189.ガラへの報告
絨毯は門を越え、神殿の中庭に浮かんだ。下は薬草園だ。なので着地すること無く地面から五十センチくらいのあたりで停止し、荷物を下ろす。
奥からバタバタと神官たちがやってきた。
「おかえりなさいませ……ダンジョンの話はこちらにも伝令がありました。大怪我はないと聞きましたが……」
「まあ無事だ。荷馬車は置いてきた。神殿の一台は補填する。金がいいか? それとも現物がいいか? 馬もどうするか、また後でいいから連絡をくれ」
「フェナ様、ちょっと待って!」
そのまま浮かび上がろうとする絨毯から飛び降りると、奥から来た神官へ駆け寄る。
「ローディアスさん!」
ポケットから祈りの組み紐を取り出す。
「シシリアドの分の一本なんですけど、私が作ったんです!」
シーナが渡すとローディアスは破顔した。
「これは、大切にしなければなりませんね」
「いっぱい使ってください」
できれば酷使して一番最初に解けてほしい。
それではと挨拶をして絨毯へ乗ると、再び空高く舞い上がる。
「また領主様に怒られちゃいますかね」
「今回は仕方ないだろう。どうやら連絡も入っていたことだし」
赤や緑、青、紫と色とりどりの屋根を眼下に眺めながら、やがてフェナの屋敷の庭に降りた。
「空の旅が快適過ぎた……」
最短距離を進んだということもあるし、スピードが尋常ではなかったということもある。たぶん、新幹線より速かった。風景の飛び方が普通じゃなかったのだ。
「フェナ様! おかえりなさいませ」
ゴードたちが駆け寄ってくる。三人とも元気そうだ。
「ヤハトが魔力切れだ。しばらく外出を禁じる」
「かしこまりました」
「自分で歩けるってば!」
バルに担がれ騒いでいるが、腕をはねのけ降りる力がないのだろう。担がれたまま屋敷の中に消えていく。
「シーナはしばらくうちに泊まるだろ?」
「えっ、家に帰るつもりでしたけど……」
「……まあ今日はうちに泊まりなさい。今から買い物をしたりは大変だろう」
「あー、ありがとうございます」
確かに、市場まで行って買い揃えるのはキツイ。巡礼に出る前に食べ物は全部始末した。
「でもとりあえず師匠に報告をしたいので行ってきます」
「そうだな。上客を奪ったと宣言してこい」
「そんな言い方……ぁぁぁぁ、結局そういうことになるのかぁぁぁ」
考えてみれば最も金払いのいい客をとったことになるのだ。そうなることをわかっていて、今まで教えてくれていたのだ。
「最初の稼ぎを差し出すくらいのことをしないと……あ! フェナ様、組み紐代ください!」
「今か?」
「そのまま師匠に渡して来ようかと」
「ガラは、そんなことをされるために教えていたのではないと思うぞ。反対に怒りそうだ」
確かにそれはありそう。
「でも、帰りの王都すっ飛ばしてきたからお土産も何もないんですよ〜〜〜」
絨毯の上で気づいた大失態だ。本当はたくさんあった保存の陣を借りて、メロンみたいなフルーツとか、簪とかをお土産にしようと思っていた。
「王都での土産とはいかないだろうけど、ソワーズの茶葉はたくさん積んできたから、それを持っていこう」
「えっ!」
「あの箱の山はそう言うことか」
アルバートが絨毯の上の木箱を指差す。
「どのくらい持っていく? 急だったからそんなに種類は準備できなかったけど」
「ありがとうございます〜一つおいくらですか?」
「お金は気にしないで」
「そんなわけには!!」
「種類ごとに一つずつくれ」
遠慮なんて文字はフェナの辞書にはない。
アルバートは茶葉の瓶を五つ出す。
「ガラへ五種類一瓶ずつと、シーナも一瓶ずつでいいかな?」
「え、でも!」
「シーナ、聞いて? 私はそれなりに給金を頂いている。維持する屋敷も爵位もない。つまり、結構金はある。シーナほどじゃないけどね。遠慮はいらないよ」
胸に手を当てとうとう金について語りだすアルバートに、もうお礼を言うしか選択肢は残されていなかった。
「シーナの瓶もとりあえず預かっておこう」
「残りは運ぶのに人をやります」
「いや、気が向いたからこのまま絨毯で屋敷の前まで運んでやろう。アルはシーナをガラの店まで連れて行って、ちゃんとここまで送ってくれ」
「わかりました」
「え、一人でいけますよ!?」
「瓶を五つ抱えて?」
うっ、と言葉に詰まる。
ソワーズの茶葉の瓶は結構大きかった。
結局お言葉に甘えることとなった。
潮の匂いが交じるシシリアドの風を思い切り吸い込む。
「帰ってきたぁ〜」
「そうだね、正直、王都に寄らなくて済んだのが助かったと思ってしまった」
「また呼び出されそうでしたもんね〜」
終わり良ければ全て良しといったやつだ。あとはヤハトの完全回復を待つだけ。
ギルド広場の自宅前を通り過ぎる。ガラの店に近づくにつれて顔見知りが増えてくる。
「おかえりシーナ。空飛ぶ絨毯で帰還とは派手だねぇ」
「フェナ様が荷馬車の旅嫌になったのかい?」
「世界樹様はどうだった?」
「お疲れ様、北の方は涼しかったの?」
かけられた言葉に応えていると、帰ってきたんだなとあらためて実感する。
店の前で一度止まり、ふぅっと気合を入れてドアを開ける。
シャラランと懐かしいドアベルの音と、ガラの店のお香の香りに包まれる。
「あら、シーナ!」
「おかえり!」
「ちょっと早すぎないか? もう一ヶ月はかかるはずだろう?」
どうやら店の中まで噂はまだ入ってきていなかったらしく、突然のシーナの帰還に皆が驚いている。
ただいまと口を開いたところに奥からガラが現れた。その顔を見たら、急に涙腺が崩壊した。
「師匠ぃ〜」
「やだ、何この子は。一体どうしたのよ」
次から次へと溢れる涙を右手で拭う。
布で二本ずつをまとめた瓶を両手に抱えたアルバートはどうしたらいいのかとシーナの横で困っていた。
「師匠、私、フェナ様の組み紐師になりました〜」
ズビズビと鼻をすすりながら、そう言い切る。
ガラはもともと大きな瞳を真ん丸にさせて、驚きやがて顔をほころばせた。
「おめでとうシーナ! 本当におめでとう!」
兄姉弟子たちも、大体の事情は察している。
「おめでとうシーナ!」
「六色を編み切ったのね! すごいわ!」
「うわぁぁんん!ありがとうございます」
ガラも少し涙目になりながら祝ってくれたのが、何よりも嬉しかった。
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さあ! 日常を取り戻すぞー!
とうとうアルバートも金を語りだす。




