172.祈りの組み紐を編んでみる
「神官に渡す組み紐が足りなくなってな」
紙をミモリヘ渡すと、彼女は頷いて籠に入れた祈りの組み紐を渡した。
「ご確認ください」
オズワールドが後ろに控えていた神官に渡すと、彼らが数えて頷く。
「ありがとう。それを届けてくれ」
「おや、君は? シシリアドの監査がだいぶおくれているようだが?」
「雫葬についての書類で色々と確認をすることがあってね。まあ、もうすぐ終わる。私は、シーナさんが祈りの組み紐を作るという話を聞いたから、少し興味があって見に来たのだ」
ギリギリのところで、おかしな声をあげずに済んだ。そんな話聞いていない。
フェナを見ると無表情だ。
「準備はできていますよ」
ミモリの返事で犯人はエセルバートに確定した。余計なことを。
「身体強化や魔除けと同じで紋様をきちんと入れられればできるわ。さあどうぞ」
断れないやつ……ここまで、身体強化の組み紐を外して頑張ってきたのに。いや、フェナも最初はシーナの魔力が光っていることに気づいてなかった。というか、自分すら気づいてなかった。
初めて知ったのは雫葬のときだ。
あの頃から何かが変わってきている。
心当たりがヤハトと一緒にした魔力を円滑に動かす訓練くらいしか思い当たらない。
「椅子でやる? それとも絨毯に座ってがいいかしら?」
「椅子で、お願いします」
せっかく用意してくれているのに、イヤイヤやるのはちょっと申し訳なさすぎて、せっかくなので楽しむことにした。
もう、どうにでもなぁれ〜だ。
「紋様の図案はこれで、基本の目数が……」
と細かい数字を教えてくれる。我ながらすっかり組み紐師で、耳からの情報だけでバッチリ覚えることができた。
糸を巻いたコマを交差し、すいすいと編む。
「とてもきれいな目ね。三年目と聞いていたけれど、まるで十年編んでいるようよ」
ミモリはつど褒めてくれるので照れくさい。
だがそれよりも、周囲の圧がすごい。
「ちょっと離れてもらっていいですか? 影になるので」
教師役のミモリはいいのだが、他の三人がだんだん身を乗り出してくるのだ。
見入りすぎだ。
ああ、などと言いながら、皆半歩下がる。
慣れた魔除けよりは時間がかかったが、それほど手間取らず完成させた。
「できた!」
「初めてとは思えないわ。お疲れ様」
なかなかの出来に満足する。すると三人が同時に口を開いた。
「せっかくだから――」
「ぜひその組み紐は――」
「ちょうどそろそろ替えを――」
「これはローディアスさんのお土産にしたいですね! 何かお土産を買っていきたいと思っていたんですけど、ちょうどいいと思いません? フェナ様」
さらに大きな声と早口で被せてやった。これで祈りの具合がよいなどということになったら困る。しかも、ぼんやり光っている。危険過ぎる。たぶんエセルバートはこの事態に気付いている。
「ああ、ローディアスは喜ぶだろうな。シーナが落とし子としてこの世界に馴染めるか、一番気にしていた神官だからな。泣いて喜ぶかもしれん」
「ローディアスさん泣かせたら、孤児院の子どもたちに怒られちゃうや〜エセルバート様、持って帰ってもいいですか?」
フェナまで後押ししてて、ノーと言えるわけがなかった。
「構わないな? オズワールド。シシリアドの祈りの組み紐を一つ減らしておいてくれ」
やったぁと、シーナはとりあえず自分の腕に巻く。あとで渡すとすり替えられたら面倒だ。
と、足元に何か黒いものが走る。
「ひゃっ!」
シーナの短い悲鳴にフェナが後ろからシーナを抱き寄せる。
「なんだ?」
「今、足のところを黒いなにかが?」
だが、皆は気づかなかったようだし、今は特に何も見えない。
「魔除けはしているよな?」
「は、はい。大丈夫ですよ」
魔除けの耳飾りは壊れていない。
「虫か何かか?」
バルが丸台を避けてみたりしながら首を傾げる。
「聖地に闇の魔物は出るんですか?」
聖地なのに?
「むしろ、ここは出やすいわよ。そこら中に闇があるからね。世界樹様は人や動物、そして魔物にも平等だから」
ミモリも棚の籠をずらしたりしてあたりを見て回っていた。
「最近うちのこたちも、黒いものが駆けるところを見ています」
「そういった話は聞いている」
【若葉】が真面目な顔で頷いた。
「だが、魔除けは問題なく作用しているし、闇の魔物は惑わす魔物だ。呼んでいることを悟らせない。調べてはいるが……」
「私には聞こえてきていなかった」
エセルバートがタムルをちらりと見やる。見られた彼も首を傾げていた。
「新しい魔物の子どもでもいるのか? そういった魔物は存在しますか?」
オズワールドがフェナに質問を投げかける。
「ぱっと思いつかないが、少し考えてみる」
黒い影のせいで、なんとなく気が削がれ早々に解散となったのは都合が良かった。
「シーナとフェアリーナは部屋へ来てくれ」
物腰柔らかで、どこか飄々としているエセルバートが、今までにない、命ずるような強い口調で言う。
「わかった。お前たちは部屋へ戻っていろ」
フェナが言うと、アルバートたち三人は不安を隠せない様子でこちらを見ていたが、フェナのそれも命だった。
エセルバートの部屋は食堂の奥の通路をさらに奥へ行った所にあった。
「誰も近寄らせるな」
タムルに扉の外で待機するように言うと、シーナとフェナを招き入れる。大きな執務用机と、ローテーブルを挟んでソファがある。部屋の中にはそれしかない。とてもシンプルだった。
一人掛けにエセルバートが座り、二人掛けを指して座るよう促す。
「わぉ、ホェイワーズだ」
「ホェイワーズを知っているとは贅沢なお嬢さんだ……そう言えばフェアリーナにホェイワーズ討伐依頼が出されていたな」
「なぜ貴様が知っている」
「君のことなら何でも知っているさ……祈りの組み紐を出しなさい」
有無を言わせぬ口調に、大人しく腕から外してテーブルに置く。
「おかしいと思っていたんだ。体力がありそうにも見えないのに、この階段の多い聖地の中で身体強化の組み紐をしていない」
ちなみに、帰りの階段はもう祈りの組み紐が見られたので諦めて腕につけた。シーナの魔力を吸い取ると、普段よりも多く、精霊のキラキラが組み紐に纏わりついていた。
「これはどういうことなのかな?」
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もうあとは野となれ山となれで編むことになりました。
ローディアスさまは巻き込まれ。




