151.待つ者たち
「私も、シーナがシシリアドを去ってしまうのは寂しい」
テーブルを挟んだソファの向こうから、そんな表情で言うのは反則だ。
一気に顔に血が上る。顔面偏差値の暴力だ。
ヒャァァァァと心のなかで叫びながら、俯いたまま、必死で次の話題を探す。
「あ、アルバートさんは狩りに参加しなくても大丈夫なんてすか?」
「アル」
「ん?」
にっこりと笑顔で繰り返す。
「アル」
王都を出てから何度も練習させられていた呼ひ方の練習だが、ここに絡めなくてもいいだろうに、容赦がない。
「あ、アルは、狩りに参加しなくても大丈夫なんですか? なんか、強制って言ってたし」
「私は冒険者ではないからね」
強制はシルバーランク以上の冒険者たちへの命だ。
「それに、私はフェナ様からシーナを見ているように言われている」
そのようなことを言うたびにニコリと笑うのがずるい。
「私だって、こんなときに出歩くようなことはしませんよぉ」
「だが、一日もすれば、現状どうなっているか気になって、外をうろつきだすだろ?」
「む……ま、まあそうです、ね?」
自宅でもない場所でじっと待っているのは不安で、情報を集めに回りたくなる、かもしれない。
「こういったときは便乗して悪さをするやつも増えるんだ。外をうろつく女性や子どもをカモにするやつもね」
「うう……」
「ただ、まあ、神殿に行って、神官たちに泊まっている宿くらいは伝えておかないと」
普段なら翌朝門に行けばいいのだが、今回はしばらく留まることとなった。何かあったときに連絡を取れるように、こちらの所在を明らかにしておいたほうがいい。
「さすがに今日宿屋の中まで入ってくるような不埒者はいないだろう、待っているかい?」
それとも、と言葉を続けようとした所に被せるように宣言する。
「私も行きたいです」
現状を把握しておきたい。
「ずっと閉じこもっていることになるだろうし、一緒に行こうか」
脱いでいたフード付きのマントを被って、連れ立って出る。シーナは余計なものを持たないよう、背負っていたカバンは置いてきた。
街はかなり人の行き来が多かった。
「シーナ」
呼びながら手を差し出す。
「シシリアドとは違うから。はぐれたら戻れないだろ?」
おずおずと右手を乗せると、ぐっと掴まれた。
「さあ行こう。神殿は……あちらだね」
さほど高い建物のないこのハハナヤラの街で、唯一高い塔がある。鐘の塔だ。それは街のどこからでも見つけることが出来た。
「はぐれても神殿集合てことで……」
「ヤハトから、シーナは初めての場所はキョロキョロしていて危なっかしいと聞いていた。事実、これまで通ってきた街でキョロキョロと興味深そうに目をやっていて、危なっかしかった」
ぎゅっと手を握る力を強める。
「だから離さないよ」
アルバートに手を引かれながら、なるべく大きな通りを通って神殿を目指した。
人の流れも神殿に向かっている。
祈りを捧げに行くつもりなのだ。
この世界の世界樹信仰は、シーナが思っているよりずっと強い。やはり信仰対象が目の前にあるのとないのでは違うのだろう。また、精霊は世界樹から生まれたと言われている。精霊は生活にしっかり根付いている。
やはり見えるのは、すがる対象としても強い。
神殿の祈りの間は人でごった返していた。
アルバートはそこを抜けて先へシーナを引っ張って行った。
神官服を着た者に、シシリアドからの巡礼で来ている神官を、誰でもいいので呼んでもらう。
やってきたのはトールナーグだった。
「アルバート様、フェナ様は狩りへ?」
「はい。私とシーナは宿にいるつもりです。まだ起きていないので、フェナ様も途中で夜になれば一度帰って休まれるとは思うのですが……我々の宿は『西風のとまり木』という、門から近い場所にあります。何か連絡がありましたらそこへお願いします」
「スタンピードが起きそうな街をフェナ様が通る。大樹様のお導きですね。我々はこれから炊き出しなどの奉仕活動に参ります。冒険者の皆様にお食事をという話です」
「え、それって、神殿の中でご飯を作るんですか?」
「そうですね。それを東の門近くの広場に運ぶつもりです」
「シーナ?」
アルバートの顔が曇っている。
やろうとしていることを見透かされている気がする。だけど、これからフェナが帰ってくるまでずっとアルバートと特にやることもなく、二人きりなのも、シーナの心臓が保たない気がする。
美人は三日で慣れる。フェナは慣れた。アルバートはいつまで経っても慣れない!
「神殿の中なら、問題ないでしょう?」
「シーナ……」
悩ましげなアルバートだが、止められなかった。
「御飯作るお手伝いをしてもいいですか?」
トールナーグはちらりとアルバートを見るが、彼が何も言わないので、お手伝いは随時受け付けしておりますよと答えた。
「料理以外のお手伝いもありますが、神殿内で安全性を考えるならお料理のお手伝いをしていただくのがいいかもしれませんね。我々もこの土地には詳しくありませんので、祈りの間に詰めたり、室内での奉仕作業をします。アルバート様と一緒にいられるようにしてもらいましょう」
少しお待ち下さいと言われて待っていると、知らない神官がやってきた。ここの神官なのだろう。
「お手伝いをしてくださるそうで、巡礼中ですのに、ありがとうございます。領主様のお屋敷の厨房と手分けして作っております」
シーナより年若そうな女性の神官だった。
「物資は色々と街の皆様が提供くださったので、これから何を作ろうかと話し合っていたところです」
神殿の厨房は、フェナの屋敷よりは広く、領主の屋敷よりは狭かった。そこに十人ほどが野菜を剥いている。
「皆さん、お手伝いしてくださるアルバート様とシーナ様です。シシリアドからの巡礼の方です」
「よろしくお願いします」
挨拶を交わすと早速作業に取り掛かる。
「スープを作ることは決めたので、とりあえず野菜の皮を剥いて切ることを始めております」
「問題は肉料理ですよね。冒険者の方々が、塩味だけのもので満足してくれるかどうか……」
「皆様はげしく体を酷使していらっしゃるから、味の濃いものの方が好まれるのですよね」
神官の普段の食べ物そのまま出すのが不安らしい。
作業台には何度か見たことのある、鶏肉系が骨がついたままいくつも置かれていた。
野菜や油もたくさんあるようだ。
「でしたら、肉料理は私が担当しますね! 塩や、ニンニク、ゼガってありますか? あと、油を大量に使っても大丈夫ですか?」
「え、ええ。ここにあるものは全部使って頂いて大丈夫です」
「お肉の解体がちょっと苦手なんですが……」
「ならばそれは私がやろう」
アルバートが腕まくりをして手を洗っている。
「骨はスープに入れましょう。二時間くらい煮込んだら出汁が出て美味しくなります。まあそこまでしなくても、多少は美味しくなるでしょう! 野菜を入れる前に骨は取り除く感じで」
ボウルをいくつも借りて、油用の鍋も用意した。
大量に作って、冷めてもまあまあいける肉料理と言えば、やはり唐揚げだろう。
今から出発して帰って来るのは日が暮れる前。漬け込んでおけば、かなり美味しくなるに違いない。
「頑張った皆さんに美味しいものを食べてもらいましょう」
フェナたちにもたくさん食べてもらいたい。
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からあげは冷めても美味しい!!
お弁当のからあげとか!
SFカテゴリーに、
スペース・フラワー・カンパニーという作品を上げています。
5つの話からなる物語で、宇宙をまたにかける花屋さんのお話です。
過去に投稿したものなのでわりとまとまっている方だと思います。もしおじかんがあったら読んでみてください。
https://ncode.syosetu.com/n6631jb/




