161.聖地到着
聖地の入口は、どこぞの巨大パークのエントランスのように横にずらりと荷物検査ならぬ、荷物献上場がある。
中に持って入れるのは、自分で持てる分だけ。クッキー類はディーラベルですべてさばき終わっており、また帰りに寄るからとドレス類はアルバートの生家に置いてきた。途中で狩った肉と、数日前買い込んだ野菜の残り。この中での食事は、厨房に配られた野菜などで自分で料理する。できないものは神官の準備したものを食べる。
出ていこうとしている巡礼者たちに、今献上したばかりの野菜が横流しされていた。午後も遅くなると出ていくものが減るため、それは聖地の中に運ばれる。荷車は札と交換で入口に止めておく。聖地で盗みなど犯すものはおらず、安全らしいが間違いのないように札と札を突き合わせる。
「それでは参りましょう」
雨でも荷物の受け渡しがしやすいよう、入口は屋根がついた建物のようになっていた。そこを抜けて神官たちの後を歩いて行くと、視界が開ける。
「すごい! なんか想像していたのと違う!」
ここまでくると世界樹の大きさは見上げても見上げても足りないくらいで、空の大半を覆っていた。シーナたちの立っている場所から、長い階段が続き、下へ降りていく。大きな丸いモスクの屋根のようなものが五つ。その周りに沢山の明かりの灯った家が密集して集まっている。
「あの丸屋根が五葉様それぞれの祈りの間です。その横に大きな建物があるでしょう? 白い壁の。そこが五葉様の住居になります。そしてその周りに寄り添うように建てられているのが巡礼中の宿泊施設となります」
簡単に言ってくれるが、その数はとてつもないものだった。シシリアドの街より広い。下手をしたら王都の貴族街なみの広さになるのではなかろうか? それをシーナたちは今、見下ろしている。
深く、えぐられたように聖地はあった。
階段が壁際をずっと続いていて、下っていくのだ。
「世界樹の周りがぐるりと溝になっているって言ってたけれど……」
「世界樹【様】の周りの溝に作られたのがこの聖地です」
この階段を身体強化なしで上り下りしないといけない事実に、シーナの足が震える。
周りは闇だ。溝の中ということもあるし、世界樹によって光が遮られているからでもある。そのかわりに幻想的とも言えるほどの明かりが灯されていた。昼と変わりないほどの光だ。
壁にはもちろん、階段の足元も光っている。宙に浮いている明かりもある。
「きれいだ……」
階段は十人が並んで降りても平気なほど広く、手すりもしっかりあり、向こう側へ落ちないようになっている。
あちこちキョロキョロと見ながら進んでいると、手を掴まれた。
「シーナ、迷子になる」
アルバートだ。
「迷子の前に、階段踏み外して足首ひねるよ」
ヤハトの指摘ももっともだった。
「時間はたっぷりあると思いますから、泊まる場所が決まったら聖地を歩いてみるのも良いと思いますよ」
トールナーグが、シーナにだけではなく今回初めての神官たちにも声を掛ける。
心配をかけまくっているので、周りを見るのはやめて歩くことに専念した。
「フェナ様は来たことがあるんですか?」
「ないよ」
「じゃあバルさんも、ヤハトも?」
「初めてだね」
「初めてのくせにキョロキョロせずにいられる方がおかしいと思います!」
「初めての場所に警戒もせずキョロキョロしているシーナの方がおかしい」
手を握ったままのアルバートも否定しなかった。
聖地で警戒する必要なんて、と呟いて、さんざん警戒せよと言われていたことを思い出す。
長い下り階段に、膝が笑い出した頃、それが現れた。
金色の光を纏った、背の高い男。ただの金髪ではない。一目見ればわかると言われたそれだ。
元婚約者、エセルバート。
「やあ、フェアリーナ。やっと会いに来てくれた」
黄金の粒子が、彼の周りをフワフワと舞っている。
これはまずい。見るなと言われているのに魅せられて目が離せない。とりあえず、手近なイケメンを見て心を落ち着かせることにした。
アルバートの手を握り返し、半歩下がる。
「別にお前に用はないよ?」
フェナがまったく感情の乗らない声で返すと、周りの神官がざわつく。反感を買ったようだ。つまり後ろにぞろぞろといる神官たちは、皆、エセルバートの取り巻きだ。
「相変わらず君は照れ屋だね。さあ、部屋に案内しよう。シシリアドから君が来ると聞いて一番良い部屋を空けておいたんだよ」
「外で野営をしたくなった……」
「それも楽しそうだね! 付き合うよ」
これは、だめなやつだ。何を言おうとも無理なやつだ。そう悟ったのはシーナだけじゃなかったようで、フェナは額に手をやると盛大にため息を付いた。
「シシリアドもディーラベルも、ソワーズがあるハルラレオ領も、【緑陰】所属だからね。さあ、行こう?」
アルバートの生家も割れている。つまり情報はしっかり入ってきている。
差し出されたエセルバートの手を払い除けて、フェナが歩き出す。周りの空気がまた凍った。
なるべく同じ街の者は一緒の部屋にしておくらしい。もちろん男女は別なので、完全に分けることはなかなか難しいが。
貴族も巡礼に混ざることが多い。エドワールが来る予定でもあった。特別な部屋が欲しければ、それだけ金を積めシステムが導入されているらしく、アルバートは必要ないとバルやヤハトと同じ部屋だ。というより、八人部屋なので、神官四人とバルヤハトアルバートで七人。同じ部屋に案内されていた。
そして、フェナの部屋は、スペシャルスイートルームだった。
「わ、私たち、普通の部屋でいいですから……」
「そう? 女性がフェアリーナ以外に二人と聞いたからこの部屋でいいかなと思ったんだけど。寝室が三つあるからね。でもそれならフェアリーナは私の部屋においでよ、そこの二人は二人部屋を用意してあげるから」
「三人でこの部屋でいい」
フェナが断固拒否しながらこちらを睨んできた。
助けてと男性陣を見るが、皆目をそらす。
「シーナはすぐ迷子になるし、フェナ様と一緒にいるといいよ」
フェナのためにシーナを売るバル。
もう地獄でしかない。
「もうすぐ夕食の時間だね。少ししたら案内を向かわせるから」
エセルバートはそう言ってにこやかに去っていく。振り返りざま神官たちが睨んでいくのがヤバイ。
神官ってこんな人種なのか!? シシリアドの無害な神官たちも震え上がっている。
とりあえず荷物を置こうと部屋に入ったところで、シーナは耐えきれずフェナの袖を掴む。
「フェナ様あれヤバイまじやばいやつですよ! ぜんっぜん吹っ切れてないと言うか、完全待ってたやつじゃないですか。三十になる拗らせ童貞ヤバいって!!」
「ヤバかったな……対処法がわからぬ」
「周りの神官の目もヤバかったですよ……」
セサパラも震えていた。
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ヤバイ金色の人登場です。
ヤバイって日本人にとっては便利な言葉だけど、海外の人にとっては良い意味にも悪い意味にもなる謎の言葉w




