150.落とし子風邪引かない
それはそれは盛大なお見送りをいただいた。さすがに王族は来なかったが、フランクが数名の騎士とともにやってきた。あの後も料理人たちが作り続けたクッキーの瓶詰めを持って。
さらに仕事があるはずの領主の息子ヴィルヘルムも現れた。
やってきたときとは反対の門の前に勢揃いし、別れの挨拶をしている。
ぜひ帰りに寄ってくださいという言葉に、もうこねぇよ! と心の中で返して手を振る。
この世界の手を振る仕草は、日本のそれと同じだった。
二つほど街を通過した頃、魔物に遭遇する機会が多くなってきた。街道はきちんと整備されており、魔物避けも設置されている。それでも、その魔物避けでは効果のないほどに力のある魔物が増えてきたのだ。
ヤハトが多すぎると言い出し、バルも同意している。ここは、前にも通ったことのある道で、こんなにも魔物が出るような場所ではなかったそうだ。
そして一番近い街に着くと、宿の予約よりも早くフェナは冒険者ギルドに行くと言い出した。
「宿をとってからギルドに来てくれ、もしかしたら長引くかもしれないと宿屋に断りも入れておいて欲しい」
いつも通り神官たちは神殿へ向かう。今回は荷馬車一台は神殿へ、もう一台がこちらでだ。
街の規模はシシリアドよりは少し小さそうだが、平地なので門をくぐったところの道幅は広く、荷馬車での移動も問題はない。門兵に聞いておいたおすすめの宿は門から近い場所にあった。荷馬車を見ると若い男が寄ってくる。
「巡礼の方かな? 荷馬車を停めるならうちがオススメだよ」
「『西風のとまり木』に宿を取りたいと思っているんだ」
「おお、門兵に聞いたか? 後で礼を言わないとな。部屋のランクは?」
「二部屋。一番いい部屋に二人。もう一つ三人部屋はこだわらない。もしかしたら長逗留になるかもしれない」
「あんたら、巡礼の人じゃないのか?」
「巡礼だよ。何もなければ明日出発だが、まだわからないんだ」
「まあ了解した。荷馬車はこっちだ!」
男に引率されて荷馬車を置き、出てきた下働きに荷物をすべてシーナたちの方の部屋に移してもらう。
巡礼中は、金が無いなら最悪神殿に世話になれるが、あるなら宿を取るのが常識らしく、さらにフェナがいるのでいつもわりとよい宿を取ってくれているらしい。流石に金がかかり過ぎな気がするので、事前に渡してはいたが、追加を帰ったら払おうと思っているが、バルからアルバートへ金貨を渡しているところも見たので、フェナがかなり出していそうだ。
ホェイワーズの後ではどの宿もがっかり感がぬぐえないが、それでも気を使われているのはわかった。
「長逗留……よかったかも」
「疲れが溜まってきた?」
部屋で荷物を確認して、ギルドへ向かうために廊下へ出たところで、シーナのつぶやきにアルバートが反応した。
「うーん、昨日辺りから少し寒気がするので、もしかしたら風邪でも引いたかもなと。疲れですかね」
へへへと肩をすくめて見せたが、アルバートの反応が予想していたものとは違った。
「あ、大丈夫ですよ! 一日ゆっくりしてたらきっと治ります」
だが、彼は首を振る。
「そうじゃない、シーナ、落とし子は風邪を引かない」
「えっ、馬鹿だから!?」
「ばっ、え? いや、落とし子の特性として、風邪などの軽い病にはほぼならないんだ。流行病に落とし子はかからないし、死なない。病で死ぬことはほとんどない」
じゃあこの悪寒は何なのだ。
二人でギルドに到着すると、フェナはこちらにすぐ気づく。
「アル、シーナを頼む。わたしたちはしばらく狩りだ」
フェナの言葉に重なって、怒号がギルド内に響く。
「緊急招集だ! シルバーランク以上の冒険者は強制! スタンピードの予兆あり! 東の山の魔物の数を減らす! すぐに行けるものはカウンターで受付を済ませ迅速に頼む! 幸いなことに、ゴールドランク、七の雫のフェナ様が参加なされる!!」
よく通る声。たぶんギルド長なのだろう。
「門に赤の幟を立てろ!!」
彼の言葉に一拍おいて、ギルド内にいた冒険者たちが声を上げる。
「おおおおおおお!!!!」
地鳴りのように響く雄叫びに、ビックリして体が固まる。そのシーナの肩を、アルバートが抱き寄せる。
「シーナ、出よう」
「あ、はい。……フェナ様頑張って!」
ギルド長のそばまで移動していたフェナは、こちらを向いて艶然と微笑んだ。
宿に着く頃にはもうスタンピードの話は街中に広まっており、住人たちは右往左往していた。
「お客さん、長逗留の理由はこれかい?」
先程の男が不安そうに駆け寄ってきた。
「ああ。フェナ様が同行してくださっていてね」
「フェナ様って、あのフェナ様? 【消滅の銀】の?」
「ああ、そうだよ。だから大丈夫だ」
「おお……大樹様のお導きだ!」
シーナたちの会話を漏れ聞いていた人々がフェナ様、と囁いている。
「部屋に飲み物をお願いしていいか?」
「あ、ああ。わかった。すぐに持っていくよ」
階段を登り、フェナとシーナの部屋に入る。ソファに座ったところでノックされ、お茶が届いた。流石に紅茶ではないが、水じゃなくてよかった。温かい飲み物は落ち着く。
「大丈夫?」
「大丈夫です。少し、びっくりしただけなので」
「熱気と勢いに当てられたね」
ギルド内にいた冒険者たちの雄叫びが、まだ耳の奥に残っている。
「緊急招集は、有事の際に冒険ギルドに与えられた権限なんだ。今回みたいなスタンピードを防ぐ目的だと、魔物の狩り方は問われない。ただひたすら数を減らす。大物の魔石なんかはさすがに回収するけど、それはギルドのものになる。そして、皆に基本の一律報酬と、目覚ましい活躍をしたものに特別報酬が出る。ブロンズあたりは参加するだけでも得だし、街の者には感謝される」
スタンピードは以前ガラから聞いた。魔物の数が一定数を超えると爆発的に増殖すると言っていたアレだ。
「スタンピードが起こりそうになると、精霊が淀むらしい。私たちにはその感覚はわからないけれど、目持ちのフェナ様にはわかったんだろうね……先程の話は私は誰にも言わない。シーナはフェナ様と二人になった時話しておいた方が良い」
「先程の?」
「悪寒がしたといった話だよ」
「あ……」
ギルドに行く前の話だ。アルバートに指摘されて気付いたが、たしかに前に聞いた。落とし子は病らしい病にかからない。怪我はするから気をつけろと。
「私も、落とし子に関わるのは初めてだから、それが落とし子特有のものか、シーナが特別なのかわからないんだ。もしそれが、シーナ特有のものなら……」
キラキラと光るシーナの光の糸。国宝になった髪飾り。
一つ一つならたまたまで終わる話だが、いくつも重なれば、自分の未来が限定されてしまうのがわかる。
「私も、シーナがシシリアドを去ってしまうのは寂しい」
本当に寂しそうな顔をして、アルバートが呟いた。
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落とし子風邪引かない。らしい。
だんだんシーナの突拍子もない物言いにスルー耐性が出来てきたアルバート。




