176.フェナ残留の噂
「前から何を考えているかよくわからないが、そんなデマを流してどうしたいのだろうな……それとも、その本人は本当にフェナ様が残ると思っているのか?」
「フェナ様が残るとなにかいいことがあるのですか?」
「強い精霊使いがいるのは心強いことではある」
「ですが、それならばエセルバート様も十分にお強いんでしょう?」
「そうだな……狩りはだいたい彼がまとめ上げているな。やはり何かの間違いか」
「さあ……」
利権がどのように絡んでいるのかわからないし、フェナ滞在がどんな影響を与えるかもわからない。五葉の力関係の話も出るが、五葉がなにを得としているのかもわからないのだ。こんな北の地の聖地に閉じこもり、得られるモノは何なのだろうか?
「虚偽の噂をもたらし、相手陣営を撹乱させる、か? 【緑陰】戦であれば、もうエセルバートについたようなのに、な」
「【深緑】様はエセルバート様派でしたね。おめでとうございます」
「まあ、どう考えても次期【緑陰】はエセルバートであったろう。オズワールドも有能ではあるが、対抗がアレでは勝負にならない。現【万緑】はオズワールドの血縁だから、あちら側につかざるを得ないのだ。【若葉】は状況を楽しんでいるだけだと思う。エセルバートの欠点を探すとすれば……狩りに行き過ぎるところだろうか。まあ、【緑陰】の仕事が回ってくるだろうから、しばらくはそれもできないだろうな。そういった意味で、フェナ様がいらっしゃれば、代わりに狩りをしてくださるのか……」
考え込む彼に、シーナはきっぱりと言いきった。
「いえ、エセルバート様は絶対、フェナ様が狩りに行くとなったらウキウキで自分もついて行くタイプですよ。仕事が回らないで【緑陰】の神官たちが苦しむ羽目に陥ります」
さもありなん、と【深緑】が笑う。
「さて、私は業務がある。神官を二人置いておくから、迎えが来るまで待っていなさい」
「ありがとうございます」
【深緑】が立ち去ったあと、立っていられるのも落ち着かないので、残された二人に座ってもらう。
お互いだんまりなのも気まずいので、話題に上げるなら世界樹の震えの話だろう。世界樹に関しての神官の口はとても滑らかだ。
「震えが起こったのは一年くらい前でしたっけ?」
「確かそれくらいだ。久しぶりで我々も驚いた。まあ、大騒ぎになるほどではないが、たまにであって頻繁にはないので、見てみようと外には向かったな」
「何度か立ち会ってる我々でも浮き立つのですから、初めて体験した方々があのようになるのも仕方のないことですね。怪我人がなければよいのですが」
まだ騒ぎは収束していないのでわからないそうだ。
「大祭のときよりは年のはじめに多いものだと思っていました。この時期は珍しい。故に我々も突然のことに対応しきれませんでした。シーナさんもお怪我がなくてよかったです」
「【深緑】様に助けていただいて助かりました。周りは皆私より背の高い人が多かったので」
マナは大丈夫だっただろうか。
「広場には精霊使いもいらっしゃいましたから、ひどいことにはなっていないと思いますが」
あとでタムルあたりに聞いてみよう。
「世界樹様が震えるのは喜んでいるからなんですか?」
「ハッキリとはわかりませんが、冬明けに震えることが多いのは、皆の祈りが届くからだと言う噂はありますね。たまに世界樹様のご機嫌のいいときもありますし」
ご機嫌?
「なんとなくですけど、世界樹様のお気持ちが落ちていると感じることがあります。そんな時はより心を込めて祈るようにしています」
とてもスピリチュアルな話だった。いや、他の種の特質のようなものか?
「先日の根の儀式の時も世界樹様は喜んでいたように思えたけど」
「フェナ様のリュウはとても大きくて力強かったからね」
「リュウっていうのは、実際にいる魔物なんですか? それとも想像のもの?」
なんとなく、彼らの話すリュウの音が、シーナの考えている龍でなく、ガガゼやコベルナのような魔物の名前に聞こえた。
「リュウはいる、と言われているけど、出会った人はいない、らしい」
「とても固い鱗を持ち、長い体を持つ。そして羽根もなしに自由に宙を舞い、口から炎を吐き出す、恐ろしく、また神聖な魔物と言われてる」
「神聖?」
「闇から自然と現れた魔物ではなく、世界樹様が作り出した魔物だと言われてるからね」
魔物の王様らしい。
「怖いですね。フェナ様の出してたやつはきれいだったけど」
「でも私は会ってみたいですね。魔物の王に」
「私はフェナ様のリュウだけでいい。リュウは破滅の象徴としても語られるし」
「だから、カッコいいんじゃないか。闇の精霊が纏わりつく破滅の魔物の王とか……」
これは……くっ俺の右腕がとか言っちゃう闇に魅入られがちな世代の子か!
たぶん十八歳になっていない男の子なのだが、もう一人の神官はそんな彼の弁に苦笑いを浮かべている。
しかし、精霊は本当にいるし、普通に成立するのだ。この世界は。こういったお年頃の子は存外生きやすいのかもしれない。本当にやっちまったらだめだけど。
シーナも一緒になって、微笑ましいなぁと眺めていると、そんな視線に気づいたのか話を変えてきた。
「そう言えば、フェナ様はエセルバート様のもとに残るのですか?」
「ん〜、普通に考えたらそうはならないと思うんだけど、神官様はフェナ様に残っていただきたいのですか?」
「い、いいえ。そういうわけではありませんが……その、フェナ様がエセルバート様の部屋で夜を過ごしたというお噂を」
「ええっ!?」
「それは初耳と言うか、どこからそんな話を聞いて来たんだ、お前は」
一夜を?? あり得ないあり得ない。デマ·オブ·ザ·イヤーもいいところである。
「なぜそんなでまかせを聞いたのかはわかりませんが、フェナ様はまだ依頼を遂行中ですからね。放り出して帰ることは、普通はないと思いますよ?」
フェナが残るという噂が聞こえてくるのがおかしい。
「確かに仰る通りですね!」
年若の神官の顔が明るくなる。解答を得たといった表情だ。
なんだか一喜一憂が激しくて面白い。【緑陰】の神官たちはタムルを筆頭に無表情な人が多い。
「シーナさん、お迎えです」
声をかけられ、顔を上げ、表情を変えずに固定できたことを褒める。最近は貴族に接することが多く、表情を変えることをワンテンポ遅らせる技術を習得しつつある。
食堂の出入り口にいたのは、オズワールドだった。
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とんでもないデマを聞くシーナ。
フェナ様が聞いたらどうなることやらです。




