170.聖地観光
シーナの望みを告げると、エセルバートはうんうんと頷きながらすぐ手配をしてくれた。
「組み紐師は、確かに危険といえば危険だが、興味があるというのもわかるよ。せっかくだから回れそうなら回ろう」
まずは近場からと、祈りの間へ向かう。
シシリアドの祈りの間よりは少し小さめだ。というのも、住民たちが訪れるわけでもない、普段から聖地に住む葉の神官たちが主に使用する場所だからだ。もし人があふれると言うなら、祈りの広場で祈ることもできる。
中央に分枝はない。
その代わりに天井はガラスが嵌っており、世界樹が見える。床は石の部分と、絨毯が敷いてある部分が交互に円を描いている。白い石と濃い緑色の絨毯が輪を作り出していた。この絨毯部分に胡座をかいて座る。
今も何人かが胡座をかき、両手を腹の前で絡めて祈りを捧げている。世界樹がそばにあるせいなのか、たまに目の端にキラキラが映って空へ昇っていった。そちらへ視線をやらないよう細心の注意を払う。
「せっかくだから少し祈っていきましょうか」
エセルバートの提案を断る理由がなかった。皆で胡座をかいて、軽く目を閉じる。
と、間にフェナを挟んで向こうに座った彼の周りがキラキラと光出す。ギョッとしてそちらを見ようとしたところを、フェナがシーナの膝をはたいた。
他の、シーナたちより前から祈りを捧げている神官たちにはここまでの変化はない。まるで、ベラージ翁の雫葬のときのように、エセルバートの全身が光り輝いて、やがてそれが空に向かった。
「やはり祈ると心がスッキリしますね」
いい笑顔のキラキラ金髪に、シーナは曖昧に頷くことしかできなかった。ちなみにフェナはまったく変わらない。これは、祈っていないやつだ。
「祈りの間はどこも同じような感じです。さあ、次は祈りの広場ですね」
祈りの広場には、神官よりも冒険者や巡礼者が多く見受けられた。
先日根の橋が架かった場所にはもう柵が取り付けられており、世界樹に一番近い場所ということで、人々がかわるがわる立って見上げていた。
エセルバートの祈りの光を見たせいか、あちこちキラキラが増殖している。
祈りの広場は中央階段への道以外は、五葉の管轄の建物へと道が伸びている。人がひしめいている儀式のときとはまた雰囲気が違っていて、神聖な場所というよりは人が行き交い賑やかな場所になっていた。
先日のことがあるからだろう、神官ではない冒険者や巡礼の者たちが、エセルバートやフェナに目礼をして通り過ぎる。
「お前の勝ち確定じゃないか?」
「フェアリーナのお陰かな」
満足そうな声色とは裏腹に、人好きのしそうな笑顔を絶やさない。
「大きな姿に圧倒されますね」
「落とし子の中にはたまに、恐ろしいと恐怖を抱く者もいるようです」
「うーん、恐怖でなく畏怖、畏敬じゃないですか? 神聖で踏み入れてはならない領域で、安易に近づいてはならない、絶対的な存在」
シーナの解釈をエセルバートはひどく気に入ったようで何度も頷いていた。
「なあ、あの森に魔物っているのか?」
ヤハトが柵から身を乗り出し今にも落ちそうになりながら対岸の樹海に目を凝らしている。
「あちらに渡る時は根の神官となるとき。わかりませんね。ただ、飛行系の魔物はいないようですよ。いたらこちらへ向かってくるでしょうから」
さあ、組み紐師を見に行きましょうか、と促される。ここだけは事前に話を通しておいて時間を決めたそうだ。
道中、葉の神官の一日を聞く。大祭のために開かれていない時は、午前中は主に清掃。食事の支度などの当番をこなす。そして五葉それぞれの祈りの間に常に誰かしらが祈りを捧げているようにする。
これは、シシリアドの神殿と変わらない。
午後からは精霊使いとしても能力のある者たちは狩りに出かける。
「私は毎日出かけますね。ユーラチサタの者たちが安心して聖地へ野菜などを届けてくれるよう、あとは、うちの神官たち用の肉ですね。みんなお肉が好きなので、頑張ってしまいます」
「エセルバートさんも冒険者の装いで?」
「狩りの時用の衣装があります。神官服は白ですが、そちらは黒です。我ながらかっこいいですよ。よかったら見せようか? フェアリーナ」
「必要を感じられない」
かっこいいのになぁと呟く姿が、隙あらばアピールポイントを探すさまが、だんだん可愛く思えてくる。
「滞在が伸びるようなら狩りに行くかい?」
エセルバートがヤハトに話しかける。すでに聖地に飽き飽きしているヤハトは目をキラキラさせた。
「フェナ様! いい!?」
体を動かしていたいタイプのヤハトにはとても魅力的なお誘いだったろう。
「それよりも、早く帰れるように圧をかけろ」
「この優位な状態であまりそういった手段には出たくないんだよ……まあ、それでも引き伸ばしには限度がある。遅くとも三日後には帰れるんじゃないか? 淋しいけどね」
「明日は無理そうてことだよな! じゃあ、明日! 明日狩りに行こう!」
「冒険者が同伴で聖地に向かっているから、獲物はそこまでいないかもしれないが、厄介なのが出ていないか少し巡回するのもありだね。予定を組んでみよう」
エセルバートの後ろを歩くタムルが頷いた。
「さあ着いた」
組み紐師がいる場所は、祈りの広場からさらに階段で下っていったところだった。その順路は複雑で、後から階段を継ぎ足し部屋を継ぎ足ししていった過程でこうなったとわかる。下へ下へと増やしていっている。
途中からアルバートが手を引いてくれた。前を行くバルが時折振り返り、シーナの足取りを気にしてくれている。確かにだいぶ膝がやられている気がする。上りは位置エネルギーとの戦いだが、下りの衝撃は膝に来るのだ。
部屋の入口の扉を開くと、中には十人、椅子に座り丸台でせっせと組み紐を編む者たちがいた。
「いらっしゃいませ、エセルバート様」
一番手前に座っていた女性が立ち上がり、シーナたちを招き入れる。中はかなり広々とした空間で、周囲に棚があり、糸がたくさん準備されていた。
「やあ、エセルバート」
「【若葉】の君……話が回るのが早いですね」
「五葉の中で一番耳が良いのが私だ」
陣営をはっきりとさせていない、【若葉】がいた。
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寺院仏閣巡りのノリです。




