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【書籍化】精霊樹の落とし子と飾り紐  作者: 鈴埜


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167.根の儀式

 朝から忙しなく人が行き来する。

 今日は三の鐘から根の儀式が行われる。それまでに皆祈りの広場にあつまるのだ。神官はもちろん全員参加だ。冒険者や巡礼者たちは強制ではないが、一生に一度見られるかもわからないこの儀式に参加しないという者はいなかった。

 もともと祈りの広場は三千人を収容できるほどの広さがあるそうだ。さらに、壁の階段などを使えば、祈りを捧げる者は五千に及ぶ。薄暗い中に光る明かりがなんとも言えない幻想的な雰囲気を作り出していた。

 シーナはフェナたちと一緒に、今回は特等席だ。

 祈りの広場は、普段は落ちることのないよう、一番対岸に近い場所には柵があるそうなのだが、今は外されている。

 皆が布を敷いたその上に、胡座をかいて座った。シーナとしては靴も脱ぎたいところだが、我慢である。

 中央の椅子には【緑陰】。神官服だけを身に纏い、静かに座っていた。その前には小さな机があり、かなり小さめのグラスが三つと、徳利のようなものが置いてあった。

 両脇には男性が二人ずつ、少し前、【緑陰】が現れるまでエセルバートたちと話をしていた感じでは、他の五葉なのだろう。

 シーナたちはもう少し後ろに下がったあたりの最前列だった。フェナとアルバートに挟まれ座っている。エセルバートが、フェナにぜひ間近で見てほしいからと無理やり通した、ということになっている。

 祈りの文句はない。ただ、世界樹に祈る。感謝を述べる者もあれば、これから先の平和を願う者もいるという。

 ただ祈れ。

 これがこの世界の世界樹に対する信仰だ。

 全員が集まるにはどうしても時間がかかる。シーナもかなり前から座っている。

 そして、いつしか席が埋まり、【緑陰】が現れた。これといった始まりの合図もなしに、唐突に始まる。

 【緑陰】が席を立つと、ざわついていた広場がすっと静まる。エセルバートとオズワールドが、その両脇に立った。ゆっくりとした動作で、徳利のようなものからグラスへそれぞれ液体を注いでいた。

 本来なら次期【緑陰】がその場に立つそうだが、今回は後継がまだ決まっていないので二人が送り出す役となった。

 なんだか固めの盃みたいだ、とおかしな感想を抱いていたシーナだが、次の瞬間、エセルバートが腕を振るった先に釘付けとなった。

 それが、根の橋なのだろう。

 言葉のイメージだと、茶色い、蔦のようなものでできた橋を考えていた。それがどうだ。世界樹から光が降り注ぎ、広場の先へ、世界樹の下へ、この底の見えない深くて暗い溝を越える光の架け橋が現れたのだ。

「きれい」

 思わずこぼした言葉に、フェナがボソリとつぶやく。

「皆にはそこまで光って見えないぞ」

 二人の間にしか聞こえないやりとりで、注意が飛ぶ。

 危ない。これが、気をつけろのやつだ。

 やがて【緑陰】がゆっくりと歩き出した。

 オズワールドが低くよく通る声で言う。

「タガルマ様に、世界樹様のお導きがありますよう」

 その言葉に呼応するように、次々と皆が同じように祈る。

 だが――、

「あ……」

 光の渦が、光の橋がぐにゃりと歪んだ。

 傾いだように見えた【緑陰】ダガルマに光の粒が集まる。

 何かが、と思うより前にフェナがスッと立ち上がった。

 フェナの声はよく通る。そしてその姿はどこから見ても美しく輝いている。誰もがそちらに目を惹かれる。

「【緑陰】の、タガルマ様に!」

 そう叫ぶと右腕を思いっきり振るう。シーナには渓谷中に灯されている明かりが一瞬暗くなったように見えた。

 そして、現れたのは光り輝く龍だった。姉弟子であるミミリの店分けのときに、精霊使いが華々しく作っていたものだ。それよりもずっと大きく、そして神々しい。

 それがタガルマに寄り添い、時には先導しながらくるくると宙を舞う。根の橋にも光が集まり、あのとき感じだ歪みは消え失せていた。

 タガルマも龍の背に手を当てながらゆっくりと進んでいる。

 ゆっくりとだが、不思議なことにその一歩で数メートル進む。根の橋の効果なのだろうか。

 そして、こちら側にも次々と変化が起こる。空からチラチラと雪のような光の粒が降ってくる。触れたところが色を変えてまた光る。

 ここで、絞り出すようなさらに低い声でオズワールドが祈る。

「タガルマ様に、世界樹様のお導きがありますよう!」

 呼応するように、この光の演出に浮かされた人々が叫ぶ。

「タガルマ様に!」

「世界樹様のお導きがありますよう!」

 声は渦となり、橋の向こうに渡り切らんとするタガルマの背に届く。

 人の何倍もある龍が、光の、根の橋の消滅とともに砕け散り、再び人々に降り注いだ。

 やがて、森にタガルマの姿が隠されると、フェナはエセルバートと腕を組んでその場を去った。それが解散の合図だ。

 シーナは称賛の声を聞きながらも、未だ【緑陰】の座っていた椅子の背を握りしめ脂汗をかいているオズワールドを見つめた。彼の支持者か、タムルのような役割の者だろう。彼らが駆け寄り、隠すように退場して行く。

「シーナ、立てるかい?」

「はい」

 アルバートの手を握って立ち上がりながらも、視線は五葉の方に向く。彼らも突然の演出についてにこやかに語らっていた。そのうちの一人が、エセルバートの消えた方に顔を向けた時、表情が抜け落ちた。

「フェナ様たちのところに行きたいです」

「そうだね。突然どうしてあんなことをしたんだろう。まあとても良いアピールになったとは思うが」

 バルやヤハトとともに人でごった返す通路を歩く。

 誰もが素晴らしい儀式だったと褒めそやしていた。

 後で聞いた話だが、あの龍のような生き物は、精霊使いが見せる最高の寿ぎで、フェナが出したものはこれまでに誰も見たことのない大きさなのだそうだ。

 それがタガルマのことを庇護するようにして送り届けたことは、神官としてもたいそう光栄なこととして語られるだろうという。

 なかなか進まない人の列にイライラしつつも、ようやく朝夕お世話になっている食堂に辿り着いた。

 フェナが椅子に座り、その横にタムルが立っている。

「エセルバート様、大丈夫でしたか?」

「ああ、最高に元気だよ」

 ん? と戸惑う。

「毒や睡眠薬には対処していたのですが」

 タムルがため息を付いた。今日は本気で本気の困った顔でのため息だ。

「何か盛られていたのですか?」

 アルバートが驚いている。きっと皆にはあの歪んだ橋は見えていなかったのだろう。

「オズワールド様も脂汗かいてらっしゃいましたから、あの飲み物に何か入っていたのかな、と」

 一応言い訳をしてみる。見えるのは内緒だ。

「オズワールド様もですか。まあ、あちらは誰かしらがなんとかするでしょう。問題はエセルバート様なので、フェナ様がお相手してくだされば一番なのですが」

 バキっと机にヒビが入った。フェナが怒っていると言うよりは苛立っている?

「お前、度胸があるな」

「私の大事はエセルバート様なので」

 タムルが目を伏せる。

「さあ、部屋に帰るぞ。帰って寝る。前準備なしにあれだけやると流石に疲れた」

「え、大丈夫なんですか?」

「元気だと言ったろ? ほら、もう行くぞ」

 腕を掴まれて引っ張られる。かなり強引な様子に、頭の中のハテナが増えた。

 その日は部屋の中で過ごすこととなった。暇つぶしとして与えられていた、他の落とし子(ドゥーモ)から伝わっていたであろう、リバーシでトーナメントをした。

 そして翌朝、朝食の席でゲッソリしたエセルバートから事実が伝えられる。

「毒や睡眠薬には対処していたんだが、まさか媚薬を盛られるとは……」

 それは、ご愁傷さまである。

ブックマーク、評価、いいねありがとうございます。

励みになります!



ここらへんでR15追加しましたwww

私には境目がわからないからもう予防線張ることにしたんだよ……



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