185.最下層手前
そこからはフェナ無双だった。接敵すればすぐに散る。なんなら接敵する前に倒していた。
そして、明らかに魔物が増えてきている。
いつの間にか地鳴りも止んでいた。
「ダンジョンが固定されたようですね」
バルはぐったりしたヤハトを担いだまま索敵していたようだ。
「五階下が最下層です」
「わかった」
密閉空間で火を使うのは愚か者と、フェナは主として風を使って魔物を始末している。
風で切り裂き、水で貫き、土で押しつぶす。魔石や素材のことを考えずにやると、基本単なる暴力になる。
しかしそうなると問題は匂いだった。
「気持ち悪い……」
半べそかきながら、アルバートに連れられている。先程借りたハンカチを鼻と口に当てながら進んでいたが、そろそろ限界。何しろ数が多い。
「軟弱だなぁ。糸の素材よりましだと思うが」
フェナが手を振るい、風が吹き抜けて匂いが消える。
「ふぁぁぁー、新鮮な空気!!」
「眼の前にこんなに魔物の死体があって、新鮮も何も無いだろう」
切り刻まれたそれらは、グロテスクな代物だったが、匂いが消えるとそんなに気にならなくなる。
「匂いって重要なファクターだってよくわかりました。眼の前にあっても匂いが消えたらテレビの中のものみたいに思えてそこまで怖くない」
「ギャアギャア叫ぶよりはマシだが……」
そう言いながらまた腕を振るうと、通路の先でギチギチという鳴き声が聞こえて消えた。
「組み紐が変わって何がどのくらい変わったんですか?」
もともと腕を一振りでやっていた人だから、何が変わったかわからない。ただ、いつもよりキラキラしている気がする。
「そうだな……同じことをやるのに反応スピードが五倍、消費魔力が半分以下。私が本気でやるときは自分の体を動かすのも精霊だから、私の動き自体も速くなる」
「戦闘の組み立て方も変わってきますね」
バルが言うと、応えて頷く。
「魔力の消費量が半分で済むのがかなり大きい。私の魔力量はこの世界でも五本の指に入る。普段の訓練で魔力効率も上げている。少ない魔力で精霊を従える訓練をしている。普通の魔物相手なら、ほぼ魔力切れは起きないだろう。一日力をふるい続けていられるようになった」
「今エセルバート様と狩り勝負したら――」
「圧勝だな。スピードで負けることがない」
そんな話をしながらも、向かってくる魔物を始末していった。道幅は決まっているのでそれほど大型のものはいないが、鋭い牙や爪を持ったものや、天井に張り付いて迫ってくるものなど、様々な種類の魔物がいた。
そして、階を降りるごとに、体の震えが抑えられなくなっていく。
とうとう、この道を下れば最下層というところまできた。
絶対に降りたくない。
「大きな空洞になっています」
「一匹のみか。そこは他のダンジョンと変わらないな」
足が地面から生えているかのように、もう一歩も進みたくない。
足が動かない。
「フェナ様……」
「どうした?」
「私頑張るから、頑張って歩くから、戻りましょう」
「何を……」
「今のフェナ様なら、敵なしじゃないですか! お腹すくのも我慢できますから!」
だから、ここから前には進みたくない。
「アル、シーナを担げるか?」
「大丈夫です」
「やだやだ、フェナ様だってわかってますよね? この下にいるやつは、ヤバイです。絶対に――」
敵いっこない。
その言葉を発することはできなかった。皆それくらい、とっくにわかっているのだ。
「最終的にこのダンジョンは百層以上になっている。下から上に登るには、体力がいるんだ。食料無しで、ずっと進めるほどの状態ではない」
口にはしないが、ヤハトはもう歩くこともキツイ。そしてそのヤハトを背負っているバルの体力も時間が経てば経つほど辛くなる。
「転移陣の話は聞いているだろ?」
「最下層の魔物のそばにかならずある、脱出口ですよね」
「なぜそんな物があるのか諸説あるが、最下層の魔物自身が生み出しているというのは間違っていないようだ。陣を写し取ってはみたものの、我々には理解できないものだった」
研究してはみたが、根本的に何かが違うということで、活用し、作り上げることはできなかった。
「とにかく、隙を見て転移陣に乗れたら勝ちだ」
初めから、フェナも倒そうなどと思っていないのか。
「アル、私が引き付けるから、転移陣に魔力を注げ。シーナとバルも陣に乗るように」
「フェナ様は?」
「私はなんとかする」
「なんとかって……」
「バル、わかったな?」
「……了解いたしました」
バルは目を伏せ従う。
アルバートを見ると彼も口を真一文字に引き結び、堪えている。
「私たちがいないほうが勝率は上りますか?」
シーナの問いに、フェナは軽く目を見開いた。
そして、笑う。
「そうだな、思う存分やれる」
「わかりました」
ぐっと手を握りしめる。それがフェナの意向なら従うしかない。
「でも、絶対に帰ってきてくださいね! 地上で待ってます。フェナ様は、私の金づるなんですから! 九の雫の組み紐なんて、大金貨ものでしょう!?」
「確かに。大金貨の価値がある」
「それに、帰ったら作りたいご飯思い出したし、デザートも作れそうな新しいもの思いついたし、王都で買った香辛料で、カレー再現研究始めようと思うし、フェナ様に食べてもらわないといけないものたくさんあるんですから!」
後半声が震えているのが自分でもわかる。
「それは、何としても帰らないといけないなぁ」
「そうです、絶対に帰って来てもらわないと」
わかったわかったと言って、フェナはシーナに向かって微笑み、ヤハトの頭をぽんと抑えた。バルの背中で、ヤハトは何も言わずにずっと泣いていた。
「さあ行こうか」
最下層に降りる緩やかな道を、フェナを先頭にゆっくりと降りていく。
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次回でダンジョン編は一応終わりかな。
わりとすぐシシリアドに戻っていきまーす。
やべぇやつの正体とは!!




