159.フェナの元婚約者
ようやく解放され、体を洗うがすっかり温まっているので早々に風呂から出た。のぼせてしまいそうだ。
リフレッシュするはずが、気持ちがぐったりげんなりしている。
もう寝てしまおうと思って準備していると、ノックされる。どうぞと言う前に開くのは、もちろんフェナだった。
「どうしました?」
「伯爵の戸棚から拝借した。美味い酒だ」
グラスを二つと瓶を一つ。さらに水差しも。
「何かありそうで怖いです」
「何かあるから来たんだよ」
コップに手をかざすと、氷が生まれた。以前、きれいな丸に作ってくれとお願いしたのを覚えているらしく、今日も美しい球の氷だ。
「水で割るか?」
「そうですね、風呂上がりだし」
フェナ手ずから入れてくれた水割りを、ありがたくいただく。本当は炭酸で割りたいくらいだ。
「私の婚約者だった者の話だ」
ソファに腰かけたフェナがそう言って語りだす。
「私が産まれたとき、我が家は歓喜に満ちた。銀目銀髪。精霊に愛されし者。世界樹より与えられた最高の栄誉。同じ頃、隣の領も沸き立っていた。金目金髪。私と同じ精霊に愛されし子どもがいた」
それがフェナの婚約者だ。話はすぐお互いの領地へ流れ、そして婚約に至った。
「ただまあ、器は完璧でも中身が望むべき物とは限らない。私は、貴族として、銀目として敷かれたレールにはうんざりしていたんだ。それよりも、領地に訪れた冒険者の話に興味を持った」
「だからって、まだ子どもが、よく逃げ出そうと思いましたね」
思い切りがよすぎてビックリする。
「三度」
そう言ってきれいな指を三つ立てる。
「婚約者に、エセルバートに会ったのは三回。四歳のとき、六歳のとき、九歳のとき」
組み紐がなくても精霊は扱える。ただとても扱いにくい。本来の十分の一の力も出せないし、思う通りに動くことはほぼない。それでも才能に溢れていたフェナは水を操り、エセルバートにけしかけた。
「何をしているんですか……」
「上下関係を叩き込もうとしたんだ、四歳のときだ」
「もう、発想が物騒なんですよ! とんだモンスターじゃないですか!」
「湖近くで両親や騎士たちがいるなか、あいつは私の操った水に巻き込まれ、湖まで押しやられ、溺れた」
「ホントに、何を……」
何より、こうやって語っているフェナの表情がまったく申し訳なさの欠片もない。
「まあこっぴどく怒られたな。無理やり謝罪もさせられた。その時あいつが何と言ったと思う? 親たちに向かって『フェアリーナを責めないでください。何か私が気に入らないことを言ったのでしょう。それか、もしかして、精霊を操るところを見せてくれたの?』だと。四歳の子どもがだ、泣き叫ぶでもなく、気味が悪いだろ?」
「四歳でその気遣い、ほ、ホトケサマ……」
「ほとけ? まあとにかく、私はエセルバートの野郎が大嫌いになった」
もう、逆恨みでしかないのに当然のように語るフェナに、人は外見より中身なのだとつくづく思い知らされる。
「私は貴族として学ぶことよりも精霊を学ぶことに熱心だった。屋敷を吹っ飛ばしたあたりで、組み紐が与えられた」
「親の心労がエグい!! 吹っ飛ばした!?」
「土で部屋を増築してみようとしてなぁ」
胃に穴が開く。何個も。
「組み紐を得た私は、一気に精霊使いとしての才能が開花した。六歳の時、上下関係をわからせようと……」
「なんでそーゆうことするんですかぁ!!」
「私が私であるからとしか。まあ聞け。その頃になると風もなかなかに上手く扱えてな。ほら、シーナの望みと同じだ。空を飛ばせてやった」
やってることがイジメっ子なのだ。
「そしたらあいつは何したと思う? 水を操って私を湖に沈めた」
「ヤバイ、ヤバイヤバイサイコパスが二人おる……」
フェナに湖に沈められたあと、エセルバートも精霊使いとして学び始め、組み紐を得ていたという。
そして、二人の精霊合戦により、湖が半壊した。
「その時のあいつの言葉はな、『フェアリーナといっしょに遊べるように頑張ったんだ。楽しかった?』だ。さすがの私もこいつはマズイと思った」
「それでフェナ様は逃亡したんですね!」
「いや? なぜ私がやつのせいでにげなければならないんだ?」
少しでもわかったと思った己が浅はかだった。
「九歳の時、婚約は解消しようとエセルバートに言った。私は冒険者になるつもりだからとね。貴族の暮らしは性に合わない。魔物を狩る暮らしが、森に潜んで獲物を追い詰める暮らしが楽しかったんだ。きちんと理由も言ったし、いいだろうということで、士官学校に行くふりをして南へ行った」
精霊使いフェナの誕生秘話。
貴族の暮らしが性に合わないと言っているが、暮らしは貴族以上のいいものだと。つまり、民の暮らしを考え領地を運営したり、貴族同士の交流や裏工作などが一切合切面倒くさいのだ。自己中の極み!
「婚約解消について、エセルバート様はなんと?」
「なんで? と言われたな。その後気持ちの悪いことも言っていた。『ボクはフェアリーナしかいらないから、フェアリーナと結婚しないならもういいかな』と。そしていつの間にか葉の神官になっていた」
「え? それって……フェナ様いなくなったから、もうなにもかもどうでもいいやで神官になってるじゃないですか!」
「そんなわけ無いだろう。アレも人の行動で己の進む道を決めるようなタイプじゃないぞ」
「ええ……そんな風に思えるのは鋼の心臓」
どう考えても責任感じてしまうところだろう。
「まあそんなことはどうでもいいのだ。ここからが本題だ」
本題に入る前に息切れしてしまった。
グラスに新しい酒を注ぐ。
「言ったろ、やつは金目金髪だと。つまり私と同じでよく見える」
「あ……」
「いいか? 絶対にやつの前で魔力を使うな。どんな些細なものもだ」
「……わかりました」
フェナの真剣な言葉に、シーナも固く頷いた。
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私の書く速度を爆アゲした金色の人がもうすぐ出てくるのです。




