182.ダンジョン生成
何度も小さく囁かれるアルバートの声に、ようやく反応することができるようになった。
指先の震えは止まらないが、どうにか気持ちが落ち着いてきた。
「まず、どうしたらいいですか?」
シーナの言葉に体を離して、ホッとしたような笑顔を見せた。
「まだ魔物が増えていないうちにフェナ様たちと合流するのが第一だと思う」
「フェナ様も落ちてるの?」
「索敵でわかったことだが、多分三人いっしょにいる。ただ、まだダンジョン化が進んでいる途中で、位置がどのくらい離れているのか、地鳴りがするたびに変わるからわからない」
言ったそばからまた地鳴りだ。
「だが、位置が動くからといってここにとどまっていても始まらないし、地鳴りが終わればダンジョンは活性化して魔物が増えていく。だから、なるべく近づけるように私たちも動いた方が良いと思う」
アルバートの荷物はウエストポーチのようにベルトに下げている分だけだった。剣がなくなっていなかったのは本当に良かった。
シーナの戦闘力はゼロだ。
領主のエドワールからもらった護身用の魔導具のみ。
「後ろを気にせず戦えるのは助かるよ。とはいえ、なるべく魔物避けていこう」
シーナもそれには同意だ。
「シーナ、身体強化の耳飾りの予備はあったりしない?」
「えっと、ないですけど、すぐ作ることはできます。本当にすぐです」
材料は持っている。十分もあればできる。
鞄から丸台のパーツを取り出し組み立てる。身体強化の耳飾りはかなりの数を作ったので手が覚えている。
「はい、どうぞ」
受け取ったアルバートは迷いなく耳へ突き刺す。
「アル、それはワイルド過ぎる……」
「開ける道具がないからね、仕方ないさ」
そして左腕にしていた組み紐を外して腰の鞄から淡い紫色の組み紐を取り出した。
「水?」
「一応ね、ただまあ、シシリアドでは必要ないし、残念ながら一色しか使えないからなぁ。精霊使いとするには最低二色はないとね。ただ、ここでは少しでも使える手を増やしたい。さあ行こう。片付けて」
飲水はフェナとヤハトに頼っていた。なのでアルバートの水は本当に助かった。
魔物には近づかないよう、回り道をして歩いて行く。土や石でできた通路は、やはり同じくらいの大きさを保ちつつ、続いている。何度か斜め下への道があった。ダンジョンとして人が入ってくると、ああいった場所が階段になるよう人の手が加わるらしい。特に上層階で良い獲物が捕れるダンジョンは、半ば住み着く人間もでてくるという。
何度目かわからない地鳴りがし、アルバートがまた索敵を使う。
「そう言えば、神官のみなさんは大丈夫かな」
先を行くアルバートが振り返って止まる。
「この状態で神官の心配なんて……シーナらしいね」
「私らしい?」
「あの時もそうだったろ? シシリアドで子どもたちが攫われて追いかけて。普通は孤児院の子どもより自分の命だ」
「だってあれは、私のせいで……」
シーナに関わっていなければ本来子どもたちが攫われるようなことなんてなかった。
「フェナ様がお怒りになってるところを、子どもたちの心配をしてた。自分だって怖い思いをしたのに」
「でも……」
「ソワーズまでは半日の距離だし、街道沿いに来たから、皆で荷馬車に乗って駆ければきっと大丈夫だよ。……まあ、私はそんなシーナが素敵だと思ったんだ」
「えっ」
「自分の身が危険なときでも、周囲のことを考える君が、す、ごいと思ったんだ」
ちょうど光源がなく、アルバートの表情はあまり良く見えなかった。さあ、と促され再び歩き出す。
索敵の耳飾りは優秀なようで、今のところ魔物に遭っていない。それでも腕の鳥肌は消えていない。
「……シーナは前に『現実味が薄い』と言っていたよね。それは今でも続いているの?」
「今は、限りなくリアルですよ。とても、怖いです」
「うーん、ダンジョンに落ちたからというわけでなく、例えばこの聖地への旅路とか、そこで起こったこととか」
それはどうだろう。あらためて聞かれると困る。確かに前よりは地に足がついているというか、生活をしていると感じることは多い。
ここに来たばかりの時、冬を超えた時、披露宴で大変な目に遭った時。その時よりはこの世界を現実だと感じているとは思う。
「ねえシーナ、フェナ様や、バル、ヤハト……それに、私といても、まだこの世界は君の生きている世界じゃない?」
アルバートがシーナの手を握る。
「シーナにとって、私は現実ではない?」
突然の問いかけに頭の中が真っ白になる。シーナの手を握るアルバートのそれはもちろんとても現実的で、少し力を込めて握ればあちらもぎゅと握り返してくれるところなど、現実以外の何物でもない。
ただ、アルバートの質問の意図にどう答えるのがよいかわからない。
「えっと……」
答えあぐねていると、シッ、と黙るように言われた。
「……すぐそこに魔物が湧いた。最近あまりこういった荒事に対処していなかったから、湧いてすぐのさほど力のないときに少し、勘を取り戻しておきたい」
「じゃあ私はここで待って――」
「いや、途中でまたダンジョンの成長があってシーナと分かれるのは困る。目を閉じていてもいいから、一緒に来てくれるか?」
「あ、はい」
たしかに、これでアルバートと離れてしまったら絶望しかない。
少しだけ離れて後をついていく。なるべく足音を立てないよう、静かに向かう。
角を曲がる直前にアルバートは駆け出した。左手に水の塊が現れる。
シーナもすぐ後を追うが、角を曲がって状況を把握した時にはもう終わっていた。
「水の感覚も鈍ってなさそうだ。大丈夫?」
「うん」
この旅程で何度も魔物には遭遇しているので、死んでいる状態ならそこまで焦らない。
「フェナ様たちはもう少し下だ……それなりの数に遭遇しているようだし、やはり早めに合流したいな」
「そんなこともわかるんだ」
「バルは索敵のプロだから、相手が何かまで大体わかっていたろ? 私はそこまでではないから、それでも数と場所は把握できる。多少の大きさや強さもね」
急ごうと、切り捨てた魔物を避けて、進んでいった。
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