153.予備の組み紐
昼過ぎになって、ヤハトが起き出してきた。
シーナはアルバートと、市場で買ったあまり見ないフルーツを試して楽しんでいたので、起き抜けのヤハトにもお裾分けだ。
「酸っぱ甘い」
「ね、美味しいよねこれ。ジャムにしても良さそう」
小さなオレンジ色の実だ。
「バルもフェナ様もまだ寝てるよなぁ」
「そうだね。ご飯食べたいなら、言えば出してくれるって」
スタンピードから救ってくれた冒険者たちに、街の人たちはとても感謝しているようだ。
「んー、それよりもやらないといけないことがあって。アル、金貸して〜」
「何に使うのか言わないと!」
「組み紐が解けた。新しいの作っておかないと」
組み紐の使用限界が来ると、自然と解けてボロボロになる。
「それは確かに急務だね」
アルバートが金貨を取り出す。
「必ず予備を一つ準備しておけって言われてたから、今は大丈夫だけど、色の合う組み紐師がいるなら作ってもらいたい」
「色合わせしに、街中のお店巡るの?」
「んー、組み紐ギルドに行ったほうが早い。そこで似ていそうなところを紹介してもらう」
そう言えばそんな方法があった。兄姉弟子の元にも、ギルドの紹介状を持ってやってくる精霊使いがいた。
「楽しそう……ついていっていい?」
精霊使い側の動き方は見たことがない。
「ええ……迷惑かけんなよ」
少し嫌そうな顔をするも、否定はされなかったのでアルバートを見る。
彼も苦笑しながら頷いてくれた。
道中、ヤハトに専属の組み紐師の探し方を教えてもらう。
シシリアドや、ここハハナヤラ規模の街には、それこそ山のように組み紐師がおり、店がある。どこも店頭に色見本を置いてはいるが、そこに住んでいないと一軒ずつ色合わせをしてまわるなんてのはかなり根気のいる作業になる。
そこで組み紐ギルドの出番だ。
組み紐ギルドにはその街の組み紐師全員の色見本がある。ギルド員に自分の色見本を見せて、長年の経験などからいくつかピックアップしてもらい、そこで色を見て店を訪れるのだ。
色味のスペシャリストがいるらしい。
「組み紐師の紹介をして欲しい」
ギルドの中はわりと空いていた。ヤハトはまっすぐカウンターに向かい、色見本をバンッと音を立てて置いた。
「色見本、お預かりします」
態度悪い! とハラハラするも、あちらの顔色は変わらない。が、色見本を見ると少し目を見開いて後ろの棚から同じカードの束を持ってくる。
「火風水の三色紐で」
「闇は作りませんか?」
「いや、闇は別に作ってるから大丈夫だ」
「承知いたしました。優先する属性は?」
「風」
すると、素早く五枚のカードを抜いて、色を見る魔導具に乗せる。
下から光が当てられ、さらにヤハトの物を重ねると、鮮やかな色が映し出される。つまり、色味は悪くない。
「おお……」
一発ですごい。色味が合うかは、実際重ねて見ないとわからないと思っていた。
「こちらは風が一番馴染んでおりますが、紫の色味が少し足りないので風、火、水の順。二番目は風水火。三番目は風の色味が落ちますが、火と水はかなり高くなります。四番目、風に火がかなり近くなり、水が一番離れています。五番目が風と水がかなり近づき、火が離れております」
提示された条件を、ヤハトは真剣に悩んでいた。
こうやって提示されるものは確実だが、たまにとても合う組み紐師もいるらしく、シシリアドの組み紐師は地道に店頭の色見本を見て回ったそうだ。色味の魔導具はかなり安く作れるらしく、店頭に一緒に置いてある。
「二番目にする」
「では、こちらが店舗の場所になります」
カウンターに地図を広げ、ここからの道筋を親切に教えてくれた。
「こちら、紹介状になります」
実際に組み紐を編んだときに、店からギルドへ紹介料が入る仕組み。
なかなか、癒着とかがありそうな危険なシステムだ。
それでも、色見本の色は確かなので、問題はない。
「いくらくらいかなぁ……」
「いつもはいくら払ってるの?」
「金貨四枚」
「たかっ!」
「それに見合う仕事だから」
あー馴染むといいなぁなどとグチグチ言いつつ、店の前にやってきた。
当然のように一緒に入ろうと後ろをついて行ったら、ヤハトはくるりとこちらを見る。
「流石にぞろぞろ入ったら迷惑!」
「だよねぇ……」
「一応四枚渡しておくよ。足りなかったら使いを寄越して」
店はガラス張りになっていた。中の様子がよく見える。
「おお、結構可愛い子ですよ!」
「シーナ……」
ヤハトは普段の生態が謎なのでちょっと興味がある。わりと誰にでも同じ口のきき方をするから、初めての組み紐師相手に生意気な口をきかないかという心配もあった。
「あっ、奥の部屋に行っちゃった……」
「シーナ? 宿に戻ろうか」
「はぁーい」
もう少し覗いていたかったが、呆れ気味のアルバートに手を引かれ帰路につく。
夕方、六の鐘近くになって帰ってきたヤハトは両手にいっぱい食べ物を抱えていた。
「なにそれ?」
「なんか、組み紐師のねーちゃんたちがくれた」
「餌付け?」
かなり前に起きていたバルが笑う。
「ヤハトはいつもそうだな。年上が世話を焼きたがるんだ」
「別に頼んだわけじゃないし」
「オバサマキラーなの!?」
「シシリアドでも、フェナ様や俺が一緒の時はそうでもないが、一人で市場に出かけるとやたらと食い物を持って帰って来る」
「もらえる食べ物はもらう」
ドサドサと、両手に抱えていたものをテーブルの上に下ろすと、その中の一つにかぶりつく。
フルーツが多いようにも見えるが、肉の串焼きが器に盛られているのもあった。フルーツの瓶詰めもある。
「組み紐はどうだった?」
「シシリアドのには敵わないけど、まあ満足。アルに金返しておいて」
「もう渡したよ」
ご飯前にそんなに食べて大丈夫かと話しているところへ、奥の寝室が開いてフェナが起きてきた。
「おはようございます!」
「お体の調子はどうですか?」
あくびを繰り返しながら、テーブルの上のフルーツを一つ手に取り頷いている。
「まあ、明日出ることは問題ない。組み紐はどうだ?」
「まあまあ!」
「そうか。私も予備を使ってしまったからなぁ。新しいのを作らないといけないんだが……」
ジロリとフェナに睨まれる。
「作るのは構いませんけどぉ……それよりはここで組み紐師探したほうがいいんじゃないですか?」
アイスクリーム作りにしか使えない程度の物が出来上がってしまう。
「大した色寄せも出来ないくせに私の組み紐を作ったなどと看板に乗せるような輩しかいないから、作る気はない」
有名だとそんなところも気にしなければならないらしい。
「やっぱり師匠はすごいんですねぇ」
「ガラの色寄せは一級品だ」
そう言って、シーナの額を指で弾く。
「早く作れるようになりなさい」
うなぎの魔力の制御の仕方が未だに掴めない。
ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。
ヤハトはシシリアドでも結構持てます。
上はオバサマオジサマたちから、孫、こどものように。
オネエサマたちからは普通に有望な結婚相手として。
オニイサンたちからは……弟分として。
さあ、次はシーナが脳内で鼻血ものだよ!!




