155.推しの生家でお料理大会
ソワーズの街に入ったのは夕方近く。つまり、急いで作らなければならない。
「もうクッキーも一緒にやっちゃいましょう! アルバートさんは弟くん妹ちゃんと遊んてあげていてください!」
「いや、しかし……」
「久しぶりのお兄ちゃんに甘えさせてあげて!」
それでもためらうアルバートの肩を、ヤハトがポンと叩く。
「シーナやる気だからいいじゃん? 俺とバルも作るから」
「……母上、夕食はシーナたちに任せましょう」
「アルバートがそう言うなら。料理人の方なの?」
「いや……」
「落とし子による異世界料理です!」
どうせならどーんとやってしまおう!
「ヤハト〜何食べたい?」
「三人で作るなら、そんなに凝ったもんしてたら間に合わなくね?」
「んー、バルさんが正直器用に何でも作るから……ちゃんとコースではないけど、しっかりご飯しようか! きのことベーコンのクリームパスタ、煮込みハンバーグ、スープにサラダ。パンは、焼かないといけないのかな?」
「聞いてこようか」
バルは素早くキッチンを出ていく。
すぐ戻ってきて、パンはパンを焼く用の窯が別の場所にあるらしいのでそちらは任せることにした。
「パスタはバルさんに任せます。とりあえず生地を作ってしまってください」
オーブンで作る煮込みハンバーグなら、オーブンに突っ込んでおけばいい。その間にパスタは仕上げられる。
「ヤハト、スープとサラダが先!」
使用人を含め、三十人前。使用人はパンを多めに出すから、メインは少しでいいと言われた。
「でも、たしかに足りないんだよなぁ……オーブンが」
元さえ作ってしまえばあとはオーブンで出来上がるのを待つだけなので、料理人に任せられる。スープは大量に作っておこう。
「荷台に乗ってる鳥系肉使っちゃおうよ、ヤハト! また狩ってよ!」
「いいよ、じゃあ持ってくる」
魔物肉なので解体した後もしばらく冷暗所なら腐らない。余ったらおいていけばいい。
鶏ガラスープもどきを作って、肉自体は置いていく。その代わりソーセージをいただくことにした。キリツアとニンジンもどきのムルル、あとはセロリのような野菜と、ソーセージはあとでギリギリに入れる予定。そうしないと旨味が全部流れ出てしまう。
鶏ガラグツグツタイムの間に、サラダを作る。
「三十人分はやばっ! 給食作ってる気分」
さらにその間に煮込みハンバーグ用ピーネソースを作る。最近みじん切りはヤハトが手早く終らせてくれる。風使い最高である。
ハンバーグを作り、焼きめをつけてからソースとともにオーブンへ。そこからバルのパスタの仕上げだ。
出来上がる頃に、使用人たちがテーブルセッティングをしてサラダやパンを運んでくれた。
「クッキー作るのは御飯のあとだね」
「せっかくなら紅茶の作ろうぜ〜ここも産地だし」
「いいねー!」
「二人とも、それはいいが明日の昼前には出るのだから、しっかり体を休めないと。特にシーナは」
一番体力がないのはシーナだ。
「この、このほそいの!!」
「おにく! おにくが! おいしい!! おいしい!」
「これぜんぶシャロの……」
子どもの語彙力が崩壊した。
「本当においしい。こんなに柔らかいお肉は食べたことがありません」
「肉にかかっているソースも絶品だな」
子爵夫妻もお気に召したようだ。
フェナはなぜか自慢気に頷いている。
そしてヤハトの言う通り、美味しいものを食べているときのアルバートと子どもたちは同じ顔をしていた。
「フェナ様所望のパスタとやらも、初めてのお料理ですが、とても美味しいです。シーナさんはすごいのね。故郷では料理人をなさっていたの?」
「いいえ。故郷ではこういった料理は一般的でして」
「なんと。ずいぶん料理の水準の高いところなのですな」
子爵の言葉に曖昧に笑う。
こちらの料理の水準が低いわけではないのだ。
「アルにぃは、いっつもこれ食べるの!?」
双子の片割れが聞くと、もう一人がずるいと言う。
「私も初めての料理ばかりだよ」
アルバートはシャーロットの口の周りを拭ってやりながら答える。
本来ならテーブルマナーのなっていない子どもは客人のいるこの席には着けないそうだが、シーナたちもテーブルマナーなどあってないようなものなので、せっかくの家族水入らずを妨害するのは忍びないと、皆で食べることとなった。
そしてアルバート大好きっ子がアルバートの両側を固めているので、食べながら世話を焼いてと忙しそうだ。
「アルバートさんが食べたくなったらいつでも作りますよ!」
「フェナ様の屋敷にくればいいんだよ」
「シャロもたくさんたべたい……」
ポツリとつぶやく姿が可愛くて可愛くて、悶えそうになる。
「帰りにも寄れたら、また作りますね!」
シーナの言葉にシャーロットの顔がパァッと花開く。
「シーナ! ぜったい! ぜったいだよ?」
「フェナ様、帰りも寄りますよね?」
「まあ、基本来た道を通るからな」
さすがのフェナも幼女の夢と希望を打ち砕くような真似はしないらしい。
「このあとクッキーも作っておくから、皆で仲良く食べてね」
夜はとっとと寝ることにした。なぜかちびっ子三人と一緒に。
「つぎの! つぎのおはなし!」
「じゃあ次で終わりですよ? シャロちゃんがもう半分寝ているから。昔むかしある所に、おじいさんとおばあさんが住んでいました」
「またおじいさんとおばあさんだ!」
「ちちうえとははうえは?」
「この家庭に子どもはいなかったのよ」
「うちは八人いるよ!」
「えっ? 六人じゃないの? 三人と、アルバートさんと、その、遠出してるお二人と」
「ちがうよ! あと二人。二人はいましかんがっこだよ! せいれいつかいになるの」
八人……多い。ということは、王都で会える可能性があったのか。それか、アルバートだけは会いに行ったのか?
「八人プラスご両親で十人。十人のイケメン……」
「かあさまには、アルにぃがいちばんにてるって! シーナはアルにぃ好き?」
「好きですよー。たくさんお世話になってますからね」
「じゃあさ! アルにぃのお嫁さんになって、美味しいご飯作って?」
ご飯狙いの政略結婚!
「アルは、貴族で私は平民だから難しいかなぁ」
「えー、シーナはアルにぃにふまんがあるの?」
「ふふふ、ないですよー。朝起き抜けにあの顔を拝めるならお金を払ってもいいですね〜」
「じゃあいいでしょ?」
「大人の世界には色々難しい事情があるのですよー?」
双子の頭をなでながらそんな他愛もない話をしていると、流石に限界だったのか、二人の目がとろんとしてくる。シャーロットはすでに寝ていた。
セミダブルくらいのベッドとはいえ、子ども三人と眠るのはかなりきついので、シーナはベッドを抜け出しソファに横になる。睡魔はすぐにやってきた。
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推しの実家の胃袋掴んでおきました。
もうあと一回推しの家。




