175.落とし子たちの祈り
マナと合流すると、チキュウ種の集まりに来ていた人もいた。
「そろそろ発つと聞いたから、ちょうどいいかなって思って。忙しくなかった?」
「ううん。暇していたところ」
マナはよかったと破顔する。
「アルも一緒でも構わない?」
「もちろん! 単に祈るだけだからね」
誰でも参加オーケーで、十日ごとくらいに行われているらしい。時間も日にちも、わりと急に決まることが多いそうだ。
「他の種の人がね、今日やろうと決めて連絡をくれたの。私達はさ、というか、私はあんまり霊感とか、超能力じみたものは一切なしなんだけど、他の種の人は、もともと持っていたりするんだって。まあ、ここにきて魔力というものがあるからもう驚くことはないんだけど……なんかその人たちが、今日の精霊樹様は、お祈りを欲しがっているって言い出して。いつもそうやって開催日が決まるんだよ。その日にお祈りをすると、世界樹様が喜んでいる、感じがするんだってさ」
私は全然わからないけどね、とマナが言った。隣の地球種の彼も、同じくまったくわからないらしい。
「チキュウ種にそういった能力はなしってことかぁ」
「残念ながら」
タムルが祈るならばと布を持ってきてくれた。もうだいぶ集まっていて、先日の根の儀式とは言わないが、広間には人がひしめいている。見渡すが、誰が落とし子で、誰がそうでないか、全然わからなかった。外見ではわからないということだ。
「全員がそうというわけじゃないよ。神官の方もいるし、冒険者の人たちもいる」
冒険者たちは、神官の仕事が終わるまでは帰ることはできない。はっきり言って暇なのだろう。
祈りは三の鐘と同時に始めるという。シーナも布を広げ、あぐらをかいた。
「……靴脱ぎたいよねぇ」
「ほんと、それー!」
シーナとマナは顔を見合わせ笑う。布の上に土足も嫌だし、靴の底が服につくのも嫌だ。
「シシリアドに家ができました。それでね、二階は土足厳禁にしたの」
「それはすごい!」
「客室もあるから、とっても遠いし、難しいだろうけど、もし、シシリアドに来ることがあったら是非泊まりに来てね」
「お気持ちが嬉しい!」
地球なら、この程度の距離、飛行機でひとっ飛びだ。それが難しい世界。色々と残念である。
と、鐘が鳴った。
自然と皆が祈りを始める。マナの身体が淡く光っている。その隣も、そのまた隣も。
祈りの組み紐をつけていた時のシーナほどではないが、本当にうっすらぼんやりではあるが、光っていた。今なら誰が落とし子で、誰がそうでないか言い当てる自信がある。
心の中で焦る。これは、シーナも祈っていいのか? と。
ただ、聖地に金目銀目は他にいないと言っていた。たぶんあれは、聖地に来ていないと言うことだろう。
それに、王都にいた一人は領地に帰り、もう一人は王都ということだ。たぶん。
少し、祈りの組み紐がない状態で、祈ってみたくなってしまった。
すこーし、少しだけ。ほんの少し魔力を乗せて祈る。魔力を合わせている手のひらの中に集めるよう意識して祈る。
どうか、無事皆でシシリアドに帰ることが出来ますように、と。
そしてすぐ後悔した。
精霊が、煌めいて渦を巻いている。
やらかした! と内心の焦りをひた隠しにして祈る。早く、世界樹の下へ!
風が吹いたような気がした。
地を這うような低いざわめきが広がる。
「世界樹様が喜んでいる」
誰かがそう言った。
そびえ立ち、天を覆い尽くしている世界樹が、その葉をざわざわと揺らしているのだ。
「世界樹様!」
「世界樹様のお導きがありますように!」
辺りは、突然の熱気に包まれる。
世界樹様とうわ言のように繰り返す。
座っていたはずの人々が立ち上がり、天に、世界樹に手を伸ばす。
暴動ではないが突然起きた世界樹の葉が揺れると言う出来事に、熱狂した者たちに押されて、ここで倒れたら踏み潰されてしまう。
アルバートが、強く手を引くので頷いて【緑陰】へ通じる道を目指すが、人が腕にぶつかり、その手を離してしまった。
アルバートの青い瞳が人と人に阻まれ、さらに間に重なる人に伸ばした手も宙をかく。
とにかく【緑陰】へと進んでいるつもりが、流れがそれを阻んでいった。
必死でもがくが、突然腕を掴まれる。
「シーナさん、あなたの身長では危険だ」
根の儀式のときにみた五葉だ。緑がかった黒髪に、茶色の瞳の四十くらいに見える男だ。
【若葉】【常緑】ではない誰か。
「こちらは【緑陰】と真反対だ……遠いな。とりあえず【深緑】へ」
周囲の神官も盾になって、シーナが通りやすいように壁を作って誘導してくれる。
正直、これが正しいのかはわからないが、あの場にいたらいつか倒れて踏みつけられそうで怖かったので、助かったという気持ちのほうが大きい。
オズワールド派の【万緑】でなかっただけましだ。
腕を掴まれたまま、通路へ入る。
世界樹の様子を見たい者たちとすれ違うが、広場よりは空いていた。
「私の部屋……いや、食堂に行こう。【緑陰】へ遣いに行ってくれるか?」
そばの神官に【深緑】が願うと、彼は頷いて来た道を引き返した。
通路もごった返しているが、【深緑】の領域に入ったのか、道は自然と譲られる。強く掴んでいた手も離され、程よい距離を空けて促された。
エセルバートの食堂は、あくまで個人の部屋だ。
しかし、【深緑】の食堂は神官や冒険者たちも食事を摂る場所で、とても広かった。到着した日の宴会場のような場所ではなく、シシリアドの孤児院にあるような、長椅子長机がいくつも並ぶ、食堂らしい食堂だった。
「お茶を」
神官たちは心得たとばかりに動き出し、高そうなティーセットと菓子が並べられた。ナッツ類を蜂蜜で固めたものだ。
「たまにあるのだ、世界樹様の震えは。普段は神官たちだけなのでここまで大事にはならないのだが、外の者たちにしてみたら、世界樹様の反応はとても驚くだろうな」
お茶を飲むよう勧められ、口をつける。
「今日はフェナ様はご一緒ではなかったのか」
「はい。エセルバート様と狩りに」
「なんだかんだと仲が良いのだな」
「そうですね……」
悪くは、ないのだろうとシーナも思う。ただ、どちらが上かを譲る気がないのだ、お互い。そして今はそれぞれ進む道が完全に方向を違えてる。フェナはポーズでも、拒否の姿勢を明らかにしておかなければならないだけだろう。
「フェナ様が聖地に残るという話が真実か」
「えっ!?」
寝耳に水どころか、それは天地がひっくり返ってもあり得ない。
「エセルバート様がそんな事を言っていたんですか?」
「いや、違うのか? 【若葉】の神官から聞いたと伝えられているのだが……」
【若葉】? あの人は何をしたいのだろうか。
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しでかすシーナ。
興奮した人混みはなかなかに怖いこと。




