169.エセルバートの提案
【常緑】が近づいてきて、申し訳ないがお開きの時間だと告げた。
各々持ってきた皿などを片付ける。
それを手伝おうと思ったのか、アルバートがそばに来ると周囲の女性陣がざわつく。そうだろそうだろう。この顔面偏差値の破壊力を思い知れ!
「すごく楽しそうだったね」
「とっても楽しかったです」
それは良かったと笑顔を深めると、男性たちまで息を呑んだ。
くくく、心臓がいくつあっても足りないだろう!
「マナさん、また、お手紙書きます!」
米商人を通して何度かやり取りをしている。もちろんお礼は欠かさないし、一緒にチカの実漬けを送っていた。
「私も書くよ! いつもチカの実漬けありがとっ!」
ギュッと抱き合うと手を振る。
「また大祭に来た時はお茶会しよう」
それには、うんと返すことしかできなかった。正直、また来ることは難しく思う。でもそれを説明するのは問題が多い。
アルバートに先導されてフェナの下へ行くと、うんざりした様子だった。これは、かなりエセルバートとやり合った模様。
「やっと終わったか。まあこれで聖地に用はないな」
「そうですね! とっとと帰りましょう!」
早くお家に帰ってホェイワーズのベッドにダイブするのだ!
途端にエセルバートは淋しい顔をした。
「私は全然満足していない」
「貴方はまだそんな事を言っているのか……」
【常緑】が呆れたような声で言う。燃えるような赤い髪に、黒に近い青の瞳。エセルバートより若そうなこれまた整った顔立ち。貴族だと確信する。
「私を構成する要素の五割はフェアリーナだ」
胸に手を当て微笑む彼に、フェナは苦虫を噛み潰したような顔をして横を向いた。
五割か、多いなと【常緑】はつぶやきながら、今度はシーナに向き直った。
「シーナさん、クッキーをありがとう。甘さが控えめのチーズと胡椒のものがとても美味しかった」
「いえ、どういたしまして。お口にあって良かったです」
一昨日の会議で話題になったそうだ。
「今日の食べ物も美味しかった。聖地はあまりこれといった目新しいものもないので、とても興味深かった」
「【常緑】が余計なことをこんなに話すとは、よほど気に入ったんだな」
「余計なことではない。感謝の意は言葉にせねば伝わらぬのだ」
お堅いなぁとエセルバートが立ち上がり、フェナに手を差し伸べる。もちろん、一人で立てると払い除けられるところまでがお約束だ。
「それじゃあ頼んだよ」
「了解した」
短く挨拶を交わして、まとまって部屋から出ると、うーんとエセルバートが唸っている。
「シーナは、これでいいのかな?」
「これでとは?」
うーんとまた何やら悩んでいる。
いつものエセルバートの食堂に戻ると、神官たちが食事を準備してくれた。もう夕食の時間だった。楽しい時は恐ろしいほど早く進む。
身の回りの世話をしているのは十人以上いて、同じ神官服なので、正直見分けがつかない。タムルだけは常にエセルバートのそばにいるので顔を覚えたが。
「シーナはさ、一ヶ月半かけて聖地に来たよね。行き帰り合わせて三ヶ月だ。シシリアドはかなり遠いから。それなのにもう帰ってしまっていいの? たしかに面倒な立場だけれど、たぶんもうここに来る予定はないよね? 部屋にずっと閉じこもりきりでいいの?」
「オズワールドとの接触を減らせと言ったのはお前だろう?」
「確かにそうだけど、正直こちらの都合でシーナの聖地巡礼をつまらなかった、面倒だったで終わらせるのは忍びないなぁと考えてたんだ。さっき、とても楽しそうだったから」
彼の言葉に、一同が声をつまらせる。
「世界樹様への信仰なんてないだろ? ああいいよ、落とし子はみんなそうだから。なんなら他の、元いた世界の信仰を持ち続けている人だっている。それは仕方のないことだ。信仰は押し付けるものではないしね。せめて聖地内を見て回るとかするなら付き合おうという話だよ」
えっ優しっ! 本当にこの人は、フェナがかかわらなければ常識的な三十歳なのだ。
「どうせ明日には帰れないしね」
「え、どうしてですか?」
「そりゃもちろん、神官たちの報告が終わってないからさ」
程よくいい具合にきちんと妨害されているらしく、シシリアドの書類のチェックが遅々として進んでいないそうだ。
「神官の皆さんにも迷惑をかけるとか」
申し訳なくて、たまらない。
「迷惑をかけているのはこちら側だからあまり気に病まないように。そのためにも、シーナには楽しんで帰ってもらわないと」
さあ、どうしたい? と言われたのでフェナと相談すると一度部屋に戻ることにした。
「あれって、なんかの罠ですかね?」
「難しいところだな。シーナを連れ歩いて私だけでなくシーナも自陣営のモノだとアピールする意味もあるかもな」
「アピールだけならいいんですけどねぇ」
「それで? 本音はどうなんだ?」
本音は、ぶっちゃけると見て回りたい。ようは京都のお寺や神社を巡るような感じで、旅行気分を満喫したい。もともと第一目的は大祭に行って、同じチキュウ種の人たちに会うことだった。彼らの今の生活や状況を教えてもらい、上手くやっていけているかを聞きたかった。
実際会ってみて大丈夫かと聞く前から、彼らの表情に陰りはなく、ここに来る余裕がある人々は上手くやれているのだと言うことはわかった。
そして自分も来れたし生活も安定している。今のままなら上手くやっていけそうだと改めて感じることができた。
そうなると少し欲が出た。
エセルバートの言う通りだ。これだけの日数をかけて聖地に来た。信仰心はゼロに等しいので、もったいない。
これからも魔物がいる世界で街の外に出るのはなかなか難しい。フェナには冒険者には向かないとはっきり言われた。つまり、旅に向かないのだ。
最初で最後の大旅行かもしれないから、聖地に来ることはないだろうから、もったいない。
「見て回っていいなら、それが面倒なことにならないのなら、見て回りたい。二度と来ることはないだろうし」
「具体的にはどこらへんが見てみたい?」
「最初に言っていた、五葉の祈りの間。シシリアドのものとはどう違うのかとか、祈りの広場もあらためて行ってみたいし、これは無理ならいいんですけど、祈りの組み紐作りには、組み紐師として純粋に興味があります」
「最後のは、どうだろうな……まあ、楽しめるなら楽しんだほうがいい。あの男が見せてやれると言うんだから、やってもらおうか」
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エセルバートさんはたぶんいい上司です。
たまに、「夢にフェアリーナがいた。今寝直したらまた会える。今日の予定は全てキャンセルで」とか言い出すけど。




