162.聖地での晩餐会
夕飯なので迎えをやるという言葉に、大人しく待っていたのが間違いだった。
神官たちに先導され、こちらへと通された部屋は、普通の巡礼者たちが集まるものとは別の、特別なものだった。冒険者がほとんど見当たらない。明らかに高位の神官たちが宴会を開いている部屋だった。
一緒に来ていたシシリアドの神官が総じてビシリと固まったのが見て取れる。
部屋の中にはとても大きな丸テーブルが五つ。奥に一つと両側に二つずつ。
右側の二つのテーブルにところどころ空席が見られる。
さらに奥、明らかに高齢の一番偉いだろう神官を中心に、両脇に黒髪の三十後半くらいの男性と、キラッキラの金髪のエセルバートが座っていた。
そして黒髪の男性から左側に五人分席が埋まっており、エセルバートの隣から右回りに、不自然に三つ席が空いている。
絶対に、あの精霊が寄り付いて輝いてる人のいるテーブルには同席したくない。手前の、手前の空席を狙う!
しかし、シーナの心の中の決心虚しく、案内役の神官に席を割り振られていく。
「神官の皆様はこちらの席へ」
五人まとめて手前の空席へ。セサパラがちらりとシーナへ複雑な眼差しを向けた。
「こちらへお二人」
次のテーブルの席を勧められ、シーナがさっと前へ出るが、案内がニコリと笑って首をふる。
「シーナ様はぜひ主賓の席へ」
絶望の顔をせずに踏みとどまったことを褒めてもらいたい。
「諦めろシーナ。バルとヤハトがここへ。アルは付き合え」
「はい」
アルバートが短く返事をして、シーナの手を取った。自然な動作でシーナを動かし、空いている真ん中の席へ誘導する。完璧にエスコートされてしまった。
「フェアリーナ、私の隣を開けておいたよ」
神官たちが引いた椅子に腰掛ける。恐怖のお食事会の始まりだ。
特に挨拶もなく、食事が運ばれ会話が始まる。
形式張った席ではない。
ただ、当然のように食事の前に彼らは祈りを捧げ、エセルバートの綺羅つきが増した。
清貧とはかけ離れた、王宮並みの豪華な食事だ。
「紹介しよう。シーナはわからないことも多いだろう? こちらが【緑陰】の君。五葉のうちの一葉。シーナが呼ぶなら緑陰様、がいいかな」
え、丁寧。優しい。
「はじめましてシーナさん。世界樹様に導かれし落とし子よ。聖地へようこそ。長い巡礼の旅は、この世界はいかがでしたか? 少しでもこの世界を楽しんでいただけていたら幸いです」
【緑陰】はかなり高齢のおじいさまだった。話し方もゆっくりだがなんとも威厳がある。
シーナが軽く返事をしようかと思ったが、エセルバートはそのまま続けた。
「その隣の黒髪の方が、オズワールド様」
「魔を退けし髪飾りの作り手にお会いできて光栄です」
抑揚のない低い声で言われてもまったく光栄そうではないし、その内容にどう返していいか固まってしまう。
そしてぐるりと回ってアルバートだ。
「今話題のシシリアドの名代。秘書官のアルバート·ソワーズ君」
アルバートはにっこり笑って軽く会釈をする。イケメンは卒がない。
「そして、その話題のシシリアドで耳飾りの組み紐という画期的な物を生み出した、落とし子のシーナ。ここは貴族ではなく神官の食堂だから、マナーなどは気にしなくても大丈夫だよ」
え、丁寧、優しい。さっきのアレは幻か?
「よろしくお願いします」
「そして、こちらの銀目銀髪麗しの美女が、私の婚約者、フェアリーナ」
「元だ。とっくの昔に解消されている」
「私は解消したつもりはないし、そのような書面は残っていない。現にここまで会いに来てくれたろ?」
「貴様に会いに来たわけではない」
「ツレないなぁ。私はこんなに一途に待っていると言うのに。まあ、紹介はこんなところで、夕食を楽しみましょう」
神官たちは聖地にずっといるので、新しい話題にどうしても流れる。シーナの耳飾りの話が中心となってしまう。お決まりの、なぜ耳飾りをという問いから始まり、最後は索敵だ。
「索敵の耳飾りは、素晴らしい物ですね。使ってみると、本当に微量の魔力で済んだ。ここ百年、特に目新しい動きのなかった組み紐が活気づくことになりました」
【緑陰】が言うので少しびっくりした。老齢と言うのがピッタリの、白髪交じりの老人なのだ。
たまにエセルバートが食事を取り分けたり、飲み物を追加したりと世話を焼いている。
まあ、フェナにも同じように甲斐甲斐しく働きながら、たまにあーんなどと食べさせようとして手で追い払われている。フェナ相手だとおかしくなるタイプか?
「索敵の耳飾りを使われたのですか?」
「私は本当に魔力を通してみただけです。しかし、他の神官は使っているようですよ」
オズワールドの隣の神官が頷いた。
「聖地の周りにも魔物はおります。いつも野菜などを届けてくれるユーラチサタの者のためにも、聖地周りの狩りは必須です。索敵の耳飾りはとても役に立っています」
シシリアドの神官しか知らないので、神官が狩りをするということに驚く。
「斯く言う私も、優秀な精霊使いでもあるからね、フェアリーナは知っているだろう?」
「知らん」
エセルバートが胸を張って言うが、フェナの答えは氷点下だ。
僧兵みたいなものかと納得する。
「組み紐はどうされているのですか?」
アルバートの質問にはオズワールドが答える。
「祈りの組み紐師が十人ほど、聖地にはいる。彼らと色が合えば彼らに作ってもらえるし、合わなければユーラチサタまで合う組み紐師が来てくれるのでそこで作ってもらう」
「常に十は予備を作っていくんだよ」
エセルバートが左手首をそっと撫でた。
「退魔の髪飾りを作った組み紐師に、色が合うのなら作っていただきたいものだ」
オズワールドが、口元に薄い笑みを浮かべながら言う。青い瞳は笑っておらず、腕に鳥肌が立った。
なんだろうこの気味悪さは。
「私はまだ、駆け出しで。よっぽど色が合う、二色でないと使える組み紐は編めないのです」
声が震えないように一言一言ゆっくり答えると、視線が逸らされた。
「それは残念だ」
まったくそうは聞こえない返答だった。
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評価、いいねありがとうございます。
金色の人はフェナ関連がなければ割とまと、も?
ちなみにシシリアドにもエセルバートの手のものが普段から潜んでいてフェナの情報を流しております。その人もフェナファン。




