168.落とし子の集会
夕食の席にエセルバートはおらず、朝食のげっそりとした姿。そして、告げられた衝撃の事実。
「毒や下剤、睡眠薬のたぐいはもし入っていたらわかるようグラスに対策はしていたのだが、とんでもない目にあった。助かったよフェアリーナ。そのままもうひと助けしてくれてもよかったのに」
「断る」
あり得ないのに、余計なことを言うのをやめられないのはもはや感心する。
「まあ、誰がというのは今後も調べていくつもりだが、今日はとりあえずシーナの落とし子の集会だ。どうやら、チキュウ種の方々は定期的に集まるらしく、今日は三の鐘あたりから【常緑】の食堂に集まるらしい。会いたかった方もいらっしゃるようだ。付き添いも問題ないそうだから皆で行けばいい。クッキーは持っていくか?」
「あー、いや、やめておきます。たぶん再現できてしまう人もいるんですよねえ。お菓子作りにどれだけ興味があったかによりますけど。王族の方からお金を取っているのに、他から作り方暴露されたら流石に嫌がられるかなぁと」
「故郷では一般的だったんだね」
「あくまで料理を作ったりするのが好きなら知ってる、て程度ですけどね。普通はお菓子類は買うものですから」
「ほうほう、お菓子類、ね」
エセルバートがニヤリと笑った。
手ぶらは流石にということで、何か果物でも持っていきなさいと厨房の冷暗所に連れて行かれる。みんな果物か菓子類らしいが、やはり砂糖は高いらしい。
悩んでいると、フェナがなにか食べたいとうるさいので、サンドウィッチを持っていくことにした。朝どれ卵がたくさんあるらしいので、また人を排してマヨネーズを作る。さらに、チカの実漬けを発見したのでテリヤキチキンも作った。
野菜とテリマヨ。ハムとタマゴ。フェナも食べるというし、何人集まるかもわからないのでかなりの量を作ることとなった。
「美味しそうな匂いだね」
無言で手を伸ばすフェナと、誘い受けのエセルバート。
「フェナ様はついてきてくれるんでしょう? あちらで一緒に食べましょう。エセルバート様は、お皿に入れましょうか」
「いや、それなら私もあちらで食べる」
「エセルバート様もいらっしゃるんですか?」
「それが一番オズワールドを近づけなくて済むからね」
とてもウキウキした様子で宣言された。
「シーナさん!」
「マナさん!!」
きゃーっとハグする。気分は同窓会だ。
マナはとても可愛らしい女性だった。農業に精を出しているらしく、よく日焼けしている。シーナよりもさらに背が低い。
「お米、本当に本当にありがとうございます! もう、私、わたし……」
感極まって涙目になってしまう。だって、米だ。米なのだ。
「こちらこそ、チカの実漬け。久しぶりの生姜焼きに本気で泣いたよ〜私の血はまだ醤油でできているのだと思い知らされた……今日はおにぎり作ってきたの。食べてね!」
「わー、私も、テリマヨサンド作ってきました〜」
【常緑】の食堂には二十人ほどが集まっている。小さめの円卓をいくつか集めて席に座る。全員が来るわけではないし、このタイミングで揃っているわけでもない。それでも今年は多い方だそうだ。
軽く挨拶をすると、いろいろな国籍の人がいた。本来なら会話なんてできない、多国語が飛び交うはずだが、スムーズに意思疎通が取れる。
「バベルの塔が崩壊してない」
「それねー」
皆が笑う。
シーナのサンドウィッチは好評だった。マヨネーズの存在を忘れていたと言ってる人もいた。卵が高騰しそうだから内緒にしていることを話すと、たしかにと言って黙ることを選んでいた。
付き添いは気を遣ってか、遠巻きにシーナ達を見ている。エセルバートたちは【常緑】と話をしているようだ。例の、エセルバートとフェナが去った方を見ていた人物だ。燃えるような赤い髪は記憶に新しい。
みんなそれぞれの生活を過ごしているらしい。得意なことを上手く商売にしたり、神殿で穏やかに暮らしている人もいる。
「シーナさんの耳飾りの組み紐の話は伝わってきたわ。組み紐なんてこの世界のものだから、手を出せるとは思ってもみなかった」
「たまたまニホンに同じような編み方があったんです」
「伊賀の組み紐とかだよね」
「そうそう、着物の帯留めに使われたり」
「キモノ! アレはこちらで作ることはできないの?」
「流石に着物の作り方はわからないです」
話はとりとめなくあちこちに飛ぶ。やがて今の生活の話になっていった。
「魔物は怖いけど、街を囲う壁の内側なら忘れられるよね」
「マナは農村でしょう? 怖くないの?」
「確かに怖いけど、今じゃうちの農村の作物なしには近くの街はやっていけないの。米以外にも色々作っていてね、畑や水田の周りにも囲いをしっかり作っていただいてる。しかも、今話題のシシリアドから直接購入の話が来ているからね」
「俺もゴハンは旅行に行ったときに食べた。ヘルシー。テリヤキも今日食べられてサイコーだった!」
「ルネは奥さんの美味しい手料理食べてるんでしょ?」
「ここの世界の人間、平民は味より栄養価なんだよ……最近は俺が作ることも多い」
こちらの人と結婚している落とし子も多いらしい。マナもその一人だ。なんと、子どもも二人産まれているという。
「写真がないのが悔やまれるよね」
「本当。スマホも電池すぐ切れちゃったし」
落ちた時期はバラバラで、スマホの人もいればガラケーの人もいる。ツワモノは、携帯電話がない時代の人。
「わかります! 最初は動いてはいたから、電池があれば充電できるけど、まあ到底そんな事ができるわけなく。スマホが動いていたら、アルの礼装姿激写したのにぃぃ」
心底悔しそうなシーナに皆が首を傾げた。
「礼装?」
思わずこぼれてしまったシーナの本音に鋭く反応する女性陣。
「くっ……この世界イケメンと美女多すぎると思いません!? イケメンが結婚式用の礼服着ていたんですけど待ち受け画面にしたいくらいカッコよかったんですよ〜」
「わかるー!!」
そこから貴族の美人揃いの話になり、やがてフェナのことになる。
「あの銀髪の美女、【消滅の銀】のフェナ様だよな?」
「そうです。性格がヤバイのフェナ様です」
「え、性格そんなに怖いの?」
「怖いんじゃなくて、日本語がうまく通じるかわかりませんが、天上天下唯我独尊トップオブトップエゴイストです」
マナがビックリしてちらりとフェナを見る。
「貴族なんてそんなものだろ?」
「人の会話が気になるからって、精霊使って盗み聞きしてることを悪びれもせず宣言する人です」
「ま、まあ、貴族ならなぁ」
皆貴族に対してずいぶんと寛容だ。
「それにしても、フェナ様のこととか遠い土地でもよくご存知ですね? 電話とかテレビとかないのに」
するとみんな揃って真面目な顔をして言う。
「情報は大切だよ、シーナ」
「街の噂とかにはよく耳を傾けておいたほうがいい」
「定期的に神殿に出入りして、情勢は聞いておくべきだ」
「私たちは落とし子だから、まだ庇護してくれようとするけど、街の治安が悪くなるとあっさり殺されることもあるんだから。シシリアドは今冒険者が多いから割と安心だけど、冒険者の出入りが少なくなると魔物は多くなるし、街が荒れる」
皆の真剣な表情に、シーナも頷くしかない。
「で、あの金髪イケメンは誰なの? シーナ、エスコートされてきてたでしょ!」
「彼が件のアルって人?」
「おおう……皆の圧がすごい」
「えー、生活が安定してきたら結局そこよね〜人生長いし、子どももできるし? 落とし子も選別されてるのかなぁ? で、彼がアルなの?」
「アルバートさんですね。残念ながらお貴族様です。彼の礼装は鼻血ものでした」
「あー、だよねぇ。あの顔面偏差値は貴族由来だよなぁ」
楽しい時間は一瞬だった。
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米の落とし子と会うことがてきましたとさ。
味噌欲しいなぁ……




