156.家族からの推しの押し
朝、子ども爆弾によって起こされました。
まあ、いつまでも寝ていることになるからいいんだが、鳩尾はきつい。
「シーナ! おはよぉ〜」
「おはよー、おきて〜」
「おはよう、かわい子ちゃんたちよ……」
二着目のセットに着替えて、着ていたものを洗浄する。
食堂に向かうと、すでに皆揃っている。
「お、シーナ早いじゃん」
「お子さまが目覚まし時計になってくれたから」
「子どもたちがごめんなさいね?」
「いえいえ、あの後わりとすんなり寝てくれましたよ」
使用人たちがシーナの前に朝食を並べてくれる。
「シーナは小さい子どもに好かれるんだな」
バルが言うと、アルバートも頷いた。
「子どもたちの扱いも手慣れていたね」
「好かれたのは、完全にご飯の力かと。双子ちゃんから熱烈勧誘を受けました。扱いは……年の離れた弟がいたので」
シーナの言葉に虚をつかれたような顔をする大人たち。
微妙な空気が流れた所に、子どもたちがやってくる。
「シーナのとなり!」
「ずるい! おれがとなり!!」
「シャロもシャロもー!」
「子どもたちよ……私の手は二つしかないのです。隣の席も二つまで」
帰りにも来るからと交代にすることで納得してもらった。
さらに、新しい人物の登場だ。
「はじめまして、ハイルワードです」
「テレーリアです。昨晩はご挨拶できずに申し訳ございません」
食事中の話題は二人が様子を見に行った川の話だ。
「決壊した部分は応急処置的に土を盛っておいたけれど、また雨が降る前に対策をきちんと考えないとだわ」
「早急に堤防を築く手配をしましょう」
「堤防を作ったら、その影響がどう出るかも考えないと」
「サゼイルに相談しなさい。治水は彼の得意だ」
「わかりました。二、三日中には方針を立てます」
ハイルワードは領主教育の一環で、領地の運営に関わっているらしく、こういった件にも対応するよう動いているそうた。テレーリアは、士官学校を卒業し、王宮の精霊使いに誘われはしたものの、領地の精霊使いになることを選んだ。爵位は得られないので貴族にはなれない。誰かが婿に来ると言うなら受け入れるつもりだが、何処か他所に嫁ぐ気はない。
ちなみに、ハイルワードにはすでに婚約者がいる。領主の三女だそうだ。
「ところで」
テレーリアがこちらへ向き直る。
「昨日のはんばーぐとやらを作ったのはシーナさんだと聞いたんだけど?」
「はんばぁぐだけじゃないよ! パスタもだよ!」
「シーナのおりょうりおいしー」
「故郷の調理法でして、お口に合ったなら光栄です」
テレーリアも夫人似だ。笑顔に凄みがある。
「合うどころか、うちの料理人がショック死しそうなレベルだったわ……ねぇ、シーナさん。うちのアルバート、いい男だと思わない?」
アルバートがむせている。
「姉弟揃って、アルバートさんをだしにしてくるとは!!」
思っていたことが思わず口からこぼれる。
「ここ二年ほどで領地経営がかなり上向きになったのよ! 一番でなく二番目の質はほどほど量で勝負に方向性を変えたらかなり上手く行ってるの。あ、アル、だからもう家にお金入れなくていいわよ。いつもありがとうね! それで、アルがこっちに戻ってきて、シーナさんも連れて……」
「テレーリア!」
子爵の叱責にテレーリアはピタリと口を閉じた。
「申し訳ないね、シーナさん。テレーリアは思いついたら考えるより全部先に口から飛び出してしまう性質でね。アルバートはエドワール様に信頼を置いていただいているし、次期領主のヴィルヘルム様とも親しい間柄だ。こちらに戻ってくるつもりはないだろう? 無理を言うのはやめなさい」
「すみません、テレーリア様。私、シシリアドに家をもらったばかりなんです」
「そうだね、シーナはシシリアドから出て行くことはないね、しばらくは」
ここでフェナが口を挟んだ。
「聞いてるだろ? シシリアドに索敵の耳飾りを作った組み紐師がいるというのは」
ハッとした表情で、テレーリアがシーナを見る。
「エドワールが必死にシーナを、シシリアドに引き留めてるよ。家まで与えてね」
「もらっちゃいましたね〜」
完成したばっかりのあの家を手放す気はない。
索敵の耳飾りと同時に、国宝となる退魔の髪飾りを作ったシシリアドの組み紐師。そこはセットになって貴族の間に話が広がっていた。
しゅん、と大人しくなったテレーリアだったが、最後に出されたクッキーを食べて再びシーナへ眼光鋭く狙いを定めていた。
お昼前に、シーナたちは出発することとなった。
また来るねとは言っていたものの、やはり寂しいのかアルバートに子どもたちが抱き着いている。
「もう一日でも泊まっていければよかったんですけどね〜」
「ハハナラヤで六日間足止めを食らったのがな」
「スタンピードの予兆があったとか。ハハナラヤは子爵が代替わりしたばかりで、まだそこら辺の調整が上手くいっていないらしいですね。フェナ様がちょうどいらっしゃって、本当に良かったです」
ハイルワードはすでに話を知っていたようだ。
「ソワーズは大丈夫なのか?」
「うちが警戒するのは南西にある森ですが、幸い我が家には魔物狩りが大好きな精霊使いがおりまして……」
ちらりとテレーリアを見やる。
「懇意にしている冒険者と定期的に森に籠もっていますよ」
治水に向かったと聞いたから、環境を整えたりする精霊使いかと思いきや、武闘派らしい。
「お帰りの際もぜひお寄りください」
「お待ちしておりますわ」
子爵と夫人の言葉を最後とし、アルバートも子どもたちを引き剥がす。
「それでは!」
「大樹様のお導きがありますように」
「たいじゅさまのおみちびきがありますように!」
彼らに手を振り、次の街へと目指す。
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