152.強制招集の終わり
フェナたちは夜遅く、普段ならとっくに門が閉まっている頃に帰ってきた。血まみれ泥まみれかと思えば、すでに洗浄したようでわりと綺麗なままだ。
「おかえりなさいフェナ様。ご飯はもう食べましたか?」
シーナたちの部屋の方で、アルバートといっしょに待っていた。料理は作り終えたらとっとと帰ってきたのだ。唐揚げはおみやげに貰ってきた。
「門を入ったところで食べた……これはシーナの仕業だよね?」
テーブルの上の唐揚げを指差す。
「神官さんたちに、この宿に泊まってることを教えに行ったら、奉仕活動があるって聞いて……」
「一応室内での調理作業だということだったので。運んだりはしてませんよ。料理だけして帰ってきました。正直、ずっとシーナを部屋に閉じ込めて置くのもなかなか難しいです」
「……まあそれもそうだな。スープもなんだか美味しかった」
「鶏ガラスープですね〜出汁が結構出てましたね!」
そんなに長いことは煮込めなかったが、それなりに出汁が出てて美味しかった。
「シーナが出歩く時は必ずついて回ること」
「はい。間違いなく。……魔物はどうでした?」
「多い。行動が遅すぎる。ギルド長から領主へ相談はしていたみたいだが、あと一月放置していたら危なかったと思う」
上着をドサドサとソファに脱ぎ捨てて、寝室へと向かう。ここも、良い部屋なので、寝室がついていた。まあベッドはそこまで柔らかくはないが。
「明日も夜明けとともに出る。シーナを頼む」
「わかりました。お疲れ様です」
「おやすみなさい、フェナ様」
何度か眠ろうとしたが、目を閉じても気持ちがざわついて眠れない。
仕方ないので荷袋からすでに編んである丸打紐を取り出し、新しい髪飾りの形を模索する。部屋の明かりは魔力さえ通せばつく魔導具なので助かった。
簪は平民のハレの日などに使えるからなかなか良いと思う。値段も少し頑張るくらいの物も多い。今回、王族が簪三本差しという技を手に入れたので、どうなるかわからないが、もう少し平民もオシャレをすればいいのだ。その余裕ができればいいのだと、つくづく思う。
その余裕が生まれる妨げとなるのが魔物だ。
この旅路で何度も対面したが、全体的に黒っぽく、薄汚れた印象がある。
時には鮮やかな色をしたものもいるが、闇に紛れるものが多い。
そんなふうに魔物のことを考えてしまって手が止まる。ベッドの上で作業していたのだが、気付いたら壁にもたれかかってウトウトしていた。
物音で目を覚ます。
寝室から出ると、フェナが身支度をしていた。
「寝坊助が珍しい……寝てないのか?」
「なんか眠れないんです」
きれいな眉がピンと跳ね上がる。
「悪寒とざわつきで、こー」
「悪寒?」
「最初は風邪かと思ったんですけど……」
「落とし子は……」
「風邪は引かないんですよね。アルバートさんにも言われました」
「……アルをこの部屋に置いて、お前は部屋でできるだけ寝なさい。いざという時動けなくなる」
マントを羽織ると寝室を指さされた。
「行きなさい。アルにはこちらの部屋に移るよう言っておく。私がいる。ここは大丈夫だ」
頭を撫でられ、そのまま掴んでぐるりと体の向きを変えられる。人差し指で後頭部を突かれた。
フェナが出ていって、アルバートが部屋に来た気配がしたが、言われた通り無理やり目を閉じていたら、そのうち眠れたようだ。
起きたときには四の鐘はとっくに鳴り終わっていた。
「おはよう。食事をもらうかい?」
「いえ、神殿に行ったらつまみ食いしながらご飯作りすればいいかなぁと」
正直あまりお腹は空いていなかった。
「まあ、宿にいても退屈だろ? 調理の手伝いをしている方がずっといいね」
毎晩夜遅くにフェナたちは帰って来る。そして夜が明けると同時に出ていくのだ。その体力に驚きしかない。
夜になると気持ちが落ち着かなくて眠れなかったのも、その生活を三日ほど続けたところでなくなった。夜でも昼でも好きなだけ眠れる体質が復活だ。
五日目にようやく強制招集が解け、スタンピードの心配はないということになった。
「今日は丸一日休みだ。明日の昼に出発する。神官たちに伝えてくれ。シーナの見張りをよろしく。……と、これを忘れてた。ギルドに届けておいてくれ」
フェナが懐から大きな青い宝石を取り出した。シーナの手のひらくらいある。
「ずいぶんと大きな魔石ですね」
「奥の奥にいたやつだ」
眠るフェナを置いて、シーナとアルバートはまず冒険者ギルドに向かった。
ギルドの中も外も人でごった返していた。
「大物はこっちに持ってくんな! 北へ回れ!」
「今日の受付はこっちだよ!」
大声と言うより怒号が飛び交う。むわっとこもった空気に長居は無理かもしれないと瞑目する。まとめてみんなを洗浄したい衝動に駆られるが、なんとか思いとどまる。
アルバートは受付の一つに向かうと、カウンターの上に魔石を出した。周囲の人間が息を呑む。その大きさに目が釘付けになる。
「フェナ様が渡し忘れていた物だそうです」
「フェナ様の……わかりました。ありがとうございます」
受付の女性がアルバートの顔から目が離せなくなっていた。
うむうむ、そうだろうイケメンだろうと心の中で自慢する。
それでは、と踵を返すが呼び止められた。
「フェナ様はいつご出発ですか? 一度ギルドに顔を出していただきたいのですが……報酬もございますし」
「明日の午後にはでるつもりらしいので、午前中にとお伝えしますね」
彼女の頬がほんのり赤くなっている。
これよ! これこそ正常な反応だ。シシリアドでは美醜の感覚が違うのだろうか?
だが、その潤んだ瞳が彼の左手の先に留まった途端、スッと真顔になった。
えっ? と思うが、そうだ。すっかり慣れきっているが、出かける時はシーナは未だに手を繋がれているのだ。
違う! と心のなかで叫ぶが、さあ行くよと笑顔のアルバートに引っ張られてギルドを出た。
神殿も祈りの間は相変わらずの人だったが、中はそこまで忙しそうに人が行き来していなかった。
歩いていた神官を捕まえて、シシリアドの神官を呼んでもらう。
やってきたナサルに、出発時間を伝えた。
「フェナ様のお陰でかなり早く掃討が済んだようです。子爵様がぜひ屋敷でとお誘いしたらしいですが、お断りしたようですね。早めに出た方がいいかもしれません」
ナサルの表情と言い方で、あまり良い断り方をしていないなと察した。
「神官様たちに、お世話になりましたとお伝えください」
「シーナさんが作ったスープがとても美味しかったらしく、今後も続けようと話していましたよ。伝えておきますが、お礼を言うのはここの神官たちかもしれませんね」
最後に、アルバートと祈りの間で祈ってから帰った。
「たぶん、フェナ様は領主の判断が遅いと責めたんだろうな……狩りの推進はもちろん冒険ギルドもだが、魔物の量を見て、領主が積極的に冒険者を集めたりしないといけないんだ。シシリアドは幸い冒険者が多いから、こういった事態になることはないけどね」
強い名のある冒険者が街に居着くことの重要性を思い知らされた気がする。
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神官は控えめに言ってますが、フェナ様は子爵をボロカスに言ってると思われますw
まあ言われても仕方ないことをしたということで。




