157.ディーラベルの街
平和に、そして微笑ましく通り過ぎたソワーズの街。
そしてやってきた、聖地手前の最後の土地、ディーラベル領。
「通過はしませんから! フェナ様!」
「野宿でいいだろ?」
「私がディーラベル領主様に叱られます」
門前で散々もめた。
門兵もフェナのことは十分すぎるほど知っていて、見つけた瞬間迎えに来る者と、お屋敷に伝令に走る者とが見事な連携を取っていた。
「私も、キャスリーン様に怒られるの嫌です〜」
「キャスリーンはここにはいない。安心しろ」
フェナの実家は分家で子爵。もちろん土地を任されていて、治めている街がある。結婚式のことがあるので、ディーラベル領のディーラベルの街には必ず寄らねばならず、そうすると今回のルートにはどうしても入らなかったらしい。
そうやって門前でごねていると、ディーラベル領主夫人のお出ましである。
「フェアリーナ、見苦しい。早く来なさい」
ピシャリと言いのけて、後ろを振り返ることなく先を行く。
神官たちと別れ、シーナたちは夫人の後を追った。フェナもしぶしぶついてくる。
もちろん夫人には護衛がついている。十人ほどの騎士に囲まれ、ゆっくりと進む。
「なんか……悪さして捕まった気分だ……」
シーナのつぶやきに、隣の騎士が吹いた。
「とっ捕まったっていうのは、間違ってないかも」
ヤハトが応じる。
フェナはブスッとしていて、バルとアルバートは苦笑いだ。
「ヤハトは来たことあるの?」
「お屋敷は初めて。フェナ様が避けて避けて避けてきたからな」
シシシと笑う。
ついて行った先に馬車があった。
「フェアリーナはこちらへ。他の皆様は申し訳ございませんが二台目へ」
ピシッと厳格そうな夫人と相乗りはお断り申し上げる。喜んで二台目に駆け寄るが、フェナがシーナの腕を掴む。
「お前はこっちに乗りなさい。女性と男性で分かれよう」
「ひゃ、や、ダメ、ダメですよ! 目上の人の言うことはちゃんと聞くようにって!」
「お前の目上は私だ」
「た、助けてぇ……」
だが、バルもヤハトも、そしてアルバートも目をそらす。
「ひどい……」
また隣の騎士が笑いをこらえていた。こやつ、笑い上戸だ。
「早くしなさい。シーナも諦めなさい」
「ひゃい……」
ひどい、ひどい。絶対仕返ししてやる。
フェナがシーナの手を引き、まるでエスコートするかのように馬車の中へ送り込まれる。三人が乗り込むとすぐ扉は閉められ、走り出す。
「ハハナラヤの話は聞いています。よくやりました。あなたの精霊使いとしての働きは、我々も誇りに思っています」
えっ、優しい……と思ったのもつかの間。
「冒険者なのですからどこに行くも自由でしょう。もう少し実家にも顔を出しなさい。ライオネルもメリベールも、あなたの話が話題に上がるたびに頭を低くしていますよ」
「私はきちんと功績を残しています。堂々としていればいいのですよ」
上げて落とすタイプのようです。
「功績を残すのは当然です。貴方が全てを投げ打って得たものなのですから」
フェナはもう答えない。
そんな様子にため息をつき、夫人がこちらを向き直る。
「先日はご苦労でしたね、シーナ」
「あ、はい。いいえ」
返事の正解がわからぬ。
「髪飾りの許可もでたようで、この辺境にも話が聞こえてきています」
「使ってくださっているようで嬉しいです」
ディーラベル夫人の髪にも、組み紐の髪飾りが使われていた。
「今組み紐の髪飾りをしていない貴族はいない、そう言って夫が買い与えてくれたのですよ。確かに華やかで素敵ですね。フェアリーナにずいぶん気に入られているようで、迷惑をかけてなければよいのですが」
「いえ、迷惑なんて……迷惑……」
かけられてるな、今なう。
「フェアリーナ……」
「迷惑以上のものを与えてるつもりだ」
「まあ、今日はゆっくり休んで最後の旅路に備えてください。フェアリーナ、あなたにはまだやることがあります」
屋敷のエントランスに馬車が止まり、それぞれ部屋に案内される。
「フェアリーナ」
そして待ち構えていたのは、フェナのパーツを持つ美人とイケメン。
「自分の領地はどうしたんですか」
「逃げ回った娘が掴まると聞いたら、そりゃ出向くに決まっているだろう?」
「山のような釣書、検討いたしましょうね」
髪色は銀ではない。茶と赤毛。銀の要素は一つもない。瞳も同じだ。
これは触らぬ神に祟りなしだ。
今度こそそっと逃げる。
「部屋にお茶をお持ちしますね。夕食もすぐです。部屋でお休みください」
夕食の時間になり、食堂へ案内された。だが、フェナの姿は見えない。
「クッキーをありがとう。シシリアドでいただいてから、その美味しさをよく思い出していたんだ」
ディーラベル伯爵が相好を崩す。
「マリーアンヌとも仲良くやってくれているようだね。時期が来たら贈り物をしよう」
どうやらすでに妊娠のことは聞いているらしかった。
「さあ、みなさんも食事を楽しんで体を休めてくれ。フェアリーナはまあ、もうすぐくるさ」
その言葉に呼応するように、フェナの両親と、フェナが部屋に入ってくる。三人ともげっそりした、疲れ切った様子だった。
「遅くなりました」
「その様子じゃ説得ならずか」
「頑固者に拍車がかかっております。誰に似たのやら」
フェナは釣書をはねつけたようだ。
まあ、この部屋の誰も、フェナが結婚に同意するとは思っていないだろうが。しかしそうなると、本当の目的はなんなのだろう?
バルはフェナの代わりに貴族に接触するため、話題に対して如才なく返している。ヤハトは言葉遣いにハラハラし通しだ。
それでも食事は問題なく終わり、待ちに待った風呂の時間だ。うっきうきで通された風呂場に向かうと、そこには、ディーラベル夫人、フェナの母親メリベール、そしてフェナが揃い踏みで待ち構えていた。
「いやぁ……」
「あらあらシーナ。恥ずかしがることはありませんよ。女同士ではありませんか」
ディーラベル夫人の言葉にメリーベルも頷いた。
「ハメられてる……」
フェナを見るとニヤリと笑う。
「諦めろ」
今まで見た中で一番大きな風呂だった。湯船もだが、その横にテーブルがあるのだ。そこに三人が優雅に座っている。シーナが入ると使用人たちが退出していく。
「水分はきちんと補給してね、シーナ」
トイレと言って逃げてやりたい。
「さっさと座れ」
フェナに手招きされ、椅子に腰掛ける。薄いバスローブのようなものを渡され着て入るのだと言われたときに気づくべきだったのかもしれない。
「そんなに警戒しなくても。少し話をしておかねばならないことがあるのですよ」
そう言って、夫人が語りだす。
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フェナの苦手なディーラベル夫人でした〜




