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177.オズワールドと五葉

「そこまで警戒しなくてもいいだろう。何もとって食うわけでもない」

 と言われても、完全に決着がついたわけではない。自分のやらかしでエセルバートに不利益を被らせることは困るし、シーナもシシリアドへ帰れなくなるのは嫌だ。

「一応迎えに来たわけだが?」

「ありがとうございます」

 かなり低い声だ。電話なら聞き取るのに苦労するだろう。今も、こちらを向いてくれないと聞き漏らしそうになる。それくらい、彼は声を抑えていた。

「エセルバートと、フェナ様は仲良く狩りだと聞いた」

 仲良くには一応反論すべきか悩む。

「根の儀式でやられてしまったからな。ほぼあれで決定打だ。【若葉】の票もエセルバートに流れている。そんな私の起死回生の策はシーナさんくらいなのだが、受け入れてはもらえないだろうか」

「申し訳ありませんが」

 周りに彼の派閥の神官しかいないところで答えるのは少し怖いが、こういったことは即座に否定しておくべきだろう。

「ならば、諦めるしかないな」

「オズワールド様!」

 当の本人より周りの方が諦めきれないらしく、声を上げる。しかしオズワールドは手で彼らを制した。

「私、シシリアドの自宅にホェイワーズのベッドを入れたところなんです。大金貨たくさん使ったんですよ。今回の旅路でまざまざと思い知らされました。あのベッドは本当に最高。家全体に虫除けの魔導具も使ってるし、気に入りの家具もたくさん買ったので、しばらくシシリアドから動く気はまったくありません」

「ホェイワーズか……一応私のベッドもホェイワーズだが?」

「神官様のベッドがホェイワーズは色々と問題なのでは? というか、五葉になるってどんなメリットがあるんですか? 聖地って場所が僻地にあるから、お布施の分配とかでお金が入ってきてもそんなに使うところがない気がするんですよね」

 思い切って聞いてみる。一応神官は貴族ではないと言われるからできる所業だ。案の定周りの空気はピリついた。

「最初に断っておくが、人々からの布施は、この聖地を維持するために使ったり、各領地に分配されたりで我々神官の私腹を肥やすためのものではない。聖地における地位と言うよりも、五葉を援助している貴族たちの動きが変わるのだ」

「オズワールド様……」

 今度は戸惑いを含んだ声。

「ああ……実家の地位が上がるのか……ほんとに、政治と宗教が密接な関係にあるのですね」

「まあ、もとより【万緑】は私の血縁。他の五葉がエセルバートを支持するのは当然のことだ。五葉の均衡という意味ではな。だからこそ【若葉】の動きが謎であったのだが……まあよい。何事もなければ明後日には出立できるだろう。そなたに世界樹様のお導きがありますよう」

「ありがとうございます」

 周囲からのため息。まあ、神官にもそれぞれ血縁の貴族がたくさんいるのだろう。担ぎ上げた神輿が諦めモードならば、回りも諦めるしかない。

「あのクッキーとやらはとても美味だった」

「まだ余っていたら、一応エセルバート様に聞いてからお届けしますね」

 ようやく見慣れた【緑陰】の区画へ入る。

「シーナ!」

 駆けて来るアルバートの顔は心配と怒りが混ざった険しいものだ。

「アル――」

 ぐっと、腕を掴まれ耳元で囁かれた。

「本当に、私の下へ来ないか?」

「ごめんなさい、聖地、お魚がないから……島国育ちなんで魚が生活に必要なんですよ。川魚じゃなくて海のお魚が」

 これは本心。お断りの文句に考えていたものの一つ。それに、面倒くさい諸々を省いたとしても、聖地で暮らすのはつまらなそうだ。

「魚……」

 少し呆然としたような声のオズワールドから逃れ、アルバートの下へと走る。

 振り返って礼を言う。

「お迎えありがとうございました! 助かりました」

「シーナ、怪我は?」

「大丈夫。心配かけてごめんなさい。【深緑】様に助けていただいたの。私は安全な場所にいたから大丈夫だよ」

 ああ、と空気を吐き出すような返事をして、シーナの腕を取り部屋へ向かう。

「アルは? 大丈夫だった?」

「私は――大丈夫だ」

 かなり早足でシーナたちの部屋へ戻る。

 部屋に入ったところで一度だけぎゅっと抱きしめられて、ソファへ促された。

「手を離してしまったときは、本当に、心臓が止まるかと思った……」

「私も、周りの人たち皆背が高いし、人の流れに分断されるし。かなり焦った」

「無事で良かった」

 絞り出すような声に罪悪感がむくむくと湧き出す。とても心配をかけていたのに呑気にお茶をもらっておしゃべりに興じていたのだ。申し訳ない。

 ソファの隣に座ったアルバートが、前傾姿勢で頭を抱えたまま動かない。

 沈黙が気まずい。

 眼の前に落ちている軽く毛先がカールしている金髪の頭に、思わず手を伸ばして撫でてしまう。最初はピクリと動いたそれだが、なされるかままにされている。

 やがて、しばらくして、体を起こしたアルバートは半眼になってシーナを見つめた。

「防御の魔導具だけではだめだ」

「は、はい」

 右手に嵌っている領主からもらった指輪のことだ。

「シシリアドに帰ったら、シーナの位置がわかる魔導具を作ってもらう」

 GPS持たされる!?

「終わってみればほんの短い間だったかもしれないが、寿命が縮む思いだった。あんな思い、二度としたくない」

「ごめんなさい……」

「別にシーナが悪いわけではない」

 それでも、謝罪する。

「ごめんね」

 迷子を探すお母さんの気持ちだろう。昔、祭りで隣を歩いていたはずの弟が消えた時の、あの焦りと恐怖は忘れられない。

 今度はこちらからアルバートをぎゅっと抱きしめる。

「ごめんね」

 さっきは、割と胸板が厚いなどと不届きなことを考えていたのがさらに申し訳ない。

「シーナが悪いわけじゃないんだ……」

 アルバートも腕に力を込めた。

ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。


まあ、【緑陰】戦はほぼ終了です。

もう少しで聖地出発いたす〜その後が書きたかったところで、あとは最後を目指すはずが今色々書くこと増えております……おかしいなぁ

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