするんたろう? フェナ様は参加する気満々だよ」
「あー、色々とやること目白押しですね。ヤハトの体調が戻るまでに考えないと。何か報告したりとかは私はしなくて大丈夫です、よね?」
「そういったことは、アルがだいたいやってくれるだろ。残りは多分俺だ」
フェナの後始末だ。いつもいつもお疲れ様である。
「このあと買い出しか? 付いて行くが」
「一人で大丈夫だと思いますけど」
シーナにとってシシリアドはかなり安全な場所だ。街全体がボディーガードである。
「荷物的に」
食料庫も瓶詰めすら空っぽにしていったので、確かにそれはありがたい申し出だった。
「お願いしてしまおうかなぁ……用事大丈夫ですか?」
「今の時間なら問題ないだろう。領主様からの呼び出しがあるとしても昼近くになってからだろうし、フェナ様から知らせが届くさ」
ということで、手のあるうちにお願いすることにした。
米は地下倉庫に積んであるが、野菜と肉が完全にない。そしてお魚も。冷蔵庫の魔導具も完全に魔力が切れているだろう。
「あー、水も頼まないとだし、家を再起動するのに色々とやらないといけないことが多すぎる」
「水の精霊石と火の精霊石は?」
「たぶんもう切れてます」
「ならそれを持ってきて、買い物前にフェナ様に渡して帰りに受け取ろう。水瓶の水は買い物のあとだな」
次々と必要なものと手順を決めていく。有能な……お母さんだ!
「とりあえず荷物を置いて、水と火の精霊石を持っておいで」
「はーい」
段取りの鬼に順番等は任せて買い物に専念することにした。
市場ではフェナの絨毯帰還の話題で持ちきりだった。世界樹や、聖地の様子なども聞かれるので、きれいなところだけ教えておいた。幻想的な灯りの話や、溝に作られた祈りの広場など、皆が求めていることだけを提供する。次期【緑陰】がフェナ関連でおかしくなることは黙っておいた。
パテラやキリツア、ムルルなどの冷暗所なら多少日持ちする物を買い込み、葉物野菜と肉さかなを買い付けた時点で、バルの存在に大感謝だ。風呂敷バッグでは入り切らずに木箱を借りる羽目になった。
フェナから水と火の精霊を込めた精霊石を貰い、代金を払おうとしたら、断られた。お疲れ様のプレゼントだそうだ。
そのまますぐ家に帰ったところに、ちょうど水売りが来た。
フェナが作ってくれた精霊石とは違う、水をたっぷり含んだ精霊石だ。呼びかけるとすぐ来てくれて、玄関横の戸棚のパスを渡すと水瓶へ走った。前にも来てくれた子だ。
「今日はお風呂にもお水を張っておいてくれる?」
「はーい」
玄関先に木箱を下ろすと、それじゃあとバルは帰っていった。
水売りの子に追加の鉄貨を渡す。
「またこれからよろしくね」
パスを返してもらい、戸棚にしまった。
この戸棚も巡礼へ行く前に出来上がったものだ。ホワイトゴートウッドで作られ彫り物がしてある。引き出しのノブ部分は屋根と同じ緑色だ。
身体強化を使って木箱を運ぶが、バルのように軽々とはいかなかった。今日使う分以外のパテラとキリツアは地下室へ、他はズシェに作ってもらった冷蔵庫に入れて、水の精霊石を所定の場所に嵌めると、すぐに庫内はひんやりとした冷気に包まれた。
卵や肉、魚も入れる。
そして、洗面所で手と顔を洗う。
鏡は高かったが、小さいものをつけてもらった。その中の自分の顔を見てため息を付く。
やっと、家に帰ってきた。
はぁぁぁ〜としぼんた風船のように脱力するが、ここで動くのをやめたらたぶんもう今日は何もできなくなる。
せめて米だけは炊いておこうと座り込みたくなる自分にむち打ち地下室へ降りた。米さえ炊いておけば、塩にぎりでも食べられる。精米した残りを保存の陣に置いておいたものがある。
火の精霊石でご飯を仕掛けたら、二階へ上がり、着替えた。シシリアドは夏。かなり暑くなってきている。去年買った身軽な服に着替えると着ていたものを洗浄し、クローゼットに仕舞った。
旅をしていたときのものを一つずつ片付けていくと、ようやく人心地つく。靴を脱げたのもいい。
「よし、やっぱりお魚食べよ」
朝は寝不足すぎてあまり食べられなかった。
内臓を取り除き、塩を振ってオーブンへ。この時魚を乗せるのは、金属製の網の上だ。お魚用にチャムに作ってもらった。
出来上がったゴハンと魚を堪能してまたため息をつく。
「ああ、おうち最高」
美味しいご飯とともに無事の帰還を噛み締めた。
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バルお母さんのおかげでお家の立て直しが一気に捗った感じでした。




